潮の香り、夏の焼くような日差し、そして波の音を打ち消すように海水浴に来た人達の賑やかな声が聞こえる。わざわざ遠くまで来てテンションが上がっているのだろう。
潮の香り、夏の焼くような日差し、そして波の音を打ち消すように海水浴に来た人達の賑やかな声が聞こえる。わざわざ遠くまで来てテンションが上がっているのだろう。
うーみーだーー!!
海だーー!
……お、おう
本当、テンション高いな
若林と小斗が、駆け足で浜に向っていった。鮫野木は一人、ぽつんと突っ立ていた。
夏の日差しは立っているだけで汗が出てくる。家から余り出ない鮫野木にとって、この季節は嫌いだった。暑いし、ジメジメと汗が乾かないし、のどが渇くし、こういう場所は人が多いし。本来なら家でゲームをやってアニメでも見ている方が楽しいのだろうが、今日一日だけは条件が違った。
おーい。こっち来いよ
そうだよ。水、冷たいよ
若林さんと小斗さんが僕を呼んでいる。行くべきかな?
えーと、いいよ。泳げないし
別に泳ぎに来たんじゃねぇ、遊びに来たんだろう? 来いよ
若林は鮫野木に近づく、中学生にしては厚い胸が近づくたびに左右に揺れる。水着を着ているとはいえ、目のやり場に困った。
……っ
そうした? ほら、行くぞ!
――お、おい
若林に手を取られ、浜に向った。小斗と合流して、鮫野木達は海で思い付く限りの遊びをして過ごした。
波際で鬼ごっこをして走ったり、時には足が届くぎりぎりの深いところまで行ってみたり、砂山崩しや砂の城を作っては壊していた。疲れを忘れ、思いの存分楽しんだ。
お腹がすいて、思い出したかのように昼ご飯を食べていたときだった。若林が話題を振ってきた。
なぁ、この後どうする? 一泳ぎするにも、この人の多さじゃ満足に泳げないぜ?
そうだね。流石に疲れたし、どうしようか?
鮫野木くんは何かやりたいことある?
そうだな。帰ぇ……特にないかな
すると、若林は元気よく提案をした。
だったら、俺が良い場所に連れて行ってやるよ!
良い場所? それって、有名な場所? 僕も知っているか
鮫野木は知ってるはずさ。まぁ、ユキちゃんは知らないよな。後は行ってからのお楽しみだぜ
何だろう? 僕が知ってる場所、とすると、何処かの観光地だろか。でも、若林さんが行きたい場所って何処だろう?
知らない場所ね、ここら辺だと何があったけ? ドラマのロケ地とか?
違うよユキちゃん。でも少しほしいな
えー、それなら教えてよ
ダメダメ、行ってからのお楽しみさ
そんなに遠くないから、食べ終わったら行こうな!
あ、うん
そんなこんな昼ご飯を食べ終わり、服に着替え、気合いが入った若林に先導されて、バスで山の方へと向った。
片道三十分は経っただろか、山奥へと進むバスに乗って、ある停車駅で降りる。そこから山道を登った。軽い登山が終わり、着いた場所は若林が好きそうな場所だった。
ここって、ホテルか?
なぁ、良い場所だろ? 今なら誰もいない
す、すごいね。このホテル
柵の向こうにある、建物はホテルだったのだろう。風化が進み読みにくくなった看板、いつ崩れてもおかしくもない建物、一般的にここは廃墟だ。
それにしては何処かで見たような気がする。何処で見たんだっけ?
どっから入るんだっけ? うん、鮫野木?
何のつもりだ……よ
何のつもりって、鮫野木……嬉しくないのか?
そんなわけない! 嬉しくなんてない! 僕が言いたいのはどうして何故こんな所に連れてきたんだ!
だって、お前、ホラーは駄目なくせに廃墟は好きじゃないか。それに、この場所は鮫野木が教えてくれたんだろう?
確かに、僕は廃墟は好きだ。若林さんと廃墟の事で良く話した。そして、この場所は動画に出て来たホテルだ。僕が若林さんに話したんだ。
だから、そんなに怒るなよ
鮫野木も自分が怒っていることを始めて知った。どうして怒っているのか自分でも分からない。
確かに僕は廃墟が好きだ――けど、観るだけで十分だ。写真や動画、その程度で良いんだよ。僕にとって、それを観るだけで十分なんだ
なんだ、そんなのただの恐がりなだけじゃないか。観るだけ何てもったいない。一緒に行けば怖くないって
若林はそう言うと鮫野木の腕を掴んで廃墟に入ろうと腕を引っ張った。
嫌だ。廃墟に行きたいなら、一人で行け
それ、本気で言ってるのか?
……
鮫野木は強く腕をほどいた。若林は振り返らずに背中を向けて鮫野木に話しかける。
おい、鮫野木。覚えてるか、俺達が最初に会ったときの日を
……いや……覚えてない
いつ出会ったかなんて覚えていない。いつから若林と仲が良かったけ? いつ出会ったんだっけ? 何月の何日だったか。何故、覚えてないんだ。彼女が居ることが当たり前すぎて、忘れてしまった。
……そうか
若林は黙り込んで廃墟に向って歩き出した。小斗が慌てて話しかける。
ミコちゃん、待って
ユキちゃん。そいつを連れて先に駅に行ってくれ、ちょと探索してから行くから
……う、うん
若林は廃墟を見渡して、入れそうな場所を探した。壁の一部に隙間があることが分かった。
じゃーな、裏切り者
裏切り者か
若林は手を挙げて一度、鮫野木を見つめ、隙間を潜って行った。若林の背中を最後まで見ていた。その後、若林さんに言われた通りに僕は小斗さんと一緒に駅に向う。駅に向う途中の二人に会話は無かった。
この後の僕の記憶は飛び飛びだった。
駅で長い間、待っていたのは覚えている。警察が慌てていたことは覚えている。小斗さんが泣いていることは覚えている。若林さんの両親が悲しんでいることも覚えている。
――事後で若林さんが死んだ。
彼女はもう帰ってこない。僕のせいで若林は死んだ。僕は彼女に謝らなくてはならない。
若林、俺も――
あの日、俺は強引にでも引き留めるべきだった。若林の言った言葉、表情が今でも忘れられない。嫌、忘れてはいけない。それが最後になるなら、あの日に戻ってやり直したい。