軽く力を入れると扉は開いた。月明かりが廊下を薄らと浮かびあげた。鮫野木は懐中電灯で足下を照らしながら奥へと進む。
以前来たときと全く雰囲気が違う。暗闇のせいもあるが、それとは別な何かを感じる。静か過ぎる廃墟は不気味だ。
軽く力を入れると扉は開いた。月明かりが廊下を薄らと浮かびあげた。鮫野木は懐中電灯で足下を照らしながら奥へと進む。
以前来たときと全く雰囲気が違う。暗闇のせいもあるが、それとは別な何かを感じる。静か過ぎる廃墟は不気味だ。
とにかく、二階に向うか
懐中電灯を照らしながら階段に向う。階段を一段ずつ登る、ギシギシと音を立て二階へ上がった。
二階へ上がり、倒れていた一番奥の部屋に向おうとしたとき、足下に小さな板が物が落ちていた。鮫野木はそれを拾う。
これは……野沢の
階段を上がって一番手前の部屋の前に落ちていたのは、部屋のネームプレートだった。そのネームプレートに野沢心の部屋と書かれていることが分かった。
ここが野沢の部屋だったのか
それだと、一番奥の部屋が野沢のお父さんの部屋か
鮫野木はネームプレートを扉にかけ直して、奥へと進んだ。野沢の部屋から二つ目の部屋に入る。部屋は机と大きな本棚、ベッドが置かれていた。
前、来たときは部屋を見る余裕なかったな
ここで拾ったんだっけ
鮫野木はポケットから紙切れを取り出した。
この世界は偽りに包まれているか、これも手紙の中に入っていたんだっけ
野沢のお父さんが送ってきたんだよな。一体どんな意味があるんだ
手紙の意味が分からないまま、鮫野木は紙切れをポケットに締まった。それにしては、頭が痛くならないな。裏の世界に行ったときのと同じ状況にならないと、裏の世界に行けない気がする。
おーい、誰かいませんかー
静かな部屋に鮫野木の叫び声が響く、その声に反応する物は居ない。
裏の世界に行けたのは名も無き者の仕業だと思うのだが。
困ったな
誰か、居ないのか
もう一度、叫ぶ扉がゆっくりと開く音が聞こえた。鮫野木は扉のある方を振り向く、すると女の人が鮫野木を見つめながら部屋に入ってくる。なぜか女の人に見つめられると目が離せないでいた。
今晩は、久しぶりだね
久し振り? 何処かで会った……か?
誰だか分からない顔をしているね。そうか、この姿で君と会ったことは無いか
女の人が目を瞑ると姿が変わる。まるで早き替えのマジックの用に一瞬で女の人から中年男性に変わった。
この姿なら知っているだろ。久しいな、嘘つきの君
えっ、お前は……どうやって
鮫野木の目の前に立っているのは声、姿形さえもカゴメ中学校に居た中年の教師と瓜二つだった。
確か名前は野村だっけ? どこか、口調が違うようだが、この人が名も無き者の正体なのか。嫌、違う気がする。協力者は名も無き者は多くの名前があるとか言ってたな。まさか、このことだとは思わなかった。
名も無き者が鮫野木に語りかけてくる。
人間は分からない事の方が多い。君がここに居ることすら私には理解出来ない。本来ならあの場所から出られるはずがない。それは私が認めない
大半の人間は私が作った空間から出ようと躍起になる。協力し騙し、希望を持ち絶望していく
しかし、君は何らかの力を使って外に出た。私の見解だと人間は恐怖した体験、その場所に戻ることがあるとは思えない
君に聞きたいことがある。何故戻って来た
野沢心を助けに来た
鮫野木の言葉に名も無き者は微笑みを浮かべる。
なるほど
これだから人間は面白い
面白い……お前は、まるで人間じゃ無いような言い方をするが
人間じゃないのか
そうだ。私は人間ではない。私を人間と同じにするな
名も無き者は野村の姿から変わった。その姿は大学生ぐらいの女性だった。何処かで見たことがある。
人間がこんなこと出来るかい?
そうだな、あり得ない
お前は何が目的だ。どうして野沢を閉じ込めている?
それは、人間の感情を理解したいだけさ
人間の感情を理解したい。それだけで十年間、野沢は眠り続けているのか。
君は閉じ込めていると言ったね。たかが十年じゃないか? それに私は彼女の願いを叶えた。それなりの見返りがあっても不思議ではない
あのな、人にとって十年は長いんだ。お前は願いなんて叶えていない! 見返りなんてもってのほかだ
私は叶えたよ。家族に会わせてあげた。けれど、彼女は満足していない、動くようにして話せるようにもした。口調も似せた。それでも彼女を満たされていない。君には分かるか?
当たり前だ。どんなにそっくりに作っても、そこに心が無ければただの人形と同じなんだよ! 野沢は本物の家族と会いたかっただけだ
そう、そこなんだよ。人間は目に見えない物を信じる。実物より心、つまり感情を
ああ、それが私には分からない
お前は人の感情をどうして知りたいんだ?
鮫野木の疑問に名も無き者は右手を顔に当てて答えた。
簡単だよ。人間を知るのが私の役目だからさ
役目? 人間を知ることが?
右手に隠れているが、名も無き者の表情が笑っているように見えた。鮫野木は初めて名も無き者に恐怖を感じた。