協力者は短剣を鞘にしまい、鮫野木の目の前に置いた。短剣は見れば見るほど本物にしか見えない。
 短剣の鍔と握るところは金で出来ているらしく、自分の顔が映っている。鞘は黒く周りを金で飾ってある。

鮫野木淳

これで、魔女を刺せって言ったよな、それは殺せって事か

協力者

そうだけど、何か?

鮫野木淳

……俺が出来るわけがない


 殺せるわけがないだろう。例え人かどうか怪しい相手を殺せない。

協力者

鮫野木淳、君の道徳心は素晴らしい

協力者

げど、君が殺すのは人じゃない。願いの神、悪魔、怪物、魔女といった多くの名で呼ばれ、多くの顔を持っている。それが

協力者

名も無き者さ

鮫野木淳

名も無き者。そいつが野沢心を眠らせているのか?

協力者

その通り、名も無き者が居なくなれば、全て丸く収まる


 名も無き者を目の前に置かれた短剣で刺したら協力者は野沢心を助けられる……救える。けれど、殺すことになる。だが、俺が知る限り名も無き者は女性の姿をしているはずだ。協力者は人じゃないと言うが、そうだとしても殺して良いのか。

鮫野木淳

もし、俺が名も無き者を殺したら。俺はどんな顔をしてみんなと会えば良い?

協力者

そうだね

協力者

君は一人の少女を救った英雄だ。堂々とすれば良い

鮫野木淳

違う

 俺と協力者の考えは全く違う。俺は英雄になんてなれない。

協力者

何が違うのかな?


 協力者の問いに重く荒々しく答える。

鮫野木淳

英雄と人殺しの差は何だ。人を殺したことは変わらないだろ

鮫野木淳

俺は、ただの高校生だ。オタクでビビリだ。人じゃないからって殺せるわけがないだろ!

鮫野木淳

俺は……殺すことが怖い

協力者

その感情はあたりまえで、正しいことなんだ。けれど、君は優しくて甘い

協力者

言っただろ? 人を助けるには、それなりの代償と努力が必要と、人を一人救うのは簡単じゃない

協力者

犠牲を払わず、救える物なんてない。何でもかんでも、上手くいく方法もない

協力者

心当たりがあるだろ?

鮫野木淳

……

 ある、確かに心当たりはある。藤松は責任を感じて、野沢を殺そうとした。けれど、立場が逆だったら俺はどうしていただろうか。藤松と同じ事をしたかもしれない。あの時の藤松は罪悪感を抱えて生きていくことを決めていた。それに比べて俺は野沢心を助けるチャンスすら捨てようとしている。

――俺はまた逃げようとしている。

鮫野木淳

俺は……約束したんだ

 鮫野木は短剣を手に取った。実際に短剣を握ると、ずっしりと重みが伝わってくる。

――本物だ。

鮫野木淳

野沢心を助ける。その為なら英雄になろう

協力者

良く言った。これで君は本当の意味で人を助けられる

 協力者はニッコリと笑って、立ち上がった。

協力者

じゃ、私は帰るね

鮫野木淳

えっ帰る? どうして

協力者

私の役目はこれまで、教えることはもう教えた


 そう言い残すと協力者は玄関に向って歩き出した。

鮫野木淳

教えたって、この剣で刺す事だけだろ。他には? 具体的にはどうすれば良いんだ?

協力者

全部教えたら、君の為にならない

鮫野木淳

はぁ?


 玄関を開けて協力者は家から出た。鮫野木は協力者に話しかける。

鮫野木淳

あの、あの世界。裏の世界に帰る方法は、どうすれば?

協力者

ん? 今は裏の世界って呼んでいるのか、私は君の偽りの街が気に入ってるんだけど


 協力者は懐かしそうに話した。

鮫野木淳

偽りの街ですか?

協力者

ああ、嫌、忘れてくれ

協力者

それはそうと、君は裏の世界に入ったときの記憶がないのかい?

鮫野木淳

そんなことは


 確か廃墟に入ってから、女の人の声が聞こえて気付けば、二階に居たんだ。そして、頭が割れるような痛みに襲われて、いつの間にか裏の世界に居た。

鮫野木淳

覚えてるよ。忘れるはずがない

協力者

ならどうするか、分かるはずだろ? 入り口は一つしかないんだ

鮫野木淳

たく、行けば良いんだろ

協力者

ふふっ、それじゃ、私は帰るとしよう


 協力者が帰ろうとしたとき、鮫野木は食い気味に話しかける。

鮫野木淳

あの、廃墟に居たときに女の人の声が聞こえたんですけど、何か知ってますか?

協力者

……

協力者

知らないな

 協力者はニッコリと笑うと何処かへ消えていった。一人になって静かになる。まるで嵐が去ったようだ。
 不思議な人だった、どうして協力者は何でも知っているような喋り方だったんだろう。そして、あの日のことを若林、若林命の事を知っていた。俺が俺になるきっかけになった、かけがえのない友達だった。

鮫野木淳

さてと、戸締まりするか

 鮫野木は廃墟に向った。外は肌寒く廃墟の周りは明かりが少なく真っ暗だった。廃墟に続く道は懐中電灯を用意しなければ歩けなかった。
 懐中電灯で廃墟を照らす。薄らと見える廃墟は雰囲気が出ている。

鮫野木淳

また来たぜ


 鮫野木は廃墟のドアノブに手をかけた。

エピソード34 廃墟再び(1)

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