リーベの羽織るローブが僅かに揺らめいた。ローブのレースが、光をキラリと反射する。その場にいる全員が、リーベの行動を見守っていた。

私からの手本は一度きりです。
見逃さないようにして下さい。

 「百聞は一見に如かず」そう言い表したリーベは、静かに目を伏せる。

 リーベはエンゲージ・コアのネックレスを取り出し、握り締める。

 部屋を包む魔気の感覚が増した。いや、魔気を感知しやすくなったと言うべきか……。リーベが右手を前方に差し出した時、その眼前が歪んだ。

ダナン

なんだありゃあ!?

リュウ

想像以上だな……。

ジュピター

あれが……

ユフィ

……刻弾。

 僅かに青みがかった黒な球体がリーベの眼前の歪みから現れた。拳より少し大きいくらいのその球体は、周囲に歪みを残したまま滞空している。その吸い込まれそうな黒は、恐怖の対象でありながらも言いしれない魅力らしきものを放っていた。

リーベ

この刻弾を動かし
魔物に命中させる。
読んで字の如く、
命中とは命の中に
刻みつけること。
この刻弾は魔物に対して
それだけの威力を発揮します。

アデル

命の……中に……。

 フードの奥の白い肌は透き通っていて、恐ろしいほど美しく見える。

リーベ

そうです。
魔物との戦闘とは、
誰がどんなに綺麗に語っても
命の奪い合いでしかないのです。

 リーベの言葉が終わると、刻弾は人が走るくらいの速さで前に動き始めた。前方の空間を飲み込むように進む黒い球体は、壁まで到達するとあっけなく霧散して消えてしまった。

ダナン

こりゃたまげたぜ。
あんなもんが
出てくるなんてな。

タラト

まずい、そう。

ジュピター

あれは食わない方が
いいと思うぞ。

ユフィ

確かに百聞は一見に如かずね。

 ユフィは初めて刻弾を見た感想を言わず、自分のエンゲージ・コアを胸元から取り出してみる。

ユフィ

え!?

 ユフィのエンゲージ・コアは、ほんの僅かにだが黒く変色していた。結晶は無色透明だったはず。タラトとシャセツ以外の全員が自分のエンゲージ・コアを確認した。

リーベ

エンゲージ・コアは
魔気が充満している場所に
滞在していると
徐々に黒く変化していきます。
これはエンゲージ・コアが
吸収した魔気が増加した証です。
それ以外にも
魔物との戦闘区域に入ったり
武器によるダメージを
与えたりすると
さらに増加します。

ユフィ

その溜まった魔気を使用して
刻弾を具現化させるのね。

リーベ

その通りです、
ベルゼビュートさん。
今からその具現化方法の
コツを説明していきます。

以下具現化の流れ
及び
深く集中する方法 

≪深い集中方法≫


集中すると考えるより
まずは
それ以外はしないと決意する


時間を決める


目を閉じ何も見ない


耳を塞ぎ音を遮断する


≪具現化の流れ≫


耳を塞ぎ僅かに聞こえる
血液の音に集中する


集中を深めると
その音の中に
不快な雑音を感じる


エンゲージ・コアに触れ
その雑音を眼前に押し出す

ダナン

要は耳に指突っ込んで
集中すりゃいいんだな。

リュウ

そう言われるとそうだな。

ダナン

取り敢えずやってみるぜ。

 まずはダナンが耳を塞ぐ。次はジュピター。そうして次々と耳に指を入れてゆくのを見て、タラトも真似をし始めた。

 耳を塞いでいても聞こえる悲鳴が響き渡った。そこには、耳を押さえてうずくまるハルがいた。

ユフィ

な、何かの悪影響が!!

アデル

まだ具現化してもないのに!?
大丈夫ですかハル。

ダナン

おい、
そこの結晶師。
何が起こってんだ!
説明しろ!!

 大声で結晶師ニグに説明を要求するダナン。痛みに苦しむハルを介抱するアデル。ハルの耳からは血が流れている。騒然とする中、結晶師ニグは頭を横に振って理解が及ばない事を表した。

 自然とリーベに皆の視線がいく。

リーベ

ここで扱うのは
微量の魔気。
ここまでの悪影響は
残念ながら
前例がありません。

 どんな事も知っていると思われた結晶師長リーベ。彼女ですら予期せぬ不測の事態。ニグが救護班を呼びに、部屋を飛び出していった。

 ~錬章~     46、集中

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