六十部と久賀が体育館に入ると藤松は野沢と日泉に向って頭を深く下げて、その近くに小斗と凪佐が見守るように立っている。一人、鮫野木の姿が見当たらないでいた。

藤松紅

申し訳ない

日泉桜

何もそこまでしなくても、良いですよ。気にしてません

野沢心

僕も気にしてません。それにあなたは凄いです。僕は謝るのにかなり時間が掛かりました

野沢心

だから、その、許してあげます


 藤松は頭を上げる。恥ずかしそうにしている野沢を見て話した。

藤松紅

良いのか?

野沢心

はい。それより謝った方が良い人が居るはずです

日泉桜

そうですよ。友達なら


 そう言われて藤松は小斗を見つめた。小斗は藤松と目が合った時、ぎこちない笑顔を見せる。

小斗雪音

……えーと、アハハ

凪佐新吾

小斗ちゃん


 これは仕方ない反応だった。寄りによって友達かつ女性に金属バットを向けてしまった。嫌われても仕方のないことだ。

藤松紅

小斗……

小斗雪音

待って、私から話す


 ほっぺに両手を当てて、少し力を入れた。両手に押され、ほっぺが持ち上がる。小斗は緊張した時はこうやって、気持ちを落ち着かせている。
 小斗はほっぺから手を離してから話した。

小斗雪音

良し、藤松くん

藤松紅

何だ?

小斗雪音

とっ、ても、怖かったです。だから、ごめんと言ってください!

藤松紅

えっ……分かった。ごめん

小斗雪音

良し、許そう!

 小斗の意外な態度にあっけにとられ、返事が遅れる。

藤松紅

待て、良いのか? まるで謝った気がしないが

小斗雪音

別に良いじゃん。終わったことだし

藤松紅

でもな、あっさりとし過ぎだぜ

小斗雪音

良いの、ごめんが聞けただけで十部だから

藤松紅

でも……な

小斗雪音

あまり謝れたら、許しにくいの

藤松紅

……ん……そうか

藤松紅

じゃ、もう謝らない


 そう言い残すと藤松は体育館の出入り口に向い歩き出した。出入り口には六十部と久賀が立ち塞いでいた。
 六十部に近づいた藤松に話しかける。

藤松紅

六十部、鮫野木が体育倉庫の前で話したいことがあるんだってよ

六十部紗良

……そう、わざわざご苦労ね

六十部紗良

……


 六十部は言われたまま、体育倉庫に向った。
 用件を伝えた藤松は体育館のドアに背中を付けて座った。

久賀秋斗

…………

藤松紅

久賀。お前もここに居ろ


六十部の後をこっそり付けようとした久賀を注意した。

久賀秋斗

ちぃ、ばれたか

藤松紅

何がばれただよ

久賀秋斗

シチュエーション的に見たくないの? フッジーは


 久賀はそう言いながら、藤松の隣に体操座りで座った。

藤松紅

そういうシチュエーションじゃない。それと近い

久賀秋斗

だろうね。そういう空気じゃないもんね

藤松紅

分かってるなら、ほっとけよ。それと近い

久賀秋斗

だってフッジー。ここに居ろって言ったじゃん

藤松紅

――勝手にしろ

 ニヤニヤとしている久賀に藤松は体を徐々に動かして距離を取った。目線を遠くにやると小斗と目が合った。
 浮かない顔をしていた小斗が話しかけてきた。

小斗雪音

ねぇ、藤松くん

藤松紅

……何んだ?

小斗雪音

私達ぐらいしか話す人がいない鮫野木くんが何で会ったばかりの紗良ちゃんと二人きりで話そうと思ったんだろうね?

藤松紅

……さぁな、別に鮫野木の自由だろ

小斗雪音

うーん、そうだよね


 体育倉庫のコンクリートで出来た段に鮫野木は座っていた。

六十部紗良

そんなところに座ったら、ズボンが汚れるわよ

鮫野木淳

良いんだよ。これぐらい


 鮫野木は立ち上がり、ズボンに付いた砂を叩いて落とした。

六十部紗良

私も鮫野木くんに話したいことがあって、ちょうど良かった

鮫野木淳

そうか、先に六十部からどうぞ

六十部紗良

優しいのね


 六十部は悲しそうに話し出した。

六十部紗良

私は別れ話しをしに来たの。鮫野木くんは?

鮫野木淳

……別れ話しね

鮫野木淳

俺は野沢を助けるために協力してくれないか

六十部紗良

今は無理よ。状況がかわれば変われば協力は出来るわ

鮫野木淳

今は? 状況ですか?

六十部紗良

だから、私に調べる時間をちょうだい

 六十部の目は透き通っていた。彼女には考えがあるのだろう。
 状況とは何のことか?
 状況が変われば野沢を助けられるのか?
 俺は六十部を信じられるのか……。

エピソード27 目的と理想(4)

facebook twitter
pagetop