藤松の手を握った時、震えているのが分かった。とっさに藤松は握られた腕を強く振りほどく、藤松は一歩下がって喋り出した。

藤松紅

たく、なれなれしいんだよ

藤松紅

俺はまだ、諦めたわけじゃ無いからな

鮫野木淳

はいはい、分かった分かった

藤松紅

たく、お前って奴は


 拍子抜けした藤松は髪をかいた。

六十部紗良

さて、藤松くん。聞きたいことがあるのだけど、良いかしら?

藤松紅

何だ?

六十部紗良

あなたはどうして、野沢心を殺せば元の世界に帰れると思ったの?

藤松紅

それはな……


 藤松は表情を曇らせた。凪佐と久賀も暗い顔をしている。

鮫野木淳

おい、どうしたんだ?

藤松紅

聞いたんだよ。帰れる方法を

六十部紗良

それは誰から?

藤松紅

さぁ、名前は知らないが。あの人……嫌、違うな

藤松紅

あれは人、人間じゃなかった

六十部紗良

どういう意味?


 藤松は口を閉じ、黙り込んでしまった。

鮫野木淳

アンノンが喋ったのか?

藤松紅

アンノン? なんだそれは?

 どうやら、藤松はアンノンと聞いて、ピンと来ていない様子だ。

鮫野木淳

見たこと無いか? 黒い形をした影みたいな

藤松紅

ああ、それなら見たよ。でも、そいつとは全然違う

藤松紅

見た目は普通の女の人……だった

六十部紗良

女の人ね


 六十部は手をあごに当てて、考える仕草をとった。まるで探偵みたい、じゃなくて本当に探偵だったけ。
 六十部は質問を続ける。

六十部紗良

どんな見た目か覚えてる?

藤松紅

そうだな、歳は俺達よりちょと上かな。黄色ぽい茶色で肩ぐらいあった

久賀秋斗

それと、身長は私と同じぐらいあったよ。服装はピンクの上着の下に白のシャツ、紺色のスカートをしていたよ。サラッチ

六十部紗良

そう、ありがとう。参考になったわ

凪佐新吾

良く覚えていたね。久賀さん

久賀秋斗

まぁこれでも、サラッチの助手ですから


 とても嬉しかったのか久賀は体をモジモジしている。六十部はそんな様子の秋斗をほって、藤松に質問を続けた。

六十部紗良

それで、その女の人から、どんなことを聞いて、野沢心を殺そうと思ったの?

藤松紅

――うっ


 この質問で場の雰囲気が一気に変わった。藤松は頭を抱えて話し出した。

藤松紅

色々言ってたけど、単純な事を聞かされただけさ

六十部紗良

それは何


 藤松は一呼吸おいて話した。

藤松紅

元の世界に帰る方法を教えてあげよう。シンプルに野沢心をこの街から消したら出るって言われてな

藤松紅

それしたら思ってしまった。野沢心を倒す……殺せば責任を果たせると思っていた

鮫野木淳

本気でそう思ったのか

藤松紅

そうだぜ、今さら嘘なんて付けるかよ

鮫野木淳

――そうだよな

 俺は一瞬、藤松を殴りそうだった。けれど、藤松は野沢心の昔のことを知らない。もしも、俺が藤松の立場だったら、藤松と同じ決断をしたかもしれない。そう思うと自然と怒りは引いていた。

藤松紅

本当、不思議だった。アイツが言うこと一つ一つが真実のように聞こえて信じてしまう

凪佐新吾

そうだよね。僕もおかしいと思いながら、証拠も無いのに最後は信じていた

久賀秋斗

言葉巧みに騙された感じ

鮫野木淳

不思議だな

藤松紅

不思議……ね

藤松紅

本当に不思議だったのは消えた時だけどな

 藤松は一瞬、不機嫌そうな表情を見せた。

藤松紅

俺が話せるのはこれぐらいだ

六十部紗良

そう

六十部紗良

他に話す事は無いのね

藤松紅

……無い


 藤松は体育館の方へ歩き出した。その様子を見て六十部は呼び止めた。

六十部紗良

何処に行くの?

藤松紅

謝りに行くんだよ。怖がらせたしな

鮫野木淳

そうだな、印象最悪だぜ

凪佐新吾

あ、僕も行くよ

鮫野木淳

そうか、じゃ、俺達が先に行って、話してくるよ。恐がれないようにな

藤松紅

そうか


 鮫野木と凪佐は体育館に向かった。立ち止まった藤松に久賀が耳打ちをした。

久賀秋斗

目の前で消えた事、話さないの?

藤松紅

まだ話したくないだけだ


 久賀にこっそり言うと藤松は歩き出した。

六十部紗良

私達も行くわよ

久賀秋斗

サラッチ、良いの?

六十部紗良

何のことかしら?

久賀秋斗

いや、その……まだ話してないことあるけど?

六十部紗良

言いたくなければ、無理に言わなくて良いわ

久賀秋斗

サラッチが丸くなってる

六十部紗良

そう?

 六十部は一言、言い残して歩いて行った。

 数日、会っていなかった間、六十部は変わっていた。その変化は久賀にしか分からない。一体、誰が六十部を変えたのだろう? その事を考えながら六十部の後を追いかけた。

エピソード26 目的と理想(3)

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