僕たちの乗った船は
あと数日で副都へ到着するという
ところまで来た。
ここまで無事に来られたのは嬉しい。

でもカレンの様子がおかしかった
あの時のことが胸に引っかかって
気分は晴れない。


そしてそんな僕の気分を映したかのように
船の周りには濃い霧が立ちこめていた。

空にも一面に鉛色の雲が広がっている。
 
 

トーヤ

うわわっ!

 
 
 

 
 
また酔い止めの調薬に失敗してしまった。

この状態だと容器の中に入っているものは
廃棄するしかない。



あの日以来、成功率が著しく低下している。

普段なら滅多に失敗しないくらい
簡単な調薬なのに……。
 
 

クロード

どうしたのですか?

 
 
その時、
ちょうど船室に戻ってきたクロードが
僕に声をかけてきた。


ちなみにエルムには調薬の材料を取りに
船倉へ行ってもらっているので
今はここにいない。

ロンメルは昼には活動したくないらしくて
船底の部屋で眠っている――と思う。



女子たちは別の船室なので
何をしているか分からない。

ガールズトークでもしてるのかな?
 
 

トーヤ

実は調薬に
失敗しちゃって。

クロード

そういう時もありますよ。
気を落とさずに。

トーヤ

うん、アリガト。
いつもクロードの気遣いには
感謝してるよ。

クロード

思えばトーヤと旅をして
随分と経ちましたね。
楽しかったです。

トーヤ

や、やめてよ!
『楽しかった』なんて
過去形にするのは。
縁起でもない。

クロード

あははっ、そうですね。
でも旅をしている以上、
いつお別れしても
おかしくないのですよ。

クロード

明日、モンスターの襲撃で
やられるかもしれません。
だから一緒に過ごす瞬間を
大事にしなくては。

トーヤ

それはそうだけど……。

 
 
なんだかクロードの様子がちょっと変だ。

カレンのように別人になっちゃった
というわけじゃないけど、
違和感を覚えることだけは確かだ。


最近、みんなどうしちゃったんだろう?

また嫌な予感しかしないんだけど……。
 
 

クロード

もし私が倒れたら
トーヤは
悲しんでくれますか?

トーヤ

っ!?

トーヤ

そんなのっ、
答えたくないよ!
本当になったら嫌だもん!

 
 
僕は頭の中で怒りと悲しみが
ごちゃ混ぜになって思わず叫んでいた。

胸が苦しいし、涙が溢れそうになる。


かつて古文書か何かで
読んだことがあるんだけど、
口にすると本当になるという
マジナイみたいなものがあるらしい。

なぜだか分からないけど、
そのことを思い出したから言わなかった。


もしクロードに何かがあったら
悲しむに決まってるじゃないか!
一晩中、泣くと思う。

だって大切な仲間なんだから。
 
 

クロード

……ありがとう。
私は嬉しいですっ!
私たちはずっと
友達ですよ!

トーヤ

クロード……。

 
 
そんな当たり前のこと、
どうしてあらたまって言うんだろう?
まるでお別れするみたいじゃないか。

胸騒ぎがしてならない……。
 
 

クロード

実はトーヤに大切な
話があるのです。

トーヤ

大切な話って?

クロード

マイルから
『魔法の便せん』が届いて
すぐにサンドパークへ
戻るようにと
連絡がありました。

クロード

副都に着いたら
そこでお別れです。

 
 
クロードから放たれた言葉に
僕は色を失った。

頭の中は真っ白。
胸は強く握り潰されているような感覚。
呼吸が乱れ、いてもたってもいられない。


クロードは寂しそうに微笑んで
僕を見つめている。
 
 

トーヤ

そんなっ!
どうして突然っ?

クロード

……分かりません。
詳細はマイルが私に
直接話すという
ことでしたので。

クロード

でも呼び戻すということは
背景にただならぬ事態が
あるのでしょう。

トーヤ

ただならぬ事態……。

クロード

私の想像ですが
おそらく副都に関係する
何かだと思います。

クロード

ミスリルの件を報告して
間もなく連絡が
ありましたので。

トーヤ

そんなのっ、
僕はイ――

クロード

……トーヤっ!

トーヤ

うわっ!

 
 
 

 
 
 
僕はクロードに抱きしめられていた。

温かくて力強い体。
外見は頼りないように見えるけど
こうして抱きしめられると
すごくガッシリしているのが分かる。


でも彼は少し震えているみたい。

そして耳元に聞こえてくるのは
鼻を小さく啜る音。
僕の体を抱きしめている腕には
一段と強い力が入る。
 
 

クロード

トーヤ!
旅を一旦やめましょう!
ほとぼりが冷めてから
また再開すれば
いいじゃないですか!

クロード

一緒にサンドパークへ
来ませんか?
我が社専属の薬草師として
雇いますので!

トーヤ

クロード……。
そこまで言うってコトは
気付いてるんじゃない?
ただならぬ事態の内容に。

クロード

…………。

 
 
クロードは沈黙したままだった。
つまりそれは肯定したも同じ。

そしてこれほどまでに
僕を強く引き留めるということは
命に危険が及びかねない事態なのだろう。
 
 

トーヤ

副都で何が起きているの?

クロード

……言えませんよ。
あくまでも想像ですし、
それが本当になったら
嫌ですからっ!

トーヤ

そっか……。

 
 
クロードはさっき僕が言ったのと
同じ言葉を返してきた。

思わずクスッと笑ってしまう。


僕はクロードから離れ、
真っ直ぐ目を合わせて決意を述べる。
 
 

トーヤ

僕は旅を続けるよ。
ギーマ老師は寿命が
あまり残っていないんだ。
先延ばしには出来ない。

トーヤ

今を逃したら後悔する。
ここまで来たんだもん、
何があっても
乗り越えてみせるさ。

クロード

……強くなりましたね。
では私と約束してください。
絶対にまた
生きて再会すると。

トーヤ

うん、分かった。
クロードもね。

 
 
 

 
 
 
僕たちはグータッチをした。

そうだ、これは永遠の別れじゃない。
ほんの少しの間、
離れた場所で過ごすだけなんだ。






だけどマイルさんが
クロードを呼び戻すなんて、
余程のことが起きているんだろうな。

今は表に出ていなかったとしても、
裏では確実に何かが動いている。


今まで以上に気を引き締めておこう。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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