コゼット

こんにちはシャルルさん。
それとも真庭さんですか

神秘学研究所での一件があった数日後、放課後にシャルルがリシャールと帰ろうとしている時に、コゼットから声をかけられた。

シャルル

マニワ?
そう言えば、コゼットはケータに会ったんだったよね

例の一件以来、コゼットと話すのは初めてだ。
今までコゼットは、周囲の人に対して一歩距離を置いているというか、何か自分の内面に立ち入らせないという態度をしていたのだが、今日話しかけてきたコゼットからは、その雰囲気が少しだけ薄れているように思える。

コゼット

シャルルさんでしたか。
真庭さんから、どこまで話を聞いていますか?

シャルル

ええと、変な猫がグリフィンに乗り移りたがってて、そのための研究をコゼットと一緒に手伝うことになったって聞いてるけど

俺が話したのは本当にそれだけだ。それ以外の事は、必要があれば話せばいいだろう。

コゼット

私の前世については何か聞いていますか?

シャルル

前世? いや、何も聞いてないよ

コゼット

それならいいです

コゼットも、前世の事は特に説明するまでもないと判断したのだろう。それ以上その事に触れずに、本題に入った。

コゼット

シリルさんが、研究のために必要なものを採集するための作戦計画を立てたそうです。
シャルルさんにもお手伝いいただきたいので、今日この後、神秘学研究所に来てください

シャルル

うんわかった。
……って、一緒に行かないんだ……

コゼットは伝えることだけ伝えると、さっさとその場を立ち去ってしまった。

シャルルは少々がっかりしながらも、神秘学研究所へ向かった。

三十分ほど後、シャルルは神秘学研究所の建物の中にいた。前回は入り口の前でコゼットたちと立ち話をしただけだったから、中に入るのは初めてだ。

玄関を開けるとすぐに家の面積の過半を占める居間がある。その奥には螺旋階段のようなものが見え、どうやら二階へ続いているらしい。

居間には様々なものが雑然と転がっていて、家主である猫のズボラな性格が透けて見えるようだった。床に望遠鏡めいたものが転がっているし、本棚には本もインク瓶も魔術に使うらしい人形も一緒くたに置かれたうえ、脱いでそのまま放り投げたと思しき衣類が引っ掛かっていた。シャルルの部屋を同じ状態にして置いたら、セシルからお小言を言われそうだ。

その部屋の中央に四角いテーブルを囲んで、デザインがまちまちな椅子が四つ置かれていて、その内の四角い木箱めいたものにシリルが、籐で編まれた背もたれのある椅子にコゼットが座っていた。

コゼット

あ、シャルルさんが来ましたね。
ようこそ、神秘学研究所へ

コゼットはそう言って、シャルルに自分の右隣の席をすすめた。シャルルは少し緊張しながらそこへ座る。

シリル

さて、全員そろったなら始めようか。
我らの『グリフィンの卵採集作戦』の作戦会議を!

……あれ、何かすげー危険そうな作戦名が聞こえた気がしたんだけど気のせいだよね。

グリフィンといえば一羽に対してレベル10オーバーの冒険者が四・五人でパーティ組んで挑むクラスの強力な魔獣だ。
そのグリフィンに努力嫌いな魔術技師と冒険者学校へも入っていないひよっこ二人で挑むなんて自殺行為だもんね。

シリル

あはは、可愛いなあシャルル君は。
そんなに怯えた顔をしなくてもいいよ

シャルル

おおおお怯えてなんか
ななないよ

ビブラートを効かせた声でシャルルが反論する。
だがその顔は蒼白で、目が泳いでいる。

コゼット

落ち着いてください。
グリフィンと戦おうというのではありません。
グリフィンをうまく巣から誘い出した隙に、卵をかすめ取る採集ミッションです

なーんだ採集ミッションか。それなら安心だねー。

たしかこないだも、僕らには『研究で使うアイテムの採集程度しかお願いしない』って言ってたけど、その約束覚えててくれたんだー。なら大丈夫だー。

ってそんなわけあるかい。

グリフィンを巣から『誘い出す』って言ってる時点で、グリフィンに対して何かのアクションを起こすわけじゃないか。その時点で一歩間違えばグリフィンに襲われる危険性は十分ある。

シリル

まあ聞いてくれたまえ。
この天才魔術技師シリルさまの完璧な作戦を

そう言ってやわらかそうな耳をぴくん、とひと震わせすると、天才魔術技師(前世はレベル1のまま享年二十九歳でクエスト中に死亡)は、厳かに語りだした。

(続く)

ようこそ、神秘学研究所へ

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