シリル

ところでコゼット君。
この愛くるしい少年は君の知り合いかな? 紹介してくれると嬉しいんだが

シャルルの方をまじまじと見つめながら、シリル氏が言う。

コゼット

この子はシャルル。同じ学校の友達です。
一つの肉体にシャルル本人の人格と、私の前世の知り合いの人格が共存している二重人格であると、ついさっき知りました

シリル

なんと。
前世の記憶があるだけでも珍しいのに、二重人格か。
ふむふむ、それは興味深い

顔を近づけて、ためつすがめつシャルルを眺めてくるシリル氏。そして、ぺろり、とシャルルの頬を舐める。

シリル

ふむふむ、味もなかなか興味深いではないか

ぺろぺろ。

シャルル

あの……。
ものすごく気持ち悪いのでやめてもらっていいですか?

今までたまたま、シャルルの周囲にいる猫は若い女性ばかりだったので好かれるのは嬉しかったのだが、男性の猫に好かれるのは半端じゃなく気持ち悪いな。
僕は必死で、シリル氏の顔を押しのけようとする。

コゼット

そういえば、シャルルさんはアンヌマリーさんにも妙に懐かれてますよね

いきなりシャルルの顔をぺろぺろしだしたのは、いかに変人シリル氏と言えども普通はしない行為だったのだろう。普段の彼を良く知るコゼットも引いてしまっている。

シャルル

うん。うちの飼い猫のセシルにもベタベタされて、シャルルは嫌がってるよ。
それよりこれなんとかして

コゼット

いったい何故、そんなに猫に好かれるんですか?

シャルル

それは俺が転生するときに、『猫に好かれるようにしてくれ』って頼んだからなんだけど、いいからこれなんとかして

コゼット

え……

シャルルを見るコゼットの目が、汚らわしいものを見る目つきに変わった。

シャルル

い、いや違うよ!
この世界の猫が人型をしてるなんて知らなかったから単に普通に猫と戯れたかっただけで決して猫耳っ娘ハーレムを作ってウハウハとか考えてなかったから!

必死で弁解するも、彼女の表情は変わらない。

コゼット

それは信じますよ。そんな邪な理由で猫に好かれたいなんて言ったら、その瞬間に転生先が無間地獄に変更になりますからね

コゼット

でも、意図したかどうかに関わらず、本来モテるはずのない人が、怪しげな能力でモテているのを見ると生理的な嫌悪を感じるんですよ。
この気持ちわかります?

わかるけどわかりたくない。
ていうか俺って『本来モテるはずのない人』なの? 前世の俺ならともかく、シャルルは見た目はかわいらしい少年なんだけどダメ?

シリル

どうだろうコゼット君。
この少年にも我々の研究を手伝ってもらえれば、いろいろと捗るのではないかと思うのだが

ようやく顔ぺろぺろをやめてくれたシリル氏が言う。

コゼット

そうですね。
協力してもらえるならありがたいです

やっぱり、彼らとは浅からず関わり合うことになりそうだ。

シャルル

協力って何すればいいのかな?
シリルさんに顔をぺろぺろさせるとかなら御免だけど

コゼット

もちろん、猫を魔獣化前の状態へ戻す魔術の研究の手伝いと

シリル

俺の人格をグリフィンへ移す研究の手伝いだ

やっぱりやるのね、その、教会のお偉方に知られたら異端のレッテルを貼られそうな研究。

シャルル

でも、シャルルは魔術技師志望者じゃないし、俺も魔術技師の知識なんてないし、覚える気もないよ。魔術の研究なんて手伝えないよ

俺にせよシャルルにせよ、魔術の研究の役に立つとは思えない。前に言った通り魔術技師のやることは地球におけるプログラマと似ているから、俺が覚えようと思えば割とすぐに習得できるかもしれないが、その気はない。

コゼット

必要な薬草の採取とか、できそうな事しか頼みませんので安心してください。
シャルルさんが冒険者学校で訓練を積んだら、実験に使う魔獣の捕獲とかも頼むかもしれませんが

シリル

俺が一日も早くグリフィンになれるよう、せいぜい頑張ってくれたまえ。
グリフィンはいいぞ。翼をあまり動かさなくても、魔力で補って空を飛べるんだ。きっと何の努力もせずに飛べるに違いない。ふふふ……

グリフィンになった後の楽ちんな生活を想像して、思わず笑みを漏らすシリル氏。やはり控えめに言って変人。率直に言って変態だ。

シャルル

うん。ま、まあ、
シャルルに事の次第は話しておくよ。コゼットのためならシャルルは断らないと思う

そう、コゼットのためだけなら、シャルルも俺も協力は惜しまないんだけど。
なんか変人かつ変態の猫が一匹、おまけでついてくるのが問題だったりする。

前世の知り合いに会えたのは望外の喜びだったけど、なんだかめんどくさい事になりそうだ。そう思いながら、その日は家に帰った。

その夜。
シャルルの身体が眠ると、俺の意識はシャルルの精神世界へと自動的に移動する。

この世界は、ある程度俺の好きなように改変する事ができる。俺は、真っ平らな地面がどこまでも続く殺風景な空間の中に、ふかふかの座り心地の良さそうな椅子をしつらえ、そこに座った。

間もなくシャルルもここへ来るはずだ。
待っている間の暇つぶしに、周囲の空間に一匹、また一匹と猫を出現させる。

もちろん、この世界の猫ではなく、膝に乗るくらいの大きさの地球の猫だ。

シャルル

あ、ケータ。
ケータがいるってことは夢の中だね

啓太

うむ。そうだよ

シャルル

てことは昼間、コゼットの跡をつけていたのが当人にバレたのも夢か。
よかったー

啓太

残念ながらあれは現実だ。
まあ、フォローしておいたから安心したまえ

俺は昼間、シャルルの身体を乗っ取って以降の出来事をかいつまんで伝えた。

コゼットと俺の前世の事みたいな混み入った話は、まあ今後必要があれば話すことにして割愛して、シリルという控えめに言って変人、率直に言えば変態な猫の手伝いをすることになった過程を、ざっくりと説明する。

シャルル

猫、かぁ……。
ベタベタ引っ付いてくるから苦手なんだよなあ……

啓太

そうかー。
まあ、座りたまえよ

俺は自分が座ってるのと同じふかふかの椅子をもう一つ出してシャルルにすすめる。
シャルルは地面に寝そべっている猫を一匹、大事そうに抱きかかえるとその椅子に座って、猫を膝の上に寝かせた。

シャルル

ケータのいた世界では、猫ってこういうのなんだよね。
こういう小動物なら、ベタベタとすり寄ってきても可愛いのに

啓太

うむ。
だから探すんだ

シャルルは、地球の猫とこうして夢の中で触れ合うのが好きらしい。だから冒険者になって、この世界にまだいるかもしれない魔獣化前の猫を探すことに興味を持ってくれている。

この国や周辺国においては、魔獣化していない猫は魔獣化したネズミによって絶滅させられた。だがこの大陸の東の奥地、エルフの森とその周辺では、ネズミの魔獣化は起こっていないはず。ならばその辺りにはまだ残っているかもしれない。

また、海を隔てた別の大陸にも、ひょっとしたら魔獣化前の猫が残っている可能性がある。冒険者になれば、そういった地域へ旅をして、猫を探す事ができる。

シャルル

うん……。
ただ、父さんは僕に、傭兵になってもらいたそうだよね……

啓太

まあね……。
だがあれは、傭兵以外の生き方を知らないから、という消極的な理由だな。
その証拠に、あんまり強く言ってこないだろ?

シャルルの父は彼に、自分と同じ傭兵になって欲しいようで、それとなくそんな雰囲気をにおわせてくる。
傭兵の子供は傭兵になるケースが多いんだとか、自分の所属する傭兵団の上役に紹介してやろうかとか、そんな事を夕食の席などでなにかと話題に出す。

ただ、傭兵も冒険者と同じ程度か、あるいはそれ以上に危険な仕事なので、あまり強くは勧めてこない。
むしろ、自分の息子に傭兵だと冒険者だの、命の危険がある進路しか用意してやれない自分の家格を恥じているように見える。

啓太

まあ、俺は君の父親ほどには、君の人生に責任が持てない。
君が傭兵になりたいなら俺は止めないよ

そして俺も、冒険者になるように強く勧める権利はないと感じている。
幸い、シャルルはどちらかというと冒険者の方になりたいと思ってくれているようだが。

シャルル

僕は、冒険者の方がいいな。
傭兵ってなんだか、人を殺すのが仕事っていう気がする。

啓太

その方が俺は嬉しいがね。
職能はどうする? 俺のおすすめは斥候か狩人あたりだ

シャルル

うーん……。
それはもう少しゆっくり考えて決めるよ

職能については、シャルルは剣士や鎧騎士あたりを志望しているようだが、これはどうやら冒険者になれなかった場合に、傭兵としてやっていくうえでも役立ちそうな職能を選びたい、という事のようだ。

少し前からこんな風に、シャルルの進路について夢の中で話し合っているのだが、職能を決定するにはもう少しかかりそうだ。
冒険者学校への入学は来年の四月。その三ヶ月前までに、職能を決めなければならない。

そんな真面目な話以外にも、とりとめのない会話を交わしながら、その日の夜は過ぎていった。

(続く)

生理的な嫌悪を感じるんですよ

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