何度申し上げたらおわかりになるんです。帰宅が遅くなるならそう仰って下さいまし


白飯を盛った茶碗を
ダン! と置いた少女は
不機嫌そうに言い放つ。





時刻は朝10時。
俺は徹夜明けの朝帰り。

徹夜で働く勤労青年に
何たる仕打ち、と
言いたくもあるけれど
もし徹夜で待っていたのだとしたら
100%俺が悪い。


ごめん



そう。
世界を飛び越え
呼び鈴付きの家だの
鍵のかかった家だのに慣れた結果、

鍵もかけずに
紫季が起きて待っている家が
あることを
すっかり忘れていた俺が。



全く……晴紘様もそろそろお嫁さんでも貰って一人立ちされたらいかがです? 

家賃を滞納している分だけ貯金もおありでしょう?

……




とうとう追い出しに来たか。


晴紘は
先ほどから自分を睨みつけている
ゴシックドレスの少女を見上げた。










嫁を貰え、なんて台詞に
田舎の母を思い出す。


まさかこんな娘に
母の面影を見る日が来るとは
思いもよらなかった。

それが何だか微笑ましい。


ま、紫季の目が黒いうちには嫁見せてやるから

……は?


嫁を心待ちにする田舎の婆ちゃんに
言うような台詞だが

残念ながら
この娘には通じない。

いや、ウソウソ

そうだねぇ。そろそろ身を固めたほうがいいかなぁ
嫁に来る? 紫季

何故私が



彼女は
不愉快極まりないとでも言いたげに
口角を引きつらせる。

あ、それじゃあ、灯里に頼むかな。あいつ仕事以外に興味ないから、あっさり了承するかも

ほら、なんて言ったって六年の付き合いだし、身を固めなきゃいけないのはあっちも同じだし

土地付き、家付き、ジジババ抜き。そう考えれば美味しい物件だよな、灯里って



その時。

何かが切れたような音がした。







人間ならいくらキレたと言っても
本当に何かが切れるわけではない。

しいて挙げれば平常心とか理性とか、
そう言う目に見えないものだ。



たまに怒りで
頭の血管が切れる者もいるらしいが
それにしたって音はしない。




まさか、ぜんまいが切れたとかじゃないよな




































あの日。


侯爵の足元に転がっていた紫季は
人形だった。

歯車やバネが見えた。





撫子!





晴紘たちの身代わりになって
刃を受けた彼女は
歯車の重なりの中に落ち、



何かが砕ける音がして

かすかな光が煌めいて







軋む音を立てながら
歯車はゆっくりとその動きを止めた。




鐘が鳴った。







何度も、何度も、
際限なく鳴り続ける。








そして




























































……



気がついたら
自分の部屋で眠っていた。









夢……?


あれだけのことを
夢でした、で終わらせるつもりなど
晴紘にはなかった。


しかし「人形なのか?」とは
とても聞けない。

聞いたところで
答えてはくれないだろう。


西園寺侯爵は
表舞台から姿を消し

連続殺人事件も起きなくなり













































この事件は
人々の記憶から薄れつつある。


















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