……何をお考えで?

え、あ、いや


いつの間にか
考えにふけっていたらしい。

晴紘は
怒りを滲ませた紫季の声に
我に返った。

その邪念、灯里様のためにも阻止させて頂きます


そう言えば
さっき聞こえたブチッ、という音は
何の音だったのだろう。


ぜんまいでも切れたのだろうか。
それとも
堪忍袋の緒というやつだろうか。



そう思いながら
紫季に目を向けると――

…………ん?


切れたのは
ぜんまいでも堪忍袋の緒でも
なかったようだ。



紫季の手に残る
真っ二つになったお盆に

晴紘の目は釘付けになった。

ってことはさっきの音はお盆が……?

本当は人形なんじゃないのか!?



あまりに人間離れしている。



撫子や他の人形たちのような
愛玩用ではなく

腕力を強化した
家事特化タイプかもしれない。









あれだけ人形の不遇に
心を痛めていた灯里だ。

自分の身は自分で守る程度、
いやそれ以上の力を
持たせているかもしれない。



ロボット三原則はいいのかよ……



と、同時に
侯爵の足元に転がっていた
あの人形の紫季は
やはり夢だったのかもしれない。
と思う。




お盆を真っ二つにする娘が
干乾びた爺さんに負けるはずがない。



















この期に及んでまだ何か策を講ずるおつもりですか?

しかし。

このゴシック娘が
人形であろうがなかろうが
今の危機的状況が変わるわけではない。

嘘です! 灯里さんには手は出しません! 許してください!

……ほう?

だ、だってここにいれば毎日紫季さんの美味い飯が食えるじゃないですか! だからっ!


半分くらいは本音だ。


恐怖に怯えながらもそう言うと
彼女は
一瞬目を丸くしたものの
すぐにいつもの無表情に戻った。


古い口説き文句ですこと

デレたのか!?


心の中で思わずツッコんでしまったが
どうやら危機は回避できたらしい。

 
何にせよ

3食が3食、アジの開き

という点だけは
指摘しないでおこう。
































紫季をいじめるのはやめてくれる?

そうこうしていると
件の家主が部屋に入って来る。

彼が晴紘の向かい側に
腰かけるのを見るや否や
紫季は弾かれたように厨房へ消える。

食事を持ってくるのだろう。





きっと

茶ひとつ取って見ても
目の前にある
白湯まがいのものとは違う。







いじめてませんとも。
紫季ちゃんにお嫁においでと言ったら全力で断られた俺のほうがいじめられてるって

それをいじめって言うんだよ。家賃を踏み倒すような外道で安月給の公僕の嫁になれ、だなんて

……お前最近言うことキツいな

晴紘は味噌汁を啜る。
味噌の味が濃い。というか
味噌の味しかしない。

出汁は入れたのだろうか。
それよりも具は?



用意してくれるのはありがたいが

……いや
もう贅沢は言うまい。



でも紫季はあげない

そりゃ残念だ。
家賃払わずにいられる良い方法だと思ったんだけど

居座ろうって魂胆が見え見えなんだよ







で、やっぱり出て行かなくちゃ駄目かな? 大家さん的には

……別に。家賃収入なんてハナからあてにしてないし

……



紫季に比べると
ご主人様は寛容だ。

ありがたい大家さんです


と、手を合わせてみせると




鼻で笑われた。













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