カロン・レンドモード

もちろん、無理にとは言いません。
命の危険が伴う仕事ですので。

ですが、Mr.レイジにはかなり切迫した状況だとご報告しておきます

飛騨零璽

な、何でですか?

赤石賢誠

待った待ったー! 止めてくださいマスター!

純情な飛騨さんにそんなえげつない……――

カロン・レンドモード

Ms.サトミ。

一応龍脈の結界の調子を見に行ってください。

借金額、三千万ほど減らして差し上げますよ

赤石賢誠

・・・・・。

赤石賢誠

はーい!
お仕事行ってきまーす!

ゼノン

お前、ホント現金だな





サトミは敬礼すると脱兎の如く出て行った。

呆れるゼノンの股間に手持ちのステッキを突いたカロンは悶えてもんどりうつ彼を余所に微笑む。




 そんな痛ましいゼノンの姿を見て、そしてその乱暴な行動を見た後に微笑む少年を見ても、あんまりその微笑が信用できないのは気のせいだろうか。



ゼノン

少年、頑張れ……

飛騨零璽

なぜか応援されている…

カロン・レンドモード

ソレでですね、Mr.レイジ。
あなた、自分の体質のことはご存知ですか?





 一応、レインフォードの記憶から引き出したサトミの話を答える。


 これはあくまでも憑依されてレインフォードに『成った』時にサトミから話を聞いていた彼の記憶からもらった話だ。




 自分が物凄い憑依体質であること。

 それは聖女や、聖人と呼ばれ、神さえ降ろせるほどに他の者と魔力が馴染みやすいということ。





カロン・レンドモード

今回のヴァンパイアはあなたを狙ったわけではありませんから良かったですが、私がここに来る直前、正直あなたがどこにいるのか、瞬時に判別がついたんですよ






 それは零璽の魔力が常時、必要以上に零れているということ。


 本来であれば、これほどまでに魔力が垂れ流れていれば魔術師が危険だと察知して魔力を抑えるように声をかける。そこで弟子入りか簡単な魔力の抑え方を教えるものだ。




 しかし、抑えられている気配が無い。





 これでは。

カロン・レンドモード

あなたの魔力を好んでいろんなものが寄ってきます。

おそらく、今までは『何か』が……――いえ、彼は何も仰っていませんでしたが、Mr.オガサワラが傍であなたの魔力を中和していた可能性があります

飛騨零璽

どうして、小笠原が……?

カロン・レンドモード

さぁ。
おそらく、サトミなら何かおかしなことをいうと思いますが、私は確実なことしか口にしたくない主義なのでサトミに聞いてみてください。

ですが……おそらく、サトミもここまでは考えていないと思うので言っておきますね


 カロンは薄く微笑んで、こう続ける。

カロン・レンドモード

確かに、彼らはその日に決められた魂以外を狩るのはご法度です。

ですが、私達も実は彼にこう言われているのです。

『この地でMr.フィリアが死ぬようなことになれば、自分達は何が何でもソレを阻止して、代わりにお前の仲間から命をいただく』と

飛騨零璽

なっ!?
そんな横暴な!

カロン・レンドモード

えぇ。横暴ですが彼らは冗談など言いません。本気の忠告です。

その可能性をかんがみると、もう一つ、ある可能性が浮上したのでできればすぐにでもMr.フィリアを連れ出したほうが良いと思っているんですよ


それは、なんですか?
零璽はしかめっ面になったカロンを見つめる。

カロン・レンドモード

彼を輪廻転生の輪に入れないで、地獄の住人として迎え入れることです

飛騨零璽

!?

あそこは鬼に落ちるような人間を幽閉する場所だって……

 


 そのとおりです、とカロンは言った。




 転生する価値の無い人間を……生きる価値の無い人間を、永遠に幽閉する場所。



 それが、地獄という場所。



 だが、それはあくまでも冥界の法律。




カロン・レンドモード

何かあれば、冥界の王がそれを指示することも有りえます。

彼らは冥界という世界を統べる者達。

その冥界にとって害悪と判断されれば、容赦はしない。

まぁ、それは天界も同じですが

飛騨零璽

天界も、同じ?

カロン・レンドモード

どうして善人だったMr.フィリアの前世は地獄に行ったか覚えてますか?

百年突っ込んでも天国じゃ記憶が消えないから地獄に突き落としたんですよ

飛騨零璽

・・・!



 そうだ。


 そうも言っていたサトミから聞いていたのに、すっかり失念していた。



カロン・レンドモード

おそらく、ここまで警戒しているのはこの東国だけですが、あんまりにも他の国の冥界でもやらかすようなことがあれば、どんどん彼の行き場がなくなります。

今回は護衛対象なので保護をかねて、彼をまずは即刻連れ出すことにしました。

Mr.フィリアが来たこと、報告するつもりはないと仰っていましたが、冥界の住人の言葉をそのまま信用するようでは魔術師はやっていられませんから





 そこでですが、とカロンは零璽を見据えて目を細める。



 今回、レインフォードが助けに来なければ、ヴァンパイアを前に生きることを諦めていなかったか、その確認をされた。


 正直言えば、その通りだ。


 勝てるなんて微塵も思っていなかった。




 自分の命を差し出せば、町人を助けてくれると聞いて、それを信じた。





 ――どうしても、帰れなかった。


 ――佐藤に、吸血鬼を見たという話を出来なくて隠したことをバレてしまったから。



 今だって、この事実を誰にも言えていない。




カロン・レンドモード

今回は正直、運が良かった。
あなたほどの聖人を食せば、彼女の魔力は戻るどころかおそらくそれ以上の力を得た可能性があります。

そうなればこの地の結界も問答無用に突き抜けることが可能だった可能性も有ります。

そうなれば、町人の皆殺しは確実です。

本当なら言いたくはありませんが、あの時、Mr.フィリアが間に合っていなければ、あなたのせいでこの汐乃が壊滅ていた

飛騨零璽

!!!






一番、聞きたくない言葉。


一番、迎えたくない現実。




もし本当にあの時、レインフォードが
間に合っていなければ


両方が、綺麗に肩を並べて揃っていた。

カロン・レンドモード

正直、それほどの魔力と体質を持っていながら弱すぎます。

まるで餌になりたいみたいと言っても過言ではありません

飛騨零璽

でも、どうすれば……――!

カロン・レンドモード

ですから、その対策として我々と共に来てください。

ギルドで一時的に保護という名目で、あなたに魔術師として鍛錬していただきたいのです。

そうすれば、この町を守る戦力になれるでしょう

飛騨零璽

!!!





 いつの間にか俯いていた顔が、すいっと上がった。


 至極まじめな顔をしているカロン。


 彼が、穏やかに微笑む。


カロン・レンドモード

あなたの人生は、確かにあなたの物だ。私が横から口出しする権利はあっても強制するまでの権利はありません。

強くならなくても良いと思うなら、それで構いません。

ですが……――本当に、それで良いのですか?





 いえ、良いと思っているのですか?





 ぐりっと、心の中をえぐるような言葉。



 自分が今まで、どれだけこの町の人にお世話になって、優しくしてもらって、温かく迎えてもらったことか。



 でもそれは、自分の体質のせいで塵となり消えかねない。





カロン・レンドモード

自分なら死んでも良いと思っているでしょう。

でも、それで周りの人まで死んで良いとは思っていないはずだ。

そうでなければ、自分の身を差し出してまで守ろうとは思えないはずだ

それに、何より。

カロン・レンドモード

死んでも助けに来てくれた、Mr.フィリアの隣に、立てますか?

地獄の拷問を耐え切り


住人達の悪辣な暇潰し
に遊ばれても



それでも再会を誓った友





今の自分では

到底、不釣合い



カロン・レンドモード

力が弱いなどと、守られてばかりのお姫様ではいられないでしょう?


 ぐっと、唇を噛む。

カロン・レンドモード

ずっとテルファートにいろというわけではりません。私の判断で自己防衛が出来るぐらいになったらいつでも汐乃に帰っても構いません。

あなたの未来は、いつだってあなたが決めるものだ




















カロン・レンドモード

もちろん、コレはMr.レイジが望むならばということです。

此処に残りたいならそれで構いません。

ですが、強くなりたいというのでしたら、私からもMr.コンドウに事情を説明し、引き取るための手続きをいたしま……――

飛騨零璽

行く





 それは、最後まで聞かずにして発した言葉だった。



 カロンは、ほんの一瞬、目を丸くしてから薄く微笑む。


カロン・レンドモード

その瞳、よろしいでしょう。
では、今からMr.コンドウに事情を説明しに行きます。

ちょっと芝居を入れますが、ほとんど私にお任せください。

流れはこうです……――











 それから、話はトントン拍子に進んでいく。




 カロンが話すと、命の恩人であるカロンの言うことだから信用できると近藤は零璽を送り出してくれることになった。




 期間は一応、三年。


 魔術師としての成長が早ければ、もっと早くに汐乃へ戻ることが出来るようにするし、うちで護衛の依頼が入れば必ず零璽を遣わすことを約束した。





カロン・レンドモード

そこで、一応なのですが……――もし、何かMr.レイジに何かあったときのために、こちらの契約書にサインをお願いします。

まだ十五なので保護者の承諾をいただいているんです。

それとあくまでもお借りするという立ち位置になるので、一時的にではありますがこの書類の持ち主がMr.レイジのお世話と保護権を持っているという証明書もいただけますか?





 近藤は、さらっと名前を書いてくれた。

 そうして、大急ぎで仕度を手伝ってくれることになった。




あぁ。本当に、零璽は大きくなりましたね

飛騨零璽

……

桜の下で見つけた時は、まだ本当に小さかったのに……






 近藤は、懐かしむように目を細めた。




 家族が殺されて、自分だけが無様に生き残って、すべての希望を失った時。




 誘われるように咲き誇っている桜の下へ行った。



 もう二度と動きたくない。

 生きていたくない。


 このままこの下で死んでしまおうと思ったその時に、近藤に拾われたのだ。





 丁度、春先にある地方の定例会のようなモノからの帰りだった。





 桜の下で死にたいと言ったら、近藤は泣いて止めてくれと言った。



 そのまま抱え上げられて近藤邸にお世話になることになって、今までずっと。








この場所で、生きてきた。


桜と一緒に。




零璽。桜、見てきなさい

飛騨零璽

飛騨零璽

で、ですが。
急いで仕度しないと……――

桜を見たそうな顔をしています。
見納めしてきなさい。

仕度なら私達で済ませておきますから

飛騨零璽

……はい。行って来ます





 これをお願いします、と風呂敷を開けたまま。



 零璽は飛び出す。











 きっと、なんとなく。



 今、行ったら……――。







飛騨零璽

フィリアさんが、いる気がする


 花の香りに誘われる、蝶のように。
 零璽は足早に歩く。

レインフォード

あぁ。やっぱり来たか

飛騨零璽

やっぱり、いたんですね

レインフォード

事情が事情だからな。
見納めしてこようと思ってな。

零璽、お前は仕度、済んだのか?

飛騨零璽

近藤様がやってくれるというので、桜を見納めに





 そうか、と彼は笑う。



 何だかくすぐったい気分だった。




 いつも一人で見上げることが多かった。




 近藤と見上げることもあったけど、レインフォードと見上げる桜は……――むしょうに、綺麗に思えた。










 彼は、まだ知らない。


 零璽が、前世の友人であるということを。





 でも、知らない方が良いような気がする。





 何も事情を知らなかったあの時と、地獄に突っ込まれたという話を聞いた後では、この想いの重さは違う。



 もし、知ってしまったら。


 また彼は、死んでも助けに来てしまいそうで怖い。


 そんなことをされても、困る。




 あの時みたいに、馬鹿なのかなんてもう言えない。




 例え零璽が一足先に死んでしまっても、ずっと生きていてほしい。




 それでまた会おうなんて、頑なに地獄の拷問に耐え切るのは止めてくれ。




 




今度は



 










あなたが忘れてしまっても

俺が忘れないから

薄紅色の、この花に誓おう

今度は、俺が
あなたの魂を探しに行く




何度でも、何度でも

廻り続けるこの輪廻を越えて




何度でも、何度でも……――。

異世界へ行った時の

      正しい魂の使い方

エピローグ 生まれ変わっても(終)

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