あのあと、カロンがすぐに到着した。


 彼は到着するなり近藤邸へ急行し、救命を開始する。致命傷の者が多い中、全員が急死に一生を得るという離れ業をしてのける。


 さすがはテルファートが誇るギルドの長。
 商才だけでなく、その魔術の才も卓越しているものだ。



 そして、レインフォードはというと、現在。

レザール

レイン坊っちゃん。お体の調子はどうですか

レインフォード

大事ない

レザール

なかなか、目が覚めませんね。レイジ様は

レインフォード

……あぁ、そうだな

 







 レインフォードはあのあと、飛騨の顔から仮面をはずした。



 すっと身体が軽くなる感覚。



 途端に、飛騨は崩れ落ちて眠りっぱなしという状況だ。レインフォードは彼の手から外されるまでずっとお面に変身したままで身動きがとれなかった。




 そこへ、あの死神がご登場。




ちっ。
消滅してないのか





 忌々しげに盛大な舌打ちをするとレインフォードを取っ捕まえ、あのカラクリ屋敷まで連れ戻すなり、本体に魂を繋ぎ直してくれた。


 細く伸びる魂の線。それをぎゅうぎゅうに縛り直すと、彼が懐から出してきた強化用の紐でグルグル巻きにされてアイツはレインフォードに最後の嫌みを残して消えた。



圧倒的な悪意と害意と殺意を込めて、あなたの魂が消滅してくれるのを心から祈っています

レインフォード

お前! 本当に俺のこと大嫌いだな!!









 あれから、三日だ。

 飛騨は三日間、眠りっぱなし。

 それをレインフォードは付きっ切りでみていた。
 というか、見ていたいと申し出たのだ。

 飛騨が倒れたのはおそらく、レインフォードの魂を憑依させ、その身体を乱雑に扱ったせいだ。


 カロンも、憑依されたから体力を一気に消耗したのだろうと言い切っている。


 あの状況では仕方なかったとはいえ、負い目は感じるのだ。






 ――そして、サトミとも三日間、会っていない。




 カロンが乗っていたドラゴン空挺に引っ込んだまま。

 サトミはあのあと、ペンダントを返却するとすぐに空挺へ籠りっきり。




 今回、このようなことになったから反省して引きこもっているという訳ではないだろう。

 こんな事態になったのは、正直、悪く言えば町人達が引き入れてしまったからだ。

 カロンはかなり忠告していた。悪くないとはカロンも言っているし、汐野の住人達も詫びている。




 それに、サトミの性格なら責任を感じて引きこもるような女性ではない。



 あれは、責任を負ってなお、そこに立てる人間だ。




 だから、理由は別。

 きっと、自分の力を解放したことだ。





 見られる予定は、なかったのだろう。

 サトミが呟いた言葉が、今でも脳裏に蘇る。















































きっと、あれは本心。


心の底から、
彼女自身が思っていることだ。





 だが、そうも言ってられない事件が起きる。






飛騨零璽

……ぅ

!? 零璽!?





 レインフォードは彼のそばで片膝をつく。



 そしてレザールに近藤に目が覚めたことを……まだ、目が覚める前に伝えるように言う。



 そうしてレザールが飛び出していったちょうどその時、ぱちりと深海色の瞳と目があった。




レインフォード

零璽! 大丈夫か!?

飛騨零璽

……






 彼は驚きすぎて言葉を失っているようだった。



 辺りを見回して、混乱したように辺りをキョロキョロと見回す。




飛騨零璽

な、俺が二人いる!?

レインフォード

? は? 何言ってんだ、零璽?

飛騨零璽

零璽? 何言って……






 すると、飛騨はさっと顔をしかめると、その怒気を惜しみ無くレインフォードへ当てると、素早い動きで背後に回り込んだ。




 この体術は、テルファートの騎士を目指すものが得る体術だ。敵の背後に回って首を絞め、息の根を止めるか昏倒させるかの二つに調整可能。



 もちろん、絞められても抜ける術はある。


 だが飛騨の動きではまだ遅い。巻き付こうとする直前に腕を払い飛ばし、彼から距離をおく。




レインフォード

おい、落ち着け零璽!
ていうか、その体術、どこで会得して……

飛騨零璽

さっきからゴチャゴチャ何言ってんだヴァンパイア!

俺の姿で何しようってんだ!

レインフォード

? どういうことだ? 何で俺をヴァンパイアと勘違いしてんだ、こいつ?






 このあと、騒ぎを聞き付けてやって来た町人と、零璽の様子がおかしいと話題をかけられたカロンがやって来て、レインフォードと、自分こそがレインフォードと言い張る零璽の話を聞き……――。




カロン・レンドモード

そうですか。では、その判断はサトミに任せましょう

















 ということで、空挺内部。
 レインフォードは零璽と肩を並べて歩いているが、呟くことがこれだ。





飛騨零璽

この着物、寝る時に楽だな。
あのパジャマ並みに売れるんじゃないか?






 普通にレインフォードなら考えてそうなことを口にしている。


 眠ったままの飛騨を見ている間、レインフォードもこの国の着物である『浴衣』なるものを貸してもらったが、ちょうど同じ感想を抱いた。




 そしてもう一つ。



飛騨零璽

しっかし、カロンが使う空挺は豪華だな……

レインフォード

いや、空挺乗ったの初めてだろう。

この国には空挺ないって聞いてるし






 カロンの右腕は一室のドアをノックする。



ゼノン

アカイシ。俺だ。開けて良いか?





 返事が、ない。




ゼノン

ドア壊すぞ






 その言葉を投げると、ドアの向こうからバタバタとかけてきて、慌てて開ける。



赤石賢誠

ボクを借金地獄で殺したいんですか!?





 中から現れたのは猫を模したキグルミのような服を着ているサトミだった。ピンクと紫色の太いストライプ模様のあれは初めてみる。



 これは、最近テルファートで流行ってるパジャマだ。


 とくに小さな子供を持っているお宅にウケが良いヒット商品。着せると子供が可愛いという理由で売れている。



 女性も買っているのは知っていたが、実物をみると、確かに猫になったみたいでちょっと可愛い。



 その首には……あのペンダントも下がっていた。




ゼノン

お前が死んでくれれば、俺の仕事が一部お前に回るからそれは助かる。

むしろ、死んでくれ。
頼むから。

俺をあいつの仕事地獄から救い出してくれ。

マジで

赤石賢誠

情に訴えかけようとしたボクが馬鹿でした!

可哀想すぎて逆にボクが落とされそうだ!

赤石賢誠

……




 そこで、サトミがようやくレインフォード達の存在に気づて、目を丸くする。


 そして慌てたように。



な、何でレインフォードさんと飛騨さんがいらっしゃってるんですか!?

というか、前もって言ってくださいよ!! 失礼な格好で出ちゃったじゃないですか!?

ていうか、まだパジャマだったんだな

チェシャぬこはボクの普段着です!

寝巻きを普段着にするな、着替えろ引篭もり

チェシャぬこは七着あります。
だから普段着用なのですぅー

飛騨零璽

相変わらず愉快だな

レインフォード

相変わらず愉快だな




 それから右腕が放り出されて、サトミは着替えを済ませる。彼女はやっぱり、あのバトラー姿で現れた。


 ちょっと、固い顔で。


 そして、レインフォードと飛騨と向き合って座る。



赤石賢誠

何となく予想つくんですけど、お話って言うのは?

飛騨零璽

コイツ誰だ? 何で俺に化けてるんだ?

レインフォード

いや、何で零璽が俺だって言い張ってるんだ?

飛騨零璽

だから、何で零璽だって言われてるんだ、俺は?

赤石賢誠

予想通りで、ひと安心です







 サトミは、そう言ってにっこりと笑いながら、こっちのレインフォードさん、と飛騨に指を差す。




赤石賢誠

覚えていることを教えてください。まずは……――ボクらと一緒に、カラクリ屋敷へ行ったところからですね

レインフォード

いや、コイツが知ってるわけ……

飛騨零璽

あそこだろ?

東の山の裏側にあったあのカラクリ屋敷。

ヴァンパイアが根城に使ってた

!?

赤石賢誠

そう、それです。

ボクと一緒に行った時から詳しく覚えてるところまでお願いします








 そう尋ねると、飛騨は語り出した。


 サトミがカラクリ屋敷だと見抜き、地下牢を発見した方法、それから佐藤が催眠術で操られて語っていたこと、全部が全部、レインフォードが目で見て耳で聞いてきたことだ。





飛騨零璽

しかも、あの小笠原とか言う奴。何故か分からんが、すごく俺のこと嫌いでな。

魂から消滅しろとか言って来やがって……








 飛騨が会っていもいないはずの小笠原の存在だけでなく、会話の内容さえも言い当てる。




 それから、秘密の山道を霊魂で降りていく間、何度か山にぶつかってスゴく痛かった。レインフォード自身が感じた感覚をそのまま言い当てて、何回ぶつかったのか尋ねるとその回数まで完璧に合致させた。




 そして、間に合ったのだ。



 ヴァンパイアの体内に入り込んで、魔力を流し込んだ。



 拒絶反応を起こして悶えるヴァンパイアから押し出
されて、零璽と会話した。




 そして、それからだ。





飛騨零璽

顔を掴まれて、面となって被ったら……――。

なんかついさっき、目が覚めた







抜け落ちてる。





レインフォード

おい、待て。そのあとヴァンパイアと一戦交えたの覚えてねぇのか?

飛騨零璽

え……。あ、そうだ。

俺の面を被ったら、俺が戦えるからってお面に変えてもらって被ったはず……――

飛騨零璽

あれ? 何でだ?






 不思議そうに目を瞬かせる飛騨に、今度はサトミがレインフォードのあとの話を任せた。



 それはヴァンパイアと戦い、負けそうになったところサトミがやって来て助けてもらい、面を外すと同時に飛騨は倒れた。


 そしてレインフォードは再びあの小笠原に取っ捕まって……――まざまざと、見せつけられたのだ。




レインフォード

サトミが開けた、あの山の穴を通ってカラクリ屋敷の真後ろに出た。

そこで魂を繋ぎ直してもらった

赤石賢誠

ボクも話を聞いている限りだとコッチが正解です。

ボクは救援に行った本人ですから

飛騨零璽

で、でも!
俺も……!

赤石賢誠

大丈夫ですよ。
あなたもレインフォードさんなんです。

その記憶に間違いはありません

レインフォード

は? でも……

赤石賢誠

今、飛騨さんはレインフォードさんに『成って』いるんですよ。

あるいはまだ『成ったまま』なんです……――おそらく、レインフォードさんの面を被ることで飛騨さんはレインフォードさんに『成った』。

成ると言うのは、恐らくこの状況では『記憶の継承』です

レインフォード

記憶の、継承?

赤石賢誠

たぶんですけど、飛騨さんはレインフォードさんに『成る』ためにレインフォードさんの魂から記憶を継承と言うか、まるごとコピーしたんです。

生い立ちから全部、完璧に。

レインフォード・フィリアに『成る』ために。

それが、飛騨さんの人具である『お面』の『特性』なんですよ





 レインフォードは、がばっと立ち上がる。


レインフォード

そんな人具なんて聞いたことな……――

飛騨零璽

そんな人具なんて聞いたことな……――

飛騨零璽









 互いに互いを見合わせて、サトミはただクスクス笑うだけ。





赤石賢誠

でも恐らく、飛騨さんの中にあるレインフォード・フィリアの記憶は薄らいでいくと思います。魂まで刻み込まれるわけではなく、一時的に記憶をコピーするだけのはずですから。

そんなに信じられないなら、ボクにバレても大丈夫だけど家族にバレたらヤバイお話をこちらのレインフォードさん、お願いします






 再び、飛騨を指差したサトミに。


レインフォード

おい、それ嫌がらせじゃないのか!?

飛騨零璽

おい、それ嫌がらせじゃないのか!?





息が、ぴったり合った。



赤石賢誠

いえ、レインフォードと言う金持ちの弱味を握るチャンスです

レインフォード

おい! 言うこと最悪だぞ!?

飛騨零璽

おい! 言うこと最悪だぞ!?

……

飛騨零璽

……








 サトミはまたクスクス笑った。
 

 笑って、彼女は少し俯いた。






赤石賢誠

ボク、レインフォードさんに言わなくちゃいけないことがあるんです

レインフォード

なんだ?

飛騨零璽

なんだ?








 もうこの際、言葉が重なることは気にしないことにする。


 彼女は顔をあげて、レインフォードを見据える。その瞳の先は、間違いなく飛騨ではなく、自分……だと信じたい。




赤石賢誠

ボクは護衛失格です。魂を身体に繋ぎ直してもらえたと言えど、一度でもあなた死んでも助けに行かせるような状況を作り上げてしまったこと……。

あなたが居なかったら、きっと飛騨さんは助からなかった。

ありがとう、ございます……








 ショボくれたサトミは深々と頭を下げた。


 レインフォードは飛騨と一緒になって手をヒラヒラと降る。




レインフォード

いや、あれは……

飛騨零璽

いや、あれは……

飛騨零璽

……悪い。空気読んで黙るわ。どうぞ







 さすが自分と言うべきか、空気を読めるところは読んでくる。


 これも商談術の一つではあるが。




レインフォード

私は、そう思わない。

たぶん、私が死んでまで助けに行かなくても、零璽は生きていたように思える

赤石賢誠

そうですか? ボクはきっと、レインフォードさんが先に飛騨さんの体を使ってくれなかったら完全にアウトだったと思います

レインフォード

そうだろうか。
案外、上から眺めていたがヴァンパイアと飛騨は良い雰囲気っぽかったように思える

赤石賢誠

どういうことですか?







 詳しい話をする。


 飛騨が抵抗する様子も無く、桜の下でヴァンパイアが馬乗りになっていたこと。





赤石賢誠

いや、首に噛み付かれてお陀仏一直線ですよ

レインフォード

吸い出すのに時間がそんなにかからないと思うか?

それに、飛騨の血液をもっと飲みたいと思ったら家畜みたいに生かしていた可能性だってあるだろう。

コロっと気を変えてもおかしくない。

美味い物は最後まで取っておくというのも生き物としては普通だ。それが生きている間、ずっと飲めるなら生かしておく価値はある

レインフォード

たぶん、サトミの血より断然美味いだろうからな

赤石賢誠

その言い方、なんかチョームカつきます!






 ならば、一時的に意識を奪って逃げられないように縛り上げるぐらいしても良さそうだ。


 それに、サトミも言っていたがヴァンパイアは燃費が良い。



 少量の血液で一ヶ月余裕なら、飛騨をわざわざ殺す必要もない。


 彼だけを連れ出して、異国へ逃亡も可能だと考えた可能性はある。あのヴァンパイアはこの国の言葉だけではなく、テルファート語も喋れるバイリンガルだ。他国の言葉も喋れる可能性は無きにしも非ず。




レインフォード

だから、俺が死んでも助けに行く意味は、無かったと思う。

私は君が来てくれた時、とても嬉しかった。

でも、今になってみれば悔しいと、心の底から思っている

赤石賢誠

? 何でですか?

レインフォード

これでも私は天才な方でね。
悔しいと思ったことは何度もあるよ。

だけれど、必ず見返してきた。

何が何でも見返したい主義、と言っても良い

赤石賢誠

狭量さが伺えますね

レインフォード

惜しみない努力家と言ってくれたまえ







 だからあの時。



 レインフォードが、飛騨を守れないことを近藤に申し訳ないと諦めてしまったあの時。



 その時に、たった五分でも時間を短縮してこの場に到着したサトミの姿を見た瞬間。

 喜びや嬉しさ、驚愕が、それが複雑に編みこまれて、えも言われぬ感覚が織り上げられた。





 レインフォードは、死ななければ間に合わないと思った。




 だから、死んでも助けに来た。




 でも、彼女は生きたまま此処へ来た。




 生きてでも、間に合ったのだ。




 そう思った瞬間、自分に出来なかったことを目の前でされたことが、むしょうに悔しく思えた。








赤石賢誠

そんなことありません。というか、意味が有るか無いかで考えるのは無意味です。

人を助けるのに理由なんて要らないんですよ。

たぶん、有ったらそれは、生きている人間の命をお金で売買するとか、自分達に有利な条件をつけるとかの『交渉』ですから





 そうだ。
 そう言っていたな。


 レインフォードは、思う。




 だからこそ。



レインフォード

そういう点でも、私は貴方に劣っているということだ。

人を助け、守るその行動力が、圧倒的に

赤石賢誠

貿易商人に負けたらボク、雇われる理由がありません。
面目丸潰れです。


でも、そうですよね。
わかります。

国のために死ねって言うじゃないですか。

それって国が国民に強いるための勝手な言い分ですよね。

そう言った人、頭が悪いと思うんですよ








 サトミは、そんなことを呟く。


 そして、この娘の頭のぶっ飛び具合を、また目の当たりにする。




赤石賢誠

だって『国のために生きろ』って言った方が人心掌握術の観点からも、戦争と言う殺戮の点からも合理的ですよ。

だって国のために『死ね』っていわれたら、千人殺せば満足しそうじゃないですか。もう俺、十分戦ったぜ、みたいに。

でも、国のために『生きろ』っていわれたら、千人殺しても、もっと生きようって思うでしょう?

だって『生きることがこの国のためになる』んですから







 殺すのは国のため、生きていることは国のため。




 千人殺して満足して死んでしまう兵士より。


 千人殺して、もう一人倒そう。もう一人倒そう。





 そう思ってくれる兵士の方が戦争では断然ほしい逸材のはずだ。








 忠誠心をはかれるのは『死』という概念だけだと思うのは、きっと人間のことを馬鹿にしている証拠だ。




『生きる』ことで、『生き残る』ことで、人の心の強さを推し量れぬ愚か者だ。




 これも、単純な話だ。




 死んだ人間の方が、国のために戦ったという物差しではかりやすいから。



 生きている人間は、どっちなのか上が判断しなければいけない。




 ソレがきっと、面倒臭いから『国のために死ね』の言葉に繋がった。





レインフォード

サトミ。

君は、本当にいろいろなことを考えているな





 ホントに最低だな、と言い出しそうなところをぐっと飲み込んだ。


赤石賢誠

これは本当に真面目に考えましたよ。

だって、これぐらい言わないと『ミュート』という暗殺集団のガッチガチ思想からルームフェルを強奪できなかったんですから。

今だって、自分が盾になれば存在が認めてもらえるとか馬鹿なこと考えてるし

レインフォード

いや、たぶん。あれはアイツなりの告白……

赤石賢誠

ボク達がルームフェルのことをちゃんと認めてるって、分かってもらえないんです。

自分の命を消し潰さないと、価値がないと思ってるんです。

それで初めて、自分の価値が証明されると思っているんです。




彼の人具である『片眼鏡』でしか見えない呪いがたくさん有るのに、

あの人具があんなにもたくさんの魂を助けられるのに、

ボクよりも遥かに多くの魂を助けられるのに、




自分には価値が無いと信じて止まない。

自分には価値が有るとは疑って信じない

 




今回隠れ山道に跋扈していた
グール達の解放は

どう考えてもルームフェルのおかげだ。


長い間こき使われてきたグールは
灰になって骨も残らず消えた。



彼らは、ルームフェルの人具で
可視できるようになった呪いを破壊されて

救われたのだ。






それでも、彼は自分に価値が有ると
思わない。



そう、ポツリとサトミは言う。






赤石賢誠

きっと、飛騨さんもそうです。
どうして、今回のヴァンパイア討伐を一人でやろうとしたのか。

自分に生きてる価値がないと思っていたからでしょう。

自分に生きている価値が無いから、死ねばそれなりに価値が上がると思い込んで……――いや、上がるっていうか、自分から死ぬことで罪が少しは軽くできるんじゃないかとか、少しは認めてもらえるんじゃないかとか、そう思ってたと思うんです。



『死ぬ』という方法は、思いを伝えられる方法の中でも『簡単に示せるモノ』で『絶対的な表現』だと勘違いしてる人とか、思い込んでる人が多いと思うのです。

『死』という怖いものを持って、その人に思いを示すことが出来るというか……








本当に。

本当に。





レインフォード

いろんなことを、考えてるんだな

赤石賢誠

間違ってることを間違ってるって、否定してやりたいじゃないですか。

別に死ななくたって生きてる価値がちゃんと有るのに、それでもそれを分かってもらえないなんて、とても悲しいと思いませんか?






 あぁ、思う。




 レインフォードはそう返す。





 そして思う。


 飛騨も、そう思ってあの時、諦めたんだろう。




 自分には生きている価値がないと思ったから、生きるのを止めてしまおうと思ったのだろう。





 レインフォードが来た時も、何で死んでまで来たのか、訳が分からないという風だった。




赤石賢誠

いつだって、命の価値を本当に決められるのは自分自身なんです。
他人じゃないんですよ。

だって、人は本当に価値がないと思ったとき……ーーアッサリ、命を絶ちます。

それを自殺と言います






 だから、ルームフェルも飛騨も、まだ『価値』を求めて生きさ迷う。


 彼女はそう言った。



赤石賢誠

でも、認めていることを信じてくれないのは、ボクらの努力が足りないと思うんです。

安心して信じられるような人じゃ、ないんだと思います

レインフォード

そうか?
サトミみたいな人を信じられないのはどうかと思う。

君がそこまで考えて想っていることを信じられないのは、はっきり言ったら弱さではないか?

赤石賢誠

そうですか?

ボクは信じる相手をちゃんと見定めている状況だと思います。

ちゃんと信じられる相手だと分かったら、信じてくれるでしょう?

レインフォードさんみたいに。



だって、信じることはとても怖いことです。

信じられることも、怖いことです







 信じることが怖い、というのはあながち分からなくないが、信じられることが怖いとはどういうことか。


 彼女は、続ける。






赤石賢誠

信じるというのは、本当に最後、その人に背中を預け、命を預けてしまうことになる。


護衛のお仕事を始めて、ボク、そう思ったんです。

人によっては無条件で信頼して命を預けます。

受け取る側は怖いことです









どれだけ腕に自信があっても、

それは怖いことだ。




命を守れなかったらと思うと、

背筋が凍る。







赤石賢誠

だから、簡単に誰でも信じると言うのは――。


いえ、信頼ですかね。

信頼を置くのは、絶対に、簡単にしてはいけないことだとボクは思うんです。



簡単に、命を預ける相手を決めてはいけないと思うんです。


だって、その人が詐欺師だったらどうですか?

大事な商談があるのに、そこで護衛に逃げられたら?

命からがら助かった時、また護衛を雇うとして、その別の護衛の人を信じられますか?


さすがに、次は慎重に選ぶでしょう?








サトミは、続ける。







赤石賢誠

慎重になりすぎるのは良くないかもしれない。

でも、ルームフェルも飛騨さんも、今その状況なんだと思ってます。


この人を信じても良いのか、よく分からない。

この人に迷惑をかけて良いのか、分からない。



信頼して大丈夫だぜーっていう、安心感が無い

レインフォード

そうか?

話が戻るけど、君みたいな人を信用できないというのは臆病すぎると思う

赤石賢誠

そうですか?

ボクもさっきと話を戻しますけど、安心感があれば無条件で預けられるでしょう?

レインフォード

そうかもしれないが――

赤石賢誠

だから、ボクは信頼って相手の心から強奪するものだと思ってるんです

レインフォード

言うことが詐欺師だな

赤石賢誠

そうですね。

でもスッゴク頼り甲斐があって、包容力があって、強ければ、なんだか信じれそうじゃないですか?








 だから、ルームフェルも飛騨も、その人が信じられないというのは悪いことでは無いと思う。



 サトミはそう言って、続ける。






赤石賢誠

ボクから言うと、『安心してね、私のことは信じても大丈夫よ』って丸投げしてる奴の方がどうかしてます。


信じるのが怖いのに、怖いから手を伸ばせないのに、殻を破ってこっちおいでって、その人はずっと頑張ってるのに、もっと頑張らせて自分達はこっち来まで待ってるなんて頭おかしくありませんか?



怖かったら『こっち大丈夫だよ』って教えて手を引いてあげるものだと思うのですよ。

さっきも言いましたけど、信頼って、人によっては命さえ預けてしまうものです。


それを丸投げするのはいかがなものでしょう。



それで、信頼してくれないなんて怒るのは、ソイツの方がやっぱりどうかしてます

 








信頼と言うモノの重さを、分かっていない。


あるいは、軽く見ている。











 そうか。



 話が、見えてきた。






レインフォード

つまり、信じてもらいたいなら、信じれもらえるように努力しろと

赤石賢誠

はい。どんなに人間が最悪な生き物だって冷めきってしまっても、歩み寄って手を伸ばした分って、本当は無駄じゃないんです。

それはきっと、本当なら誰かが側にいて『信じても大丈夫よ』って教えてあげたことを、誰もやってくれなくて、突き放されてきた距離だと思うのです。

だから、その距離を赤の他人がちょっとずつ縮めていくしかないと思います







彼女は、一間置く。





赤石賢誠

どんなに怖くても、この人なら信頼しても大丈夫って。


最後の最後は絶対に自分から『この人を信じたい』って手を伸ばしてくれますから。


ねぇ、レインフォードさん?






 ふいに、サトミはそう呼んだ。


 しかし、その視線の先は自分ではない。


 彼女の視線の先に、レインフォードも振り向く。



飛騨零璽

……あっ、いや! すまない! これは、その……なんでもなっ……!






 飛騨が、浮かべていた雫を拭う。



 だけれど、何度拭っても溢れて零れ落ちている。






 そうか。


 本当に、ただ『成った』だけなのか。





そこには、
心の底には、


……――飛騨零璽が眠っている。



 眠っても、居る。





 一生懸命になって言い訳する飛騨の姿が、どうしようもなく自分とソックリだった。

エピローグ 生まれ変わっても

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