赤石賢誠

申し訳ない。もう遅い








 不意に、鼻腔をくすぐ『土』の匂いが覆った。

 サトミの足元が固まり始めたのだ。


 それは、この宿屋の土とは別種の……――石だ。


 まるで、彼女の足元から薄い石が波紋を広げるように広がっていく。


レインフォード

地面が、石化!?

土属性とか、最悪

赤石賢誠

はい。地味だと思ってたら、知らないだけで超ヤバいことを知りました。

余剰魔力が怒りで暴発した時、炎属性の魔力であれば当たりは焼け焦げる……――

















『水』であれば、びしょ濡れに。


『風』であれば、吹き飛ばし。


『雷』であれば、周囲が感電。


『光』であれば、発光して目をくらまし。

『氷』であれば、凍らせる。

『召喚』であれば、あたりの幽霊が寄ってきて。


『変化』であれば、
周囲のものが腐って土に変わる。



それが、『土属性』であれば。









赤石賢誠

石化する




























 自分で言って、サトミは続ける。









 

赤石賢誠

でも勘違いしないでください。身体構造までも石に変えるわけではなく、表面に薄い石が張り付くだけですから

それでも貴方の魔力が張り付くと言うだけで気持ちが悪い




言うことが、辛辣。

赤石賢誠

気持ちが悪いなんてハッキリ言われると凹みます。

せめてキモいにして……

気持ち悪い。
話しかけてくんな








 今まで、どれだけの言葉を重ねようとも、このヴァンパイアはここまで人を睥睨するような言葉を口にすることはしなかった。



 でも今は、心の底から彼女を嫌うように、立て続けに罵詈雑言を浴びせる。



 でも、レインフォードはそのことに対して、怒りが湧き上がることは無かった。









彼女の善行を。

彼女の思想を。

彼女の強さを。



前にしていても、こんな風に思ってしまう。








『言われて当然だ』


『自分達と同じなどとは思えない』









 レインフォードは、今更気づく。



 零璽とサトミは、魔力の質が絶対的に対照的だと。




 零璽が誰からも好かれるような魔力を持っているなら…――。



 サトミは、『誰からも嫌われるような魔力を保有している』ということになる。





 考えれば、分かることだったのに。


 今まで、この気配を感知するまで、レインフォードは考えもしなかった。



 サトミが、魔力に鍵をかけていた理由。

 こっちが、本当だ。




 この魔力が流れていれば、無意識のうちに人がサトミを敵だと認識して排除しようとする。



 それを防護するための、措置。

 辺りを石化させることなんて、関係ない。




 彼女の周りに、敵があれよあれよと集まり迫害されることから、守るための措置だ。






貴方がサトミ。
銀髪は、貴方のことが好きみたいよ

赤石賢誠

違いますよ。

あれは家への帰り方が分からなくなって、路頭に迷ったワンコです

それを、飼いならしているんでしょう。

あの銀髪が初めて哀れに見えたわ

赤石賢誠

そうですね。

やっぱり、ルームフェルが可哀想な人間だと分かるんですね






ちょっと、会話が噛み合ってない。




でも、それだけの魔力なら。
怯えさせて隷従させるぐらいは簡単そう

赤石賢誠

違います。奴隷なんて気持ち悪い。

どうせならボクが女性の尻に敷かれた……

気持ち悪いから言わないでくれる

赤石賢誠

サーセン





 サトミとヴァンパイアの距離は、もう無い。



 まるで友達同士が再会して、これから抱擁するような距離だ。



 ヴァンパイアは、動かない。






 今まで、レインフォードは気づかなかった。もう、ヴァンパイアの身体は表面が石化されて、固まっていた。


 これが『赤石の悪魔』と名を与えられていながら、読み方が『メデゥーサ』の由来……――。




何でよ……

赤石賢誠

何ですか






ヴァンパイアが、俯いて、歯を食いしばる。




何で、アンタみたいな化け物の方が受け入れられてるのよ!!

私と、私と何が違うの!?

私は! 夜しか歩けないだけよ!!

赤石賢誠

ついでに言えば、人間より燃費良いですよね。

食べなくても、人間の血をちょっぴりもらえれば二週間ぐらい食事しなくても良い。


実際、棺桶入ってますけどそれはあくまでも陽を浴びないための措置であって、その中でずっと寝てるわけじゃない。

人間みたいに、七時間も眠っていない。

四時間あれば、十分

私だって!!

赤石賢誠

好きでヴァンパイアに生まれてきたんじゃない











あのヴァンパイアの、心の声。







あんた達人間と、何が違うのよ!?

赤石賢誠

体質ですかねぇ

どこをどう見て、人間と違うなんていうの!?

赤石賢誠

みんなが勘違いしてるんですよ。
血を吸うなんておぞましいって。

無理解ですね。
あるいは無知です













呪い殺してやる!


お前みたいのが
生きていることを
許容されるような
こんな世界!








呪ってやる!!




お前達なんかより

私達の方がずっと優秀だ!!












赤石賢誠

全くですよね。

夜目も利く、魔術も総合的に人間より上手。

身体能力も上。

どう考えても人間の方が劣等種です。










そうよ!
ずっとずっと優秀よ!!


我らは夜に特化した生き物!




戦争なんて、
夜の方がずっと有利に
出来るじゃない!!



敵襲を襲うのだって、
夜の方がずっと成功率が高い!!




奇襲も、夜襲も、遠征も!!




昼しか活動できない連中に
比べて、ずっと優秀よ!!









それなのに!
何でなのよ!?

赤石賢誠

うん。

たぶん、人間の方がスゲェ馬鹿だからですねぇ





 サトミは視線をあっちにやって、続ける。



赤石賢誠

だって、人間って確かに魔力回復量が早いけど、もろいし弱い。

それに、普通に考えて使う力って『魔力』って言うじゃないですか。


ボクら、『魔なる力』を使ってるんですよね。


でも、人間がなれるといわれている神族『天使』って使う力『神力』ですよね。

あるいは神に通じる力『神通力』とか表現されます。




聖人でも大半が『魔力』だ。

中には、本当に神力を使う人間も居るけど、大半が魔なる力である『魔力』です












でも、何か変じゃありませんか?



人間は魔なる力を使うのに、天使になれる。


天使になれば、『神力』を使うことが出来る。





それは、つまり。




 こういうことなんじゃないだろうか、とサトミは続ける。




赤石賢誠

本当は、人間ってみんな『魔族に寄ってる生き物』なんですよ。

でも、『どっちつかず』なんです。


だから、天使と悪魔の間をあっちへフラフラこっちへフラフラできる、中途半端な存在なんじゃないのかな。

ボクらはどちらかと言えば半端者なんですよ。


それで、魔族と天使の狭間をどちらかに行き損ねた『出来損ない』











 魔族になれば、夜は歩けなくても、絶対的な生命力を確約され。


 神族になれば、精神体でも活動が可能になり清浄なる力を有することが出来る。

 ソレによりそこら辺りの生き物達よりもずっとその力は強い。



赤石賢誠

ていうか、神族っていうのは肉体があると今度はその肉体の方が使い物にならないから器の方をぶん投げることになるだけだと思うんですよね











だから、本当は。








赤石賢誠

ボク達人間よりも、魔族の方が、存在的には優秀なんですよ。


でも、人間は中途半端。

受け入れられない人ばっかりで、頭が固いんです。



吸血鬼は人を襲う悪い奴だってみんな言うから、勝手にそう思っているだけで、みんながみんな悪い人じゃないって気づいてないんですよ。


馬鹿だから







サトミはさらっとそう言って、続ける。




赤石賢誠

だって、人間だって同じ人間殺すじゃないですか。

それに着目していないで魔族が殺したとか、そんなことを気にするんです。




自分達が弱いから、脅かされるものが怖いんですよ。



あるいは、自分達のことを棚の上に上げて考える馬鹿ばっかりなんです。

理解しようとしないんです。

化け物の烙印を押せば、それであと処理簡単でしょ?



















だって


殺すのって、チョー簡単ですよね







赤石賢誠

そうじゃないと国に暗殺部隊とか絶対、要らないでしょう?

向き合ってとことん話し合うって、すごい面倒臭いことだから、ちゃっちゃか済ませるにはどうすれば良いか。


敵がいなくなれば良いんですよ








ヴァンパイアは、呆然と彼女を眺める。


赤石賢誠

じゃあ、殺せば楽ですよね









ヴァンパイアは、呆然と彼女を眺める。


赤石賢誠

それに知っていますか?

世界でヒトを殺す動物と言うランキングがあります。



第一位は蚊なんですよ。

といっても、蚊が感染症を引き起こすからなんですけど。



でもでも、第二位は『ヒト』なんですよ!

ほら、馬鹿みたいでしょ?



で、余談ですけど三位はカバさんなのです。

カバってあれでも縄張り意識が強くて獰猛なんですよ





まだ、『化け物』は続ける。


赤石賢誠

ところで犯罪の観点から『被害者にとってどんな存在が特に殺すか』という統計も世の中にはあるんですよ。

きっと貴方ならボクと同じ意見を言ってくれると思うんですよね。



知ってます? 人殺しする人間っていうのは、一体どんな人間なのか









 たぶん、コレは。

 俺も聞かない方が良い。




 そう思っても、この場から逃げることなど到底無理だ。






赤石賢誠

第一位は『身内・親戚』なんですよ。

一緒に屋根の下に住んでる人の方が自分を殺してくる確立約七割……だったはず。あれ? 八割だっけ?


まぁ実際、意外に他人が殺すのは少ないってことです








化け物の言葉は、

止まらない。



赤石賢誠

お隣さんがいきなり人殺しに変わることなんて、普通なんですよ。

第一、今の世の中ヴァンパイアが出て人を殺した、なんて話よりも、息子が殺した、一家心中したと言う話の方が多いのに










そのことを、
誰も気にしてないんですよね。



何ででしょう?











……

赤石賢誠

どうしてだと思います?






そんなの。




馬鹿だからに決まってるじゃない

赤石賢誠

ですよねぇ。ボクもそう思うんですよ!

ほらやっぱり!
意見が合いました

貴方も、本当にタダの馬鹿よ

赤石賢誠

えぇ、知ってます

物凄い大馬鹿。
頭が馬鹿すぎて、救いよう無いわ

赤石賢誠

えぇ、自覚してます

貴方、本当最低

赤石賢誠

何でですか?








そして、
ヴァンパイアは

かく語る。













自分と同族である人間をここまで馬鹿にするなんて、最低

赤石賢誠

えー。でも、事実です。
統計学が指し示した真実です

ホント、最悪

赤石賢誠

あなたより?

最悪よ。
私は、そこまで蔑んで馬鹿にして生きてない。

人間そのものを劣悪だと見下すための情報を、そこまで集めてベラベラ喋るなんてことしないわ。

それこそ、馬鹿にするように





 うーん、とサトミはあっちへ視線をやった。



赤石賢誠

仲良くなれそうに無いですね

お前とは、未来永劫無理よ。

吐き気がするほどお断り。

ゲロッて顔にぶっかけてやろうかしら

赤石賢誠

それは、さすがに女好きのボクでも嫌です





 サトミは目を閉じたヴァンパイアの細い肩に両手を乗せる。


赤石賢誠

ご縁がありましたら、来世で会いましょう

お前から伸びてきた縁はぶった切る。

結ばせるものか





























 静か、だった。

 今まで、ねずみ色の石がヴァンパイアの身体を覆っていたが、その上から真っ赤な血色の石が這い上がるように登っていく。



 ヴァンパイアの着物が、その細い体が、真っ赤に染まっていく。


 胸を、首を、あごを、頬を目元を真っ赤に染め上げて。


 最後は頭まで。



 



ぱぁあん。







 軽い、音がした。

 軽い、音だった。




 黄金色に散る砂は、まるで空に花開く花火のように。



 紅色の、ヴァンパイアの石像は……――塵も残さず空気に解けて消えた。


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