レインフォード

何故だ…? 身体が上手く動かない…!






 いつもなら、今の攻撃だって足が動いてかわすことなど容易い。


 もしくはあの細足引っ掴むぐらいはできる。





 しかし、身体が思うように動かない。


 いつものように、身体が動かない。



 まるで、言うことを聞かないような。



どれだけ卓越した剣の使い手をその身体に降ろそうとも、その技を見事完璧に継承しても、それは継承しただけよ。

絶対的に、レイジの身体と貴方の魂だけでは、完璧には『成れない』わ

レインフォード

何……?

だって、貴方の身体とレイジの身体、『鍛え方』が違うもの。

戦えるようにいつだって鍛えてきたでしょうけど、レイジはまったくやってないわ。

どれだけ反応速度と思考回路が追いついても、運動神経がついてこないんじゃ意味が無いわ。

『筋肉繊維のつき方が』もう違うのよ。筋肉量も違うの。

貴方ができても、レイジは出来ない

レインフォード

っ……

簡単に言えば、油がささってない機械を無理やり動かしてるだけなのよ。

貴方の体のように動かすためには、必要量の筋肉が必要。

でもレイジにはそれが足りない。
だから、上手く動かない





 そういうことか。

 それで、さっきから疲れているわけでもないのに身体が上手く動かないのか。



 これでは、本当に零璽の方が危ない……。


レインフォード

せめて、あと七分ぐらい……サトミが、来れば……!





 ぼぉおう! と刀に炎を纏わせる。



 どうにか、この場を持たせなければ。


 あるいは、この場から逃走するか……――そこで、妙な感覚が全身に行き渡る。



レインフォード

……魔力が、使いやすい?




 いつもなら、もう少し魔力の捻出には労力を要する。

 といっても、霊魂状態で言っても微妙だが、要は肉体に『疲労感』が募る。身体が力を使ったような感覚が残るのだ。




 だが今は、それが全く無い。

 これは、一体?




あんまりボーボー燃えてる剣なんか振り回して良いのかしら?
桜、燃え移るんじゃない?

 




 たしかに、その通りだ。

 レインフォードは、月明かりを浴びている夜桜を一瞥して、人具に足を引っ掛け舞い上がる。





 藍色の瓦屋根の上に降り立ってば、ヴァンパイアは青色の着物をふんわりと揺らして追いかけてくる。




 力技がダメならば。

 小手先勝負。




 かっかっか、と甲高い音を伴って、ヴァンパイアへ突っ込む。

 そして、ヴァンパイアもヒールを鳴らして距離を詰める。



 刀を横に払う。その燃える刀身は、紅い偃月を残像を描いた。

 ヴァンパイアとぶつかる直前、刀をふわりと放す。

レインフォード

たぶん、こんな感じでいけば

!?





 レインフォードは落下する刀を下方で受け止め、下から掬い上げるように切り上げる。

 『ギリギリ』で危なかったが、確かな手応えが捉える。

 ぐ、と、赤い液で服を真っ赤に染め上げて、吸血鬼は顔を歪ませながらも笑う。



そう、人具から手を離してもしばらく消えないぐらいに調節は出来るのね

レインフォード

えぇ。ちょっと魔力関連はこちらの体の方が調節上手いようなので






 レインフォードは上手く魔力調整は出来ない。


 それゆえに、下手に人具を手放すと身体からの魔力供給がカットされてたちまち消えてしまう。




 しかし、今回は少し魔力を多めに練ることで具現化の時間を引き延ばした。





 これは、遠距離武器にもある特徴だ。



 遠距離武器は複数出せる。

 その際、一旦、身体から切り離すことになる。



 なので、魔力を多めに練りこんで具現化させている時間を増やすのだ。

 そうして、飛び道具を操作する。




 というか、遠距離武器は数打って攻撃を当てる。


 逆に出ない方が問題である。


 弓矢が一本しか出ないのは面倒臭い。


 だが、同時に気づいたこともある。


 もしかしたら、もう一本出るかもしれないと思ったのだ。それを手に出現させて切りかかろうとしていた。



 けれど、それが出来なかった。



 つまり、レインフォードは刀を一本しか出せないということだ。

 今まで、もう一本出せないか挑戦してみたことはあった。

 それは魔力が上手く調節できないからと放棄したが、飛騨の身体を借りてやってみてももう一本出ると言うことは本当に無いらしい。


 再び、ヴァンパイアは爪を立てて距離を詰める。



 レインフォードは駆けて、切っ先をかわらに突き立てて飛びあがる。


 くるりと半円を描くように、突っ込んでくるヴァンパイアを飛び越えて、身を捻る。




 宙で、刀を手から離す。
 それは、真っ直ぐ真横に落ちるように


 着地と同時に振り返りざま、空中で離した刀が視界の隅で映る。



 そして、足元まで落下してきた柄の尻を回転蹴りで、蹴り飛ばす。


……




 背を前に。


 目を丸くしたヴァンパイアの元へ、一直線に飛んでいく。



 振り向いた時には……――。

レインフォード

もう遅い

 



 ヴァンパイアの背中から、心臓目掛けて突き刺さったその刃。




 よろり、と彼女はよろめいた。



 咳き込むように吐血して、片膝をつく。







 だが、今回の刀の『仕込みはそれだけではない』。



 魔力調整がここまで精密に出来るようになったなら、出来ることがある。




うわぁあああああああ!!




 傷口から燃え上がる炎。


 それは、瞬く間にヴァンパイアを包み込む。




 レインフォード自身は魔力調節そのものが出来ない。

 ゆえに『剣士』だ。




 だが、飛騨は違う。

 彼の魔力調整力は卓越している。

 そこでレインフォードの剣術をほぼ完璧にトレースできる状態となった。



 ソレはつまり、武術系魔術師『魔法剣士』とほぼ同様のことが出来るということだ。



 もちろん、これはレインフォードノ即興だ。


 それでも、出来た。


レインフォード

コイツの体、本当に凄いな……

これで体がまともに動けば、第一線で戦えんぞ……





 あの華奢な身体が、真っ赤な炎に包まれていく。
 燃え盛る炎の中に、女の悶絶する黒い影。




 プスプスと、肉の焼ける匂い。



 ヴァンパイアは、それでもまだ息絶える様子も無くもぞ、と動く。

 その身を炎に焼かれながら、こちらへとゆっくり振り返る……――その直前、レインフォードの肌が捉えた。



・・・・・・・。











 彼女は炎にその身を包まれながら、緑の魔法陣をほぼ一瞬で浮かべた。




 それは、風魔法。

 彼女は魔術を使用して人を襲うヴァンパイア。



 そして、木々の隙間を時速八十キロですり抜けていく卓越した風の魔術師。

















 緑の魔法陣は小さな三日月となって五つ、花を描くように開いて飛んできた。




 レインフォードはこの時、初めてヴァンパイアと本気で対峙したと錯覚した。


 彼女は、胸に刃が突き刺さっても、その身が炎に巻かれて燃やされても、決して目を逸らすことはなかった。




 その炎の中でも爛々と血色の瞳を煌かせて、五枚刃の操縦に専念したのだ。




 普通の魔術師なら胸に剣が突き刺さるような衝撃が来れば魔法の調節などしていられなくなる。

 ぶっ放して、それで終わりだ。操るなんて集中の必要なことは、やってられない。









だが彼女は、

捕食対象を注視し


決してその瞳を外さなかった。





 一つ、二つ、かわして三つ目は転がるようにほぼギリギリ。



 髪の毛をざっくり持っていかれて、四つ目は空から降ってくる。それをごろごろと転がってかわす。




 瓦屋根から、ごろごろ転がっていく。





レインフォード

まずい、このままでは屋根から転げ落ちる!

 



瓦を、掴む。


レインフォード

!?




 掴んだ手では握力で足りずに滑る。

 転がる勢いが止まらない。



 いつもなら、コレぐらいのこの程度なら止められる……――。














どれだけ反応速度と思考回路が
追いついても、



運動神経がついてこないんじゃ
意味が無いわ。




『筋肉繊維のつき方が』もう違うのよ。
筋肉量も違うの。







貴方ができても、

レイジは出来ない。












レインフォード

しまっ……!






 ぽんっと屋根から放り出されるように身体が浮いた。



 転がった勢いで、まるで滑り台から放り出されるように、宙へ舞い上がる。





 ゆっくり、ゆっくりと身体は回り、今まで背中側だった月と向き合う月の下。






レインフォード




 緑色の、風の刃。





 空中では、体勢を整えようが無い。



 人具は、まだヴァンパイアの身体から消えず、その身体を焼きつくさんと燃え盛っていた。



 しかし、視界の先でヴァンパイアは突き刺さっている刀の切っ先を、握り締めて、ぐり、と胸元へ押しこんだ。




押して、
押して、
押して、

その切っ先は、
徐々に背中へ抜けていく。







 ゲームといえど、私は本気。

 




 そんな彼女の執念を、垣間見た。



 敵を屠るために、手は抜かない。

 ゲームを仕掛けたのなら、目の前にある命は残らず狩り取る。





 もはや絶望的なまでの宣誓だ。

 そうまでして、このヴァンパイアはこの命狩りを『本気』でやっていた。





 たとえ、それが『ゲーム』という形式上でも。




 生半可な覚悟でかかって行ったのは、自分の方。




 ヴァンパイアは、背中からレインフォードの人具を引き抜く。




 その背から、真っ赤な鮮血が噴出した。



 身体から引き抜いた人具を、ヴァンパイアは握り締めたまま離さなかった。

 それで、全身がまだ燃やされることになっても。



 あのヴァンパイアが手を離せば、引き寄せられるかもしれない……――



 そんな期待を、見越したかのように、ヴァンパイアは両手で握り締めたままだった。



 離せば、形勢が逆転するかもしれない。




 だから、燃えていようともその手からレインフォードの人具を離すことはしなかった。

よくやったわ、レインフォード・フィリア。

でもこれで終わり





 女の、声じゃなかった。

 しわがれて掠れている、老婆のような声。




 喉が、もう焼かれているのだ。

 それでもなお、彼女は死ねない。




それは、

なんて地獄だろうか。



緑の刃が、降ってくる。


自分達の落下速度よりも、遥かに速い速度で。





腹へ目掛けて。

真っ直ぐ。










































レインフォード

……




























レインフォード

!?








世界が、色を変える。




赤石賢誠

間に合ったぁああああああ!!





 女性らしからぬ、女性らしさのかけらも無く、静寂なる月夜に獣のような咆哮となって轟く。



 手の平から滴る紅。

 宙に浮かぶ、紅。




 手の甲を覆うように、真っ赤な石が分厚い盾を形成して覆っていた。



 しかし、ヴァンパイアの放った刃はそれを貫いて突き刺さっていたのだ。



 ひび割れて、人具の方が砂金を散らして飛び散る。
 手の甲を尽きぬけて、紅を滴らせる。




 でも、それが見えたのは一瞬。



赤石賢誠

レインフォード

っ?!





 すぐに、布団みたいな真っ赤な人具が飛騨の身体を包み込んで宙に引き止める。






 しかし、飛び込んできた彼女はそのまま宿屋の壁に背中から激突した。


 そのまま、ぐちゃっと地面に落ちた。


レインフォード

おい! おい、大丈夫か!?

くそっ!? 取れない!?

赤石賢誠

うぅ……




 身体が落ちてもそれほどの衝撃にならない高さになった頃に、紅い拘束具は砕けて散った。


 うずくまって、悶えている彼女の元へ走る。




レインフォード

おい、サトミ!?
大丈夫か……――

赤石賢誠

内臓……出る……

レインフォード

分かった! 動くな!

赤石賢誠

喋るの……辛いッス……

レインフォード

分かった!
喋らなくて良いから!

赤石賢誠

吐くぅ……

レインフォード

分かった!
分かったから!






 何やってんだこの馬鹿は。

 何でこんな状況でここに来た。



 来るまでに、もう五分ぐらいは時間がかかるはずなのに……!










胸の奥から、
締め付けられるような灼熱が襲う。


これは、きっと。

紛れも無く。



あの、『感情』。



 彼女は息を整えて、ようやく起き上がる。










赤石賢誠

うえぇ……
背中と手が、チョー痛い……

レインフォード

馬鹿野郎! どうやってここまで……!

赤石賢誠

えー……今、それ答えなきゃいけない時間ですか……?

レインフォード

猛烈に嫌そうな顔をするな

気になるわ




 もうすでに、人間としての姿を失うまでに焼かれて炭になった物体が、屋根からどす、と降って来た。



 身体から、炭がパラパラと剥がれて、落ちる。



レインフォードは、山道を抜けられたとしても。

貴方程度じゃもっと時間がかかるはずよ。

同時に出たんでしょう?

赤石賢誠

いえ、ボクの方が先です





 そうだ。彼女の方が先に出た。

 きっと、彼女は山道があるなんて知らなかったはずだ。


 ならば、山越えだ。
 レインフォード達が催眠術にかかった佐藤と話をしていても、五分ぐらいの差だ。





 レインフォードでも山を降りるのに、五分はかかった。



 本当に、超特急で降りてきたのか。

 それは、一体どれだけ早いのだ。


赤石賢誠

山を突っ切ってきました

レインフォード

!? 隠し山道に気づいてたのか!?

赤石賢誠

え? 何ですかそれ?

レインフォード

知らない……

レインフォード

なら、一体どうやって……

赤石賢誠

ですから、突っ切ってきました。山の中を

レインフォード

は?

赤石賢誠

だって、時速八十キロで山を越えたら、超える分の時間がかかるじゃないですか。

でも、山の中を同じ時速で真っ直ぐ掘り進めば明らかに道のりは短いでしょう?

レインフォード

はぁ!? んなこと出来るわけ……――

























レザール

こ、この穴は?

ルームフェル

サトミが開けていった。
山の裏側に……汐乃に直進するために




 それは、ぽっかり開いた穴だった。

 大人が横に五人並んでも歩いていけそうな、大きな穴。

 それが、ずっと続いている。

レザール

これほどの大穴を開けるのに、どんな魔法を……

土属性の魔法でも、ここまで出来るはず……

ルームフェル

違う。アイツのは、人具で掘った

レザール

人具!? あの、紅い奴ですか!?
一体、どうやって……

ルームフェル

ドリル

レザール

どりる……?

ルームフェル

先が尖ってて、それが高速回転することで、土に穴を開ける。

きっと、あれで開けていったんだ

レザール

どりるなんて、聞いたことありません。
それは、一体……

ルームフェル

サトミの、想像の産物





ルームフェルは、ポツリ。


ルームフェル

アイツの人具は、想像したものがそのまま作れる。

サトミの、思い通りに動く





ルームフェルは、ポツリ。



























サトミはなんか、すごい頭してるんだ
 


赤石賢誠

出来ちまったんだから、文句つけんなや




 よろ、と立ち上がって、サトミは炭から……――ぼろり、と崩れ落ちた炭の中から人間の柔肌が現れ始めているヴァンパイアへと向き直る。





これが、
魔族の持つ高速再生。


神から苦しめと与えられた、

『呪い』。



……ねぇ貴方。聞きたいことがあるのだけれど

赤石賢誠

何ですか





 ヴァンパイアは顔面から炭を剥ぎ取ると、火傷で皺しわに寄った顔を露出させる。

 その真っ赤な眼球は、剥き出して今にも飛び出そうだ。


貴方、この世界の人間?

赤石賢誠

異世界人です

そう。
通りで、化け物と同じ気配。

ロックはかかってても、零れてるわ

赤石賢誠

違います。
ロックが外れかかってるんですよ。

たぶん、また壊しちゃったんです

魔力の使いすぎで










 サトミは首元に手を突っ込んで、ネックレスを引きだす。

 何かの紋章が書かれた、ペンダントだ。それが、壊れている。

 それを頭から丁寧に外す。






赤石賢誠

これ、持って離れてください

レインフォード

あ、あぁ……――





 彼女から手渡された、欠けたペンダント。

 それを受け取った。



 途端、だった。







 そんな音と共に空気がずしりと沈んだ。

 息も苦しくなるような……否、空気も穢れて汚れていくような。



 身体が、空気に圧迫されるような。

 頭に……危険だと、警鐘が鳴り響く。




 そんな、魔力が彼女から零れてくる。



あなた、魔力に個性が強いのね

赤石賢誠

魔力が汚いとハッキリ仰られて結構です

そうね。

貴方の魔力、ほんっとうに吐き気がするほど汚ならしい。

その聖人から離れてくださらない?
彼まで不味くなりそうだわ

ていうか、私にも近寄らないで

気持ち悪い

赤石賢誠

申し訳ない。美女には吸い寄せられる磁石が内蔵されていまして

発言が気持ち悪い。
声も聞きたくない。

呼吸を止めて、そのまま死ね

赤石賢誠

そこまで言われるとショックです

そのままショック死すれば良い





 ヴァンパイアの目が、侮蔑するような色に変わる。

 コレまでにないほどの敵意を滲ませた。


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