聖人の持つ、魔力が変わる。
馴染んで、塗り換わる。
レインフォード・フィリアの、魔力に。
身体の隅々へと行き渡る。
これが聖人の持つ特徴の一つ、『憑依』。
……!
聖人の持つ、魔力が変わる。
馴染んで、塗り換わる。
レインフォード・フィリアの、魔力に。
身体の隅々へと行き渡る。
これが聖人の持つ特徴の一つ、『憑依』。
ヴァンパイアには分かる。
この魔力の流れが完璧に変質したことを。
本来であれば、コレほどまでに魔力が変わってしまえば体内で反発が起きる。
レインフォードがヴァンパイアあの体内に入ってきた時のように、拒絶が起きるのだ。
それは本来、人体に流れている魔力がそれに馴染んでいるものだから。
そこに違う魔力が流れ込めば、身体が『異物混入』を察知して、魂の持っている魔力が追い出そうと荒れ狂うのだ。
単純な話、風邪を引いたようなものだ。
ウィルスが体内に進入してきたら、熱を出して水分とともに追い出そうとする。
自分の魔力ではない魔力は大概自分の身体に害をなす。
実例として『呪い』がそうだ。憑依だって他人の魂が引っ付いてきて何をするか分からない。
だから、他の魂の存在を拒絶するのだ。
そして、仮面を被った零璽は、その掌に真っ赤な魔力を引き伸ばして炎を灯す。
細長い刃。
この国の人間が使う武器。
部類は、『打刀』。
それは昨夜、ヴァンパイアの変身魔法をぶった切った白銀の三日月。
どうやら、本物のようねぇ。
レインフォード・フィリア様?
いやいや。昨日は失礼した。
うちの護衛が勘違いで腕を払い飛ばしてしまったからね
痛かったでしょう
えぇ本当に。あの男にはあとでキッカリしっかり落とし前つけてもらうわ
では、改めましてレディー。
真剣を使った燃え盛る剣舞で一曲
曲名は?
刃が奏でる剣戟でいかがですか
面白い! 踊ってあげるわ!
忌々しげに、レインフォードの前世の名前を呟いた小笠原は、すぅっと空気に溶けるように消えてしまった。
残されたのは、自分達だけ。
レインフォードの元へ、今すぐにでも行かないと。
あの死の使いの者が言ったことは本当だ。
そしてあの憎悪も本物だ。
レインフォードただ一人だけに向けて、心の底から消滅を願っている。
レインフォードは、フィリア家でも突出していた。
剣術の才能も。
その知能も。
その優秀さに、レインフォードは主からも兄達を抑えて跡継ぎにしても良いと言われるほど期待されていた。
三男が跡取りになることは本当に珍しいことだ。そんなことは実際、この貴族社会ではめったにありえない。
しかし、彼は騎士の道へ進むことなく自由に生きたいと貿易会社へ入社すれば、その才は瞬く間に開花する。文武両道とは、さすがフィリア家の出身だと言われるほどに。
フィリアの頭首を彼にしようと思っていた主も、それは兄達へと回すことにした。
ただ、人付き合いだけはとことん興味がなかった。
一人で居る方がずっと有意義だと、それなりの付き合いはしても兄達のように自分から友達を連れてくることはしなかった。
何があろうと一人で行動することが多かった。
そのカリスマ性が人を惹き付けていたけれど、彼は何をやるでも一人でこなしてきた。
一人の方が、生きるのは楽だ。
人と付き合うのは面倒臭い。
そう言って、いつも深く付き合うこともなかった。
おかげで、見合いの申し込みが多々あれど、今も断り続けて婚期を逃しつつあるぐらい。
そして、仕事でもそれは発揮されている。
貿易先の町が危険だと分かれば、即座に退散する。
ここまで町のために身を削ることは、本当に今まで無かった。
そのレインフォードが、今、命も捨てて飛んだ。
前世の知人がいるという、この町を守るために。
ライト。サトミは?
町に超特急で戻った。
ついていこうとしても置いてかれたと思うぞ。
たぶんアイツ、また馬鹿なこと考えたから
そうか……
?
佐藤達は拷問された人以外はほとんど大丈夫だ。
牢屋の町人もそんなに身体を悪くしている様子は無いが、あっちで動ける人に食事を準備するように言っておいてくれ。
たぶん、ここに居る人達はあんまりまともな食事をしてないだろう。
帰ったらなにか食べさせた方が良い
サトミ、どうやって帰ったんだ?
その問いかけは、変だとレザールは思った。
彼女は空を飛んでここまで来たのだ。
普通に考えれば、空を飛んで戻るはず。
しかし、この医師は苦笑する。
家の裏に回ってみろ。
たぶん、真っ直ぐ帰った
ソレを聞くなり、ルームフェルは拳一つでドアを破砕すると、彼の全速力で玄関先まで一直線の廊下を突っ走っていく。
そしてまた、玄関の引き戸を吹き飛ばす。
レザールさんも降りてください。
たぶん、ルームフェルはサトミを探しに行って、伝言後回しにするので
よろしくお願いします。
これは……
レザールは唖然とする。
家の裏に回って、視界が捉えた光景に。
剣戟だけが奏でる旋律が桜の下で乱舞する。
炎を纏いしその刃に、ヴァンパイアは笑う。
やはり、装いとは大事だ。
洋服の時はそうでもないが、今、レイジが着用している和服で舞えば。
ずっとずっと美しい。
桜の下で演舞する白き面を被りし守護者。
彼が、息を切らせてよろめく。
ヴァンパイアは笑う。
再び振るわれる刀。
切っ先は狙った喉を掻っ切る攻撃を伸ばした爪で受け流す。
そこに生まれた間隙を突いて、真っ赤な細いヒールを
ぐっ!
蹴り込んだ。