月明かりに照らされた、薄紅の木の下。

 吸血鬼は零璽をゆっくりとおろす。

 それは彼に無理な体勢を強いることの無いように、木の根元に座らせ、その背を倒すことができるように。



あなた、本当に綺麗ね。桜の下が良く似合うわ

飛騨零璽

……近藤様にも言われた。それに、俺も嫌いじゃない





思い出すから。

あの夢を。




桜の下で、
笑って死んでいく
優しい人の夢を




必ずお前の元に戻ると
約束していく強い人の夢を








たしか、桜の木の下には死体が埋まってるっていう言葉があるわよね。

まるで、そのままね








 吸血鬼がそうやって零璽を跨ぐ。

 真っ赤な血色の瞳。まるで、サトミの出す人具みたいな煌き。

 それが零璽を見下ろしている。







 もう、生きていなくても良い。


 もう、罪人として生きていなくても良い。


 そう思うと、とても……穏やかな気分になる。




 もうあの十字架を背負わずにいられるのかと思うと、ちょっと楽になれた気がした。







 随分、目の前に迫っている死が、穏やかなものに感じられる。






これで、幕引き。





 吸血鬼が着物を剥く。露出した首元を、ひゅぅっと春の冷気が舐めた。

飛騨零璽

何で、首なんだ。腕でも良くないか

飲みやすいのよ。
特に首は太い血管が通っててざっくり切れば血が噴き出すぐらい勢いが良いから






 嬉しそうに笑う吸血鬼は、どこからどう見ても普通の外国人だった。



 ただ、放つ魔力が人間から外れているだけ。

 それだけなのに、ここまで体質が違う。






 それは何だか、可哀想だと思う。







 口にはしない。

 するだけ、意味の無いことだ。




この桜の下で、

死にたいと願った

本当の理由も




 首筋にかかる吐息が、熱い。

 押し当てられる体温が、暖かい……――。

 見上げれば、頭上は薄紅の群雲。 












あの夢の人は、
どうして笑っていたんだろう。




死の間際だと言うのに、
何であんなに穏やかだったんだろう。




生まれ変わってお前の元に行くなんて、
そんな約束をするほどの相手とは、
一体、どんな人だったんだろうか。






教えてほしい。
そんな人とは、どんな人だったのか。



そして、どうしたら……――。




どうしたら、死の間際でも笑っていられるのか。

どうしたら、そんな強さを得られたのか。



それが、知りたい。






家族を見殺しにしていながら、
ソレを忘れて幸福に身を浸していた罪人に
なれるとは思えないけれど。



あんなに優しい人達のことを、
信じることすらできなかった愚か者に
なれるわけないと思うけれど。





でももし、
こんな薄汚い魂でも
来世が許されているなら……――。


















あの夢の、人に会ってみたい。

あの人に会って。

会って、話を……――。











 ぐり、と首に食い込む犬歯。

 その鋭い牙が、すぐに肉を抉りながら肉を押し広げていく……――。







ぐっ!?

飛騨零璽

いつっ!?





 ぐり! と食い込んでいた歯が首から乱雑に抜かれた。


 痛くて、首元の痛みに手を当てる。


 手を当てて……吸血鬼がもんどりうって零璽から離れていく。




 目の前の吸血鬼の中を流れていた魔力が、不自然に乱れていることに気づく……――。


飛騨零璽

いや……他の魔力が体内で混ざってる……それが、反発してる……?





 身体にあった魔力じゃないから、それが入り込んできて、押し出そうとしている。

 この魔力は……――?










やってくれたなぁ、人間!!




 女性らしからぬ、人間らしからぬ雄たけびを上げた吸血鬼。

 目を吊り上げて、血色の瞳に浮かんだ瞳孔が縦に鋭く裂けた。




 途端に、彼女の身体から吹っ飛ばされるように……――見覚えのある、金髪が翻る。





 あれは。

 あの人は……――。











レインフォード

っ!?

飛騨零璽

フィリア、さ……――

レインフォード

大丈夫か、零璽……




 零璽の肩へと伸ばした手が、すっとすり抜けた。


 指先が、零璽の肩に溶けるように入り込んで、驚いたように彼は手を引き戻す。

 握ったり開いたりを繰り返す。




 やっぱり、そうだ。



 

飛騨零璽

死んだ、んですか……?




 生きている時と、明らかに魔力の感じ方が違う。

 今までは肉体に護られていたから、魔力の消費量が調節されていた。だけれど、今は彼の魔力を直に感じて熱いように思える。


 

レインフォード

あぁ、どうしても身体が邪魔でな

飛騨零璽

はぁ!? 身体が邪魔!?
身体が邪魔って何ですか!?
貴方、馬鹿ですか!?

レインフォード

うっせ!
グールがうようよ居て、身体ごと降りてたらまともに来れなかったんだよ!!

飛騨零璽

だからって、死んでまで来る必要なかったでしょう!?

レインフォード

あるっつーの!




 レインフォードは、そう怒鳴る。


レインフォード

護りたいもんがあるのに、

くたばって『仕方ないですね』って、

あの世の花畑にピクニックなんか行ってられるかってんだ!!







 びりっと、身体が痺れるような感覚。

 その痺れが、脳髄に響いてこだまする。





 なんだそれ。

 死んでも、こんなところまで人を助けに来て。


 何やってんだ、この人は。







いや、このお馬鹿様は……!











死んで、助けに来た……ですって……?




 赤い瞳をギラギラと光らせて、吸血鬼は立ち上がる。


 吹き荒れる魔力が薄汚れた風となってあたりに散っていく。その魔力に当てられた雑草が、萎れて、枯れる。



ふざけんじゃないわよ……。
死んだら黙ってなさいよ……――!


それでも紳士なの!?

死んでも幽霊になってまで足掻いてみっともない!!

紳士なら紳士らしく、潔く地獄か天国の門扉を優雅にノックしてなさい!

『死んでも助けに行く』なんて、本当に死んだ後に助けに来た大馬鹿野郎はアンタが初めてよ!!

名乗りなさい、このエセ紳士!!

その諦めの悪さ、世界中の高潔たる紳士達に無礼だわ!!






 口が、耳元まで裂ける。






















この私が、直々に

貴様の魂

滅してくれる!!


















レインフォード

現在、貴方にお渡しできる名刺は身体はお山に置いて来た服の中なので、口頭のみでご了承願う。

テルファート国・フィリアが嫡男。
レインフォード・フィリアです。

名刺はお渡しできないので覚えていなくて結構ですよ

レインフォード

再会することは一生ありえませんから

えぇ、そうでしょうねぇ!

お前の魂が消えて無くなるのだから!

レインフォード

ゲームオーバーだって言ってんだよ。

勘違いも大概にしろ、クソババア







 喧嘩を売るだけ売ったレインフォードが、零璽に振り返る。

 片膝と手をついて、その深い青の瞳で零璽を真っ直ぐ見据える。



レインフォード

零璽。コイツ倒すぞ

飛騨零璽

は? 何言って……

レインフォード

可能性ならある。
お前の人具で、俺を面に変えて被ってみろ

飛騨零璽

め、面を被っただけでどうこうできるわけ……

レインフォード

お前、自分の人具の使い方知ってるのか?





 それは、と言い募った。

 実際に使い方なんて分かっているのか。

 そういわれれば、正直分かっていない。



 

飛騨零璽

でも、倒すなら……アイツの顔を掴んで魂を抜いた方が……

レインフォード

できると思ってんのか? 出来たら諦めてないだろ。

とにかくやってみよう。サトミが言ってたことだ。

あながち外れでもないと思う。

それに、アイツはやらせようとしていたように思える……








 いや、とレインフォードは眉間に皺を寄せる。






レインフォード

それが使い方だと確信していた可能性の方が高い。

お前、聖女って知ってるか?
神を憑依させて、神の言葉を告げられる女性のことだ。

お前は、それと同じ憑依体質だって言っていた









 それに、こうも言っていたことを、覚えているか?

 レインフォードは、そう尋ねる。





 お面は遥か昔、『そのお面の人物になるために被った』と。



 神のお面であれば、『神になるため』に。
 人のお面であれば、『人になるため』に。



 最初は亡霊達に顔を知られないようにするためだった。

 でもそれは次第に、『役』を与えられて『成る』ためのものへと変わっていった。










ならば




レインフォード

魂の仮面を被ったら、お前も『成れる』かもしれない。

俺を面にして被れば、俺に『成れる』かもしれない。







 まるで、零璽の生まれながらに持ってる素質が、むしろそうやって使うのが正解だと言ってるようにさえ思える。


 魂の仮面を被り、その仮面の主を自身の身体に降ろす。


 それにふさわしい、超ド級の憑依体質。





飛騨零璽

でも……






 それ以上先が、どうなるか分からない。

 分からないのに、その先へ踏み出すのは、怖い。



レインフォード

何、心配するな。
出来なくても死ぬのお前だけだし

飛騨零璽

おい。死んでも助けに来た奴の台詞じゃない

レインフォード

だって現状そうだろ?
ここでヤバイのお前だけだぜ?
俺、もう死んでるし











 カラリと笑う異国の商人は……――あの人のように、笑う。



レインフォード

お前は、生きて近藤さん所に帰れ。

絶対にだ






夢の中で、

死の間際に再会の約束してくれる



あの人のように。




お別れの挨拶は済んだかしら?





 吸血鬼が、痺れを切らしたように怒鳴る。






 ほぅらお怒りだ、とレインフォードは軽い調子で笑った。







 この先の、言葉を言っても良いのだろうか。

 心が掻き毟られるような緊張。

 それが内臓を燃やす。


 何となく、零璽は思う。




 




コレを口にしたら、

後戻りできなくなる。




 この人との関わりが、重いものに変わる。

 今の世界が、変質していく。


 それは、きっと零璽の望まぬ方向へ。



 ビリビリと、そんな予感がする。














それは、


浦島太郎に手渡された

玉手箱のように







開ければ、

『真実』と『現実』が

一度にやってくる








飛騨零璽

……

飛騨零璽

…………



























でも、それでも














あの人のところに、

帰りたい
















すぅ、と、息を吸い込む。





飛騨零璽

お前の魂、貸してくれ!

レインフォード

おう、使え!






 彼は、何でもないことのように即答した。

 小気味良いぐらいに。



 零璽は、彼の顔へ向かって手を伸ばす。



 零璽が他人の魂を抜ける条件。

 それは、相手の顔を掴むこと。










 彼の姿が渦を巻いて、零璽の手に吸い込まれていく。

 掌で炎のように燃え上がって、集まって。









面へと変わる。










……






 手の中で、お面になった魂。

 陶磁で作られたかのような、その滑らかな面は月光を浴びて柔らかく光る。


 それなのに、何故だろう。

 このお面は、まるで生きている人のように温かい。





じっと見るな!
顔が近いから!

とっとと被れ!

飛騨零璽

? 顔が近いから何なんだ?

良いから被れっつーの!!

飛騨零璽

わ、わかった……







 お面に怒られるのは変な感じがするけど仕方ない。

 零璽は裏返して、改めて見下ろす。



 面の裏側は、顔が嵌るような窪みは無かった。





 赤の、魔力。
 それがお面という器に、みっちりと詰まっている。

 きっと、コレはレインフォードの持っている魔力。



 燃え盛る、炎の魔力。



 両手を添えて、零璽はそっと被る。


































































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