風水師は結界張るし、勇猛果敢なお友達もたくさん。

それに、異国のとっても強い人達に救援依頼したのねぇ。

さすがは『聖人』ね。

命を捨ててくれる人がいっぱい居るなんて

飛騨零璽

!? 違う! 俺はそんなつもりじゃ……――





 しかし、そんなヴァンパイアの言葉が真実であるかのように、ぞろぞろと人が集まってきた。



 警護人だけではない。


 農具を片手に持った、避難してきた男性も。




 そして、この地の頭首も。




 我が町を護るため、敵を見据えてその瞳が爛々と煌く。


零璽、下がりなさい!

ダメよ。メインディッシュは下げないで




 途端に、細腕のヴァンパイアに軽々と抱え上げられる。

 薙刀を握り、切り込んできた近藤の攻撃を易々とかわして、ヴァンパイアは距離を取った。



 慣れた手つきで零璽から小太刀をひったくると、今度はうつ伏せになるように放り投げる。

 放り投げられて、呻く零璽の手首を薄汚れた赤い革靴が踏みつける。

 地面に掌をつけるように捻られて、その上から。


飛騨零璽

つ!

零璽!!





 地面と手を縫いつけるように、ぐっさりと小太刀が手を貫通して地面へと突き刺さる。その感覚が肉を伝って零璽の頭に警鐘となって響き渡る。



 今度はその小太刀の尻を踏みつけて、さらに食い込ませた。

 小太刀が突き刺さる手。その肉を断裂させながら、冷気を纏った白銀がすすぅっと通過する感覚が激痛を伴って背筋を凍らせる。


メインディッシュを取り上げるレストランなんてボッタクリよ

人間は貴方の家畜ではない!!
零璽を返して!!

……表現が適切ではなかったわね。

飼ってなんてないわ。
だから、駆って狩ってるのよ。


そもそも、人間が家畜なんて思える奴は悪趣味よ




 激痛に耐えながら、顔を上げる。

 




このままでは、二の舞だ。


自分と同じ種族を食べるために育むなんて最悪ね。

見ていて吐き気がするわ




また、あの時と同じだ。



使用人から逃げるように言われ、

両親に妹を託されて


食用? 奴隷用? それとも下用?

どれも人間としては最悪でしょう





その護るべき妹からも

逃げてと庇われた、あの時と。


理性も品性もぶっ飛んだ人間のうめき声なんて薄汚いでしょうに


 金髪の女は、見下ろして零璽に改めて笑いかけた。

レイジというのね。
あなたは絶対においしいから最後よ



 そんな軽い口調で、吸血鬼は零璽の腹部に強烈な蹴りを見舞った。

 その瞬間、一瞬で息苦しくなる。

















護ってもらうって、

どんな感覚なのかしら?





遠のく意識の中。

暗闇の中から、ヴァンパイアの声がする。













っ 
と   


胸     
糞      
悪    
い 
 で
   し
  ょ
 う

ぇ  



















燃え盛る炎 

舞い散る桜 

血塗れの男






























どうして、いつもの夢を見る?



知りもしない男が


血塗れになりながら




暖かい笑顔を浮かべて


来世での再会を約束してくれる






あの優しい夢を

























死ぬのが怖いですか。
まぁ当然で……

レインフォード

殺れ

……はい?


 ぶつ、とレインフォードの頭の中で欠陥がブチ切れる音がした。

レインフォード

殺れっつったんだよ、殺れ

正気ですか

レインフォード

今までさんざん死ねっつってきたテメェの頭の方が正気か。

殺れ。それで間に合うんだろ

レインフォード

身体が邪魔なんだよ






 小笠原は、黙ってレインフォードを一瞥した。

 じっと見つめて、数秒後。



では、失礼して




 くるりと大鎌が彼の手の中で回る。


レインフォード

このまま真っ直ぐ降りて……ーー





 レインフォードの視界で、何かが倒れた。

 何だろうか……――見下ろして、レインフォードは驚愕する。


 それは、紛れも無く。
 この二七年間見慣れた自分自身の体だったのだ。



レインフォード

てぇ! テメェ、まだ心の準備とか全ての行程ぶっ飛ばしたな!?

お山も生きている。
あなたが入り込もうものなら拒絶するんですよ。
山道の壁にぶつかったら道なりに進みなさい

瓦礫はすり抜けらる。
それはお山にしてみれば身体から切り離されたものですから死んでいるのと同じなんです。

でも、その先が山だとすり抜けるのは無理ですから、あとは自力で探してください

レインフォード

あぁ、そうかよ!
聞きたかったのはそれだけだ!!

えぇ。あなたなら、そうでしょうね

レインフォード

ありがとよ!

では、早めに魂消滅してください

レインフォード

うっせ! 誰が消えてやるか!




 レインフォードは、軽い身体を暗闇の中を飛翔する。



 小笠原の言う通り、死体がうようよと蠢いている。まるで、閉じ込められていることは分かって壁を引っ掻き、出たがっているような者もいた。



 そんな余所見をしていた。






 霊体だからそれほど痛くないだろうと思っていたら、固いものに全身を打ち付けたような痛み激痛が響いた。よそ見をしていて、壁に思いっきり打ち付けたような感覚だ。



 だが、それだけじゃない。



 身体が、歪んだ。

 自分の身体が、ズレたような感覚を覚えた。

 地面に尻餅をついて、ひっくり返る。



 幽霊でも地面に着地出来るのは驚きだったが、これもお山が拒絶しているということだろう。

 

レインフォード

こんなこと何度も繰り返してたら、本当に消滅するんじゃ……

では、早めに魂消滅してください

レインフォード

……





 あんのクソ野郎!

 これが狙いか!


レインフォード

あの野郎! 本当に俺のこと大っ嫌いだな!?

なんか、スゲェムカつく!!




 誰が、くたばるか!

 ましてや、
魂ごと消滅なんてしてやるか!!


レインフォード

待ってろ、近藤さん!













絶対に、間に合わせてみせる。



もし、カロンの言うことが本当なら、
きっと、『これさえも』運命。




前世から再会を願いし魂との
巡り合わせのために、
誰かが、その好機を作ってくれる



この魂が極限まですり減ろうとも
『彼』の元へ辿り着ければ、
まだ見込みはある






 果てしない暗闇を駆け抜ける。

 生を求めてさ迷う生きた屍達の群れを突っ切って、レインフォードは真っ暗闇の山道をかける。


























 階段から、コツコツと音がする。


 誰かが、上ってくる。

 気配は……鬼神のモノだ。




 レザールが灯す炎にぼうっと照らし出された鬼神と呼ばれし地獄の住人は、ぐったりとしたレインフォードを肩に担ぎ、壊れた通信魔道具を片手に引き下げて、上ってきた。

レザール

どういう、ことですか……




 レザールは、心の中で燃え上がる憎悪の炎に身を焦がして悶える。


 気配で分かる。

 レインフォードの持つ、暖かな魔力が消え失せている。

 それは、彼の肉体に魂が無い証。



レザール

あなたは、何でレイン坊っちゃんの死を、なぜそれほどまでに望んだのですか!?


普通ならばあり得ない!!

どうして、そこまで私情を挟むのですか!?




 無感情に通信魔道具をネスターへ渡した小笠原へレザールは掴みかかった。


レザール

何億もの人間の死を見てきたはずだ!

どんな最悪な人間も!

それなのに、善良なレイン坊っちゃんが、あなたに恨まれるようなことをしたと言うのですか!?

えぇ。してくれたので大嫌いです。

二度と会いたくないほどに

レザール

レイン坊っちゃんが何をしたんですか!

あの魂の前世が、うちの地獄でやらかしてくれたんですよ

レザール

何をですか!?

前世の魂が地獄でやらかしたことなど、貴方達の管理不届きから発生する不始末でしょう!?

その恨みを現世へ生まれ変わった魂に八つ当たりするのは不当です!!




 小笠原は今度、レインフォードを背負ったままレザールと向き直る。


そうですね。これから私情を詳しくお話ししますので、貴方には聞いていてもらいましょう。

つまらない、昔話です

ですが、私には忌々しい過去。

心して聞きなさい、異国の者達






 彼は、紡ぐ。



 三百年の時を越えた、因縁を。




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