!? こんなところに……
どんだけ出入り口に集中してるんだ……



 小笠原に案内されて、レインフォードは呆れそうになる。

 この建物、入り口の付近に重要な隠し物が集まっていたのだ。


 一つ、隠し部屋へ繋がる階段。

 二つ、地下牢へ繋がる隠し扉。

 三つ、隠し通路。


 小笠原はレインフォードだけに同行を許可したが、あとはついてきたら冥府の公務執行妨害で殺す、と宣言され、ライト達はこの隠し通路の入り口の場所は教えてもらってもついてきていない。


ここは昔、この館の主が海側の人間も、山側の人間も避難できるように建てた家のようです





 少なからず、サトミの言っていたことが当たっていた。


 こつこつと、降りていく。


 その手に、白い光を放つ黒炎を燃え上がらせて。






 昔からこの地は土砂崩れが多かった。
 しかし、津波が頻繁に来るのかといえば違う。だが、一度来た津波で被害に遭ったのだという

この場所へすぐ逃げてこられるように汐乃からこの館へ続く隠れ山道があります。それが、この通路です

!? もしかして、ヴァンパイアはここを通って!?

えぇ、そうです。この中は暗闇。朝だろうと昼だろうと、汐乃に降りるのは簡単だった

まさか、東側に出現が集中していたのは……

えぇ。東側にある祠。あそこの傍が出入り口になっていたからです




 そして、と小笠原は階段を降り終える。


この場所が、グールを保管する場所として吸血鬼は使っていたようですよ





 聞こえる。暗闇の中から。
 ほんの僅かに、誰かの低く唸る声が聞こえる。


どうぞ、行って下さい。
まぁ、貴方程度では途中でグールに捕まって食い殺されるでしょうけど

レインフォード

初めて会ったのに、コイツ俺のこと凄く嫌ってないか?

何のつもりですか、鬼神! 貴方のような存在が、生きている人間に介入してくるなんて冥府の法を違反しているはずだ!




 殺すと脅されたにも関わらず、通信魔道具の向こうから、低くカロンの声が聞こえてくる。

 いつも余裕がある彼の声が、珍しく荒い。


急がないと、あなたの大事な人が殺されるのでは?

躊躇ってる時間はないかと

私の希望としては、今すぐ魂ごと消滅してくれることですね

レインフォード

コイツ、何か本当に俺のこと嫌ってるな!? 初対面なのに!!





 小笠原は、ポツリと。


もう吸血鬼は近藤宅に入り込みましたよ。

浜松の弟子である佐藤に化けて、グールに追いかけられるという演出を加え、見事に浜松と仲間達を欺きました

なっ!?

彼らも抵抗しているのですぐ死なないでしょうが、時間の問題ですね

聞いていますか、鬼神! 貴方、自分が何をしているか分かっているので……――

 


 小笠原は先程からやかましく騒ぎながらうろちょろする通信魔道具の目玉に容赦なく大鎌を叩き込んだ。

 しかもその目玉のちょうどど真ん中。それが、びりびりびり! とひび割れて、エグイほど本物そっくりな目玉がガラス片となって砕け散った。



 そこらへんに転がった通信魔道具を、小笠原は蹴飛ばした。

 無言でありながら、邪魔だと言わんばかりの挙動だった。

グールと仮に出会わなかったとして、それでも降りるのには三○分は要するかと。ですが、三○分後では全滅です

レインフォード

な、何でそう言い切れる!?

私が冥府の役人で、本日、この汐乃の地で死に行く魂の回収担当だからです

!?

この山道、至るところが崩れて回り道しなければならなくなっています。その関係で三十分要するかと。

まあ、あくまでもグールと遭わなければですが、そんな希望的観測はない。

絶対にグールと交戦になりますから、三○分で降りきるのは到底無理ですよ




 がり、とレインフォードは唇を噛みつける。






ようやく、ようやく……――

前世からの友と、

巡り、会えたのに……!







 いつだって、何か足りない気がしていた。

 そこらにたくさん居る人間が友だとは思えなかった。



 家柄の関係上、友を作れないような人間にはなるなと教え込まれてきたレインフォードには、有象無象との付き合いはただの単純作業だ。

 愛想笑いとその状況に対して的確な反応。


 ずっと、それの繰り返し。


 仕事でもそうだ。

 人掌握など、経験をつめばマニュアルとなる。
 ソレを繰り返せば良いだけのこと。






だが、今は。

そんなことを
考えていられないほど



この町と人を、
護らねばいけないと

心が急く。


もっと短い時間でいける、唯一の方法を教えてあげましょうか

!? それは!?




 レインフォードの首に、そっと、大鎌の刃が当てられた。

死んでください

レインフォード

おい! それじゃあ、助けに行けないだろう!?

いえ。時間短縮は出来ます。崩れた道は突っ切れますし、グールは貴方に興味を示しませんからもっと短い時間で汐乃に降りることが出来るでしょう。

それに、霊体でもあなたの魂が持ってる魔力を使えば、吸血鬼にダメージを与えることができる

レインフォード

!? それは、一体……!?

吸血鬼に憑依してください

レインフォード

は!? 憑依!?






 取り憑け。








 小笠原は、ただ一言、前置きした。




 取り憑いて、殺せば良い。
 悪霊はそうやって人間に危害を加え、弱体化させ、不幸にする。

 それを吸血鬼相手にやれと言っているのだ。



 憑依と言うのは、他人の身体に自分の魔力を流し込むこと。
 それにより人体に危害を与えることができるのだ。



 違う性質の魔力は特に攻撃となって身体に悪影響を引き起こす。



 本来、悪霊は少しずつ魔力を流し込んで対象者に危害を加える。
 それは悪霊自身が一気に魔力を流してしまうと魂が消滅してしまうからだ。




 少しずつ流して、弱体化させる。
 それが悪霊のやり方だが、それには日数がかかる。




 だが、魂を削るほどに一気に別の魔力を流し込めば体内で拒絶反応が出る。

 自分の魔力以外は、身体に合わないのだ。


だからこそ、憑依体質というのはとても特殊な体質なのです。

他人の魂を受け入れると言うことは、他人の魔力も受け入れられると言うこと。

それは、普通の人間ではできないことなのですよ

それは、魔族といえど例外ではありません

貴方が取り憑いて、魂を消滅するまで魔力を注げば赤石賢誠が到着します。

彼女が到着すれば、吸血鬼の敗北は確実

彼女が殺す吸血鬼の魂も本日、回収予定ですから

ですが、空を飛んでいる移動しているであろう彼女が到着するのは十五分後でしょう。

被害は大きい。

近藤は負傷して間に合いません。
それは、貴方も嬉しくないでしょう

……









 今、なんて言った?

 近藤が、間に合わない……?





 無駄な会話を続けるだけ時間が減る、と小笠原は大鎌をレインフォードから下ろした。





死にたくないですか

レインフォード

……








 悪魔のような、提案。

 それはレインフォードの生と死を天秤にかけたもの。



 無慈悲にも、ほどがある二者択一。

 いきなり何の嫌がらせかと聞きたくなるほどの究極的に対極的な選択だ。





 だが今は、その口論する時間さえ惜しい状況。




 こんな時に、なぜか、なぜか……―ー『あの子』が頭の中にチラついた。



 近藤の傍に仕える、青年だ。

 清浄な魔力を持った青年の顔が、なぜかちらついた。



 それが、むしょうに苦しくなる。




 なんでだ?

 憑依体質の話を、聞いたからだろうか……――。

 サトミが、飛騨の体質は憑依されるのに適した体質だと……――。



 

赤石賢誠

……!







 こんなときに、あの天真爛漫な変態爆裂娘の声が天命のようにレインフォードの脳内で響き渡った。



 それは暗くて見えなくなっていた道に、僅かばかり灯った光。

 それが、細いながらにもレインフォードが進むべき道を照らし出した。




















 佐藤が、潜り抜けた瞬間だった。
 

はれ?

なっ!?





 突然、佐藤の姿が金髪の女へと姿を変えたのだ。

 彼女は地面に顔面から突っ込むと、鼻を真っ赤にして痛い! と訴えた。


ちょ、いきなり変身魔法が強制解除されるなんて何よ!?

これ、ただの結界じゃないの!?




 零璽は間近で浴びる魔族の気配に息を呑み、睨みつける。


もう何なのよ! 避難完了してるとかビックリじゃない!

いつもならもうちょっと遅くて、町人と入れ替われたのに!

こんな山門芝居をしたのは初めてよ!!

やってくれるじゃないの、人間達!!

飛騨零璽

・・・・・。






 吸血鬼は、腹立たしそうに腕をぐるぐると回した。

 話では、吸血鬼の腕はルームフェルの手で切断されたはずだ。ソレなのに両腕とも見事に傷跡がない……――。


 どっちの腕が切断されたのか、分からないほどの完治。

 まるで、彼らが嘘をついたみたいだ。



 これが、吸血鬼の再生力。




 零璽は、睨みつけて護身用の小太刀を引き抜く。



 ソレを見た女吸血鬼は零璽を見つめて、ニッコリと微笑んだ。

第三章 桜咲くこの町で

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