レインフォード

もしかして、佐藤さん……?

佐藤

えぇ。そうよ




 彼は目を伏せた。

 というか、オネェ口調だったとは驚きだ。

 浜松の右腕と聞いたから、男らしい人間だと思っていたのに……――

赤石賢誠

先生、マスター。
レインフォードさんと、ここ任せました。
ボク、先に帰ります。

あと、町の方角どっちですか?
指差して教えてください

レインフォード

は?

佐藤

気が早いわ。でも、聞いている時間が無いのもまた事実ね



 サトミはライトが指差した方角を「こっちですね」としっかり確認すると、階段を駆け足で降りていった。


 去っていくサトミの背中を、放心したままの佐藤は見つめる。


佐藤

さて、何から話そうかしら……今からどう足掻こうが、無駄だと説明した方が面白いかしら

Mr.ライト。おそらく催眠術の類です。生きてますよ

ライト・ネスター

じゃあ、もう気絶させても?

いえ。詳しいお話を伺いましょう……――嵌められたわけですし

レインフォード

佐藤

あぁ。私が聞いたら手を叩いて喜ぶ言葉だ




 佐藤は特に感情の篭ってもいない空ろな目をこちらに向けたまま、両腕を開く。

佐藤

暇だったの。今回は、楽しめそう

レインフォード

は?

えぇ。そんな腐った思考になるぐらい生きていれば、随分暇だったでしょうね。

自分の命もかけた人間との心理ゲームは心踊るでしょう

レインフォード

自分の命もかけた心理ゲーム?

ライト・ネスター

……!

Mr.ライト。彼が悪いわけではない。ヴァンパイアが悪趣味なんですよ。

長生きしていると、そういうことを考える阿呆な魔族はごまんといるんです。

かくいう私も、例外じゃありませんから




 長生きしている魔族は、大概、やることが無い。

 人間であれは光の下をあるき、人と交流できる。しかし、彼らは特に閉鎖的空間でしか生きられない。限られた交流しかできないのと、彼らと交流できる者達もまた魔族が多く、その大半はまともな性格をしていない。



 そんな彼らとしか交流が無い魔族は、どんどん思考は悪く偏っていく。



 自分達の命は他の生物に劣ることは無い。

 奴らよりも強いのだ。

 そんな風に毎日を生きていくことになる……――。


暇なんですよ。やることが無くて、する事も無いから全然考えつかなくて、それでも自分達の存在感を見せ付けるためにはどうしたら良いか……。

思い出しましたよ、ヴァンパイア。

そういえば、人と話すのが楽しそうでしたね。

この金髪と話しているのは楽しかったでしょう

佐藤

えぇ。楽しかったわ。
だって冗談がお上手なんだもの。
彼の知性に胸がときめいたぐらいよ

レインフォード

男に言われると気持ち悪いんだが

佐藤

なのに、あの無粋な銀髪ときたらいきなり人を刺すわ、楽しんでるところ水を差すように腕を切り落とすわ、まったく野蛮。

何なのよ。いきなり人の腕まで切り落として。私より最悪。
保護者がいるなら息の根止めてやりたいことろだったわ

あなたの方が最悪ですよ。

これは、あなた自身の命を使った、汐乃の町人が滅ぶか自分が殺されて死ぬかのデスゲームでしょう

!?

居るんですよ。暇になったから、自分の命も使って、死力を尽くして防衛に当たる人間とそれを脅かす魔族として敵対し、チェスみたいに策を張り巡らる阿呆な魔族が。

そこに娯楽を求めるんです。その無駄に長い生涯を、そんなことに賭けて命の狩り合いを求め、どちらが食いつぶされるか。あなたは、その中でも最悪だ

佐藤

……


 佐藤は、ただ目を瞬かせるだけ。

その中には、死の間際、自分が悪かったと足掻く阿呆も居ます。ですが、貴方の場合は違うでしょう?

佐藤

当たり前。というか、そんな阿呆はこのデスゲームを舐めてるの?

レインフォード

は?




 佐藤は、呟く。

佐藤

命を狩るか狩られるか。それを楽しむものだ。死の間際になって死にたくないですって?

佐藤

ふざけるな。

このゲームに自分の命を賭けるつもりが無い阿呆なぞ、このゲームを仕掛ける資格は無い

レインフォード

ふざけんな! アンタ、ゲーム感覚で人の命を弄んでるってーのか!

佐藤

それに、何の問題が?






何でもないように、

操られた人形のように、

彼は無感情な瞳で呟く。


佐藤

私の命に、価値なんてないでしょう

……



 頭が、白くなる。

 自分の命に、価値などないと。
 真正面から言ってくる。


 魔族とは、こんな生き物だっただろうか。

 もっと傲慢で、自分は絶対的に人間達よりも生きる価値があると、そういう理由で殺戮を楽しむような連中だったはずだ。



 そういう魔族にも、相対したことがある。

 この仕事柄、異国を方々歩くことが多いから、本当に稀に、会うことはあった。



 それに、どんな噂でもそうだ。

 魔族はそういう理由で進軍だってする。



 人間と魔族、どちらが生きるのに相応しいか。

佐藤

このゲームを始める前から有ったか言われたら、全く覚えがないのよね。

太陽には焼き殺されそうになるし、月の下をちょっと散歩してるだけで大袈裟に騒がれる。

何もしてなくても、殺されそうになったこともあるわ




 まぁ、ヴァンパイアに生まれてしまったのだから仕方ないけれど。

 彼は表情を動かさずに肩を竦める様な動作をする。

 



佐藤

『神』を恨んで死ぬことにすると決めているけれど、私なんて生きていて問題はあっても死んでも『問題ない』でしょう?

じゃなきゃ、ハンターなんて必要ないし、歩いてたって騒がれないでしょう?




 ――……違う。


何もかもが。


佐藤

だからって、私だけは命を弄んでも良いと言うつもりはないわ

佐藤

でも、遊び半分で狩りなどする気は毛頭ない




生き方も、考え方も。

佐藤

私は、この食うか食われるかのデスゲームに参加する価値ある命の皆様に敬意を表し……






私の目の前にある
その命




知力を振り絞って、


全力を注いで、


あますことなく

狩り取る



佐藤

確かに形式上はゲーム。だけど、私はこのゲームに今まで命を賭けてきた。

だからお前達が私のやることをいくらお遊びと馬鹿にしようとも、全てを食い殺すわ

死力を尽くして来ている貴方達の命を弄ぶ趣味は無いから

私のやることに無駄は無い




 途端に、佐藤は腰に差してあった刀を引き抜く。



 ぬらり、と白銀が輝く。

 今まで、ぼーっと立っていただけの警護人達も身体を引きづって立ち上がる。



佐藤


さて、それでは諸悪の根源のアジトを突き止めた勇敢なる戦士達、この地下に捕まっている哀れな町人を助けるためにゲーム再開しましょうか

自分の命に価値が無いからと、そういう遊びをされるのは困ります。

一人で死んでください

佐藤

そんな簡単に死ねないの

そうですね。ライト、もう良いです。

茶番は聞いてあげましたし……あぁ、いえ。最後に。ご本人ではないのであえてお話しましょう

佐藤

何かしら?






 彼は刀を握ったまま呟く。

 普通なら、きっとここで切りかかるだろう。


 それでも、それをしないのは……――。




貴方は本当に運が無かったですね。

その生涯、もっと早くにサトミと会っていれば今以上に楽しく生きられたでしょうに。

今こうして、彼女と出会えたのは、貴方にその運があったからなのに。



ですが、サトミに敵として出会った貴方はやはり運が悪いです。

――……人との出会いは、人を劇的に変える




 通信魔道具の先で、彼はそう呟いた。


貴方には、何の出会いも無かったのですね。

素晴らしいほどの運の悪さです。

普通なら誰かに会うことぐらいあるでしょう。

それさえも無かったなど、本当に運が無いとしか、言い様がありません







たった一つ出会いは、
人の運命を根こそぎ変える。


考え方も、生き方も、何もかもを。




もっと正確な話をすれば、
人に巡り会うことで運命が変わる



これは、真実。


佐藤

そうかしら。人間にはごまんと会ってきたけど、今まで通りだわ

残念でしたね。やはり運が最悪だからですよ

佐藤

じゃあ、最高の強運って何かしら?



 通信魔道具の先で、カロンは一間置く。

前世から、また会おうと誓い合った魂と巡り会うことでしょうね

佐藤

まぁロマンチック。
私には無縁なところ、運の無さを自覚するわ

間違いなく、その人間の対人運は最強でしょう。

この一千億以上はいる人間達の中から、百人いるうち一人にだって出会うのは無理。

それでも、たった一人を見つけることなど到底不可能。

普通に考えて、会える確立の方が低すぎますから




 それでも出会えた人間は、きっとその道のりまでにたくさんの人の手を借りたことだろう。



 絶対に、一人の力では無理だ。




 知らず知らずのうちに、誰かが手を貸し、彼らが出会える機会を、再び会えるその機会のための好機を作ってくれるのだ。




 それはつまり、
誓い合った魂と巡り会える人というのは、

絶対に何かしら、

絶対に誰かからの

援助がもらえる人なのだ。




 それは偶発的な。

 それは運命的な。



 だから、

星の数だけいる中から、

たった一人に出会える。



佐藤

私には関係ない話ね

その通りですよ。だから話したんです。ライト、もう良いですよ





 すっと、ライトが眼鏡を外してレインフォードの前へ踊り出る。

 ようやく戦えると、佐藤は微笑んだ。



佐藤

それじゃあ、最後に。私からあなた達へプレゼントよ

レインフォード

佐藤

私、もう汐乃に降りてるの

レインフォード

!? なんだと!?

あんた、変身してるんじゃないのか!?

Mr.フィリル。私の話聞いてましたか?

催眠術にかけられていると言ったでしょう

彼らはこの遺言を残すために、拷問されて催眠術にかけられたんですよ。


Mr.サトウがこぎれいなところをみると、仲間を目の前で拷問されて精神削り取られたところで催眠術にかけられたんでしょう

レインフォード

おい! それってそう言う意味だったのか!?

本当に話聞いてなかったんですね。

サトミだったら馬鹿なのかっていえたのに

佐藤

あら、余裕ってことは、あっちに凄い強い人いたの?

いえ、さっき出て行った小娘が向かっています




 ここから? と佐藤は薄く笑う。

佐藤

いくらがんばっても無理よ。

空を飛んでも二○分。下山なんかしてたら、一時間以上かかるわ。

でも、二○分もあれば、私は人間の集落など落とせる

そもそも、あなた達が来た頃から降り始めたから、時間なんて関係ないわね

実に残念です。貴方の驚く顔が拝めそうに無い……

ライト・ネスター

待ってくれ、マスター。
コイツ、どうやって降りたんだ?




 そうだ。

 レインフォード達が到着したのは、まだ夕日が空を照らしている頃だ。


 彼らは太陽がまだ顔を出している間は動くことが出来ない夜と闇の住人だ。


 それなのに、降り始めた?

 いくら木が生い茂った森だからと言っも日の光を完全に塞ぎきっているわけではない。

 彼らが歩ける場所は、無いはずだ。





 目玉通信機は、くるりと背を向けてレインフォードの肩に乗る。


降りますよ、Mr.フィリル

レインフォード

待て、あいつらの相手が先だろ……――

あの吸血鬼は、この館から通じる秘密の地下通路を通って汐乃に降りたのです




 レインフォードはその静かな口調と気配に息を呑んだ。



 本当に突然。

 どこから沸いて出たのか分からないほどに、この室内を支配した暗鬱な空気に、息が詰まったのだ。



 ここに居る誰もが、異様な雰囲気に辺りをキョロキョロと見回した。

 それは催眠術で操られているはずの佐藤もだった。



!?

あなたは……!






黒い着物

それに浮かぶは、金糸で縫い上げられた
燃え上がる炎に浄玻璃の鏡紋



知的な眼鏡に、整った顔









そして、赤い角。



こんばんは。

お初お目にかかります、レインフォード・フィリア様。

私、小笠原と申します






 そう名乗った男の……――否、化け物の圧倒的な威圧に息が切れそうになる……――。


 その人の姿に良く似た化け物は、漆黒の大鎌を握って床をとん、と軽く突いた。




 ただそれだけで、地獄絵図へと変わる。







 突然、漆黒の炎が沸きあがった。


 まるで闇が炎を模したようなソレは佐藤達の周囲をあっという間に囲んで、彼らを包みこんだ。




 黒い炎であるはずなのに、室内は白く照らされる。


 そして、彼はその白光を背負い、ゆらりと黒い着物を揺らしてレインフォードを見据える。



その地下通路へ、ご案内いたしましょう

ただし、レインフォード・フィリア様。お一人だけです

第三章 桜咲くこの町で

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