浜松隊長。誰か駆けてきていま……――あぁっ! 佐藤さんだ!! 人に襲われてる……あれ、グールか!?

浜松火山

!? なにっ!?



 浜松は塀にかけられた梯子から部下を下ろし、足を滑らせそうになりながら梯子を駆け上る。



 遠くに見える、人影。

 確かに、のろのろと歩いている多人数に囲まれている。



 だが、そんな彼らを白銀の刃がバサリと一閃して、彼らの身体を次々と切り離していく……――翻る着物とその長い黒髪に、浜松は見覚えがあった。



佐藤
浜松火山

佐藤……!!



 しかし、いくら彼が卓越した剣術を持っていたとしても、それでは足りなかった。

 その切り離した腕が、もぞ、と佐藤へ向かい、這ってまで彼に襲い掛かろうとしている。


 生きている彼が、ほしいと言わんばかに。


浜松火山

お前達! 扉を開けて待っていろ!! 佐藤を連れて戻ったら、すぐに閉めろ!




 梯子を飛び降りて、浜松は近藤家の門扉を潜り抜けた。

 片手に握る相棒の鍔を親指で弾く。


 きんっ、と甲高い音を立てて、鞘から少し抜けた刀の柄を握り締める。



 そして迷い無く、浜松はグールの懐にその刃を突き刺して振り切った。

佐藤

浜松さん……!

浜松火山

立て、阿呆! ボサっとするな!




 立ち上がるのが遅れた佐藤の手首を握り締め、引きずるように立たせる。

 バランスを崩しながらも、佐藤は浜松に引かれた手で懸命に足を動かす。



 よく見れば、足を怪我していた。





 当たり前か。今まで帰ってこなかったのだ。
 佐藤以外がいないと言うことは、おそらく…吸血鬼と鉢合わせて、生きて帰って来れたのは、佐藤だけ。




 開いた門扉から、部下達が急げ! と声を荒げる。





 あと、もう少し……――。

佐藤

わっ!?




 ふいに、佐藤が転ぶ。

 彼の足に掴みかかっている手だけが、佐藤の足首にその剥けてなくなっている爪を立てようとして、肉を食い込ませていた。



 浜松はその手に、自身の愛刀を突き立てた。
 突き立てて、地面に縫い付ける。


浜松火山

来い!
もうすぐだ!




 佐藤を無理にでも引っ張る。

 引っ張らねばならない。




 自分達はこの町を護る人間だ。

 いつでも、死が伴う。死と、隣り合わせだ。





 だがそれでも。


 今だけは。



今だけは、

この手を放すわけにはいかない




 あと、もう少し。

 もう少し……――。

浜松さん! 佐藤さん!!



 仲間達が、目を丸くして手を伸ばす。



 ――……もう、少し。



 浜松は、あと数メートルのところで佐藤を引っ張り、近藤宅へと押し出す。

 その勢いにふらつきながらも前進した彼の背を蹴飛ばした。それで、
 彼は吹き飛ぶように近藤宅の本当に目の前でごろごろ転がった。


浜松さん!?

浜松火山

とっととその阿呆を引き込め! 怪我してる!




 転がった佐藤を二人係で起し、肩を支える。


佐藤

入っても、良いのか?

当たり前でしょう! さぁ、中にお入りください!!

佐藤

あぁ、そうか……ありがとう……




 ぽつりと、佐藤は安堵の笑みをこぼした。






















零璽、佐藤さんが見つかったみたいです!

飛騨零璽

!? 佐藤さんが!?



 零璽は危うく手から皿を落っことしそうになった。



 良かった。

 彼は、無事だったんだ。




 安堵の笑みがこぼれた。




 ずっと彼が退治に行ってから、気が気ではなかったのだ。




 外がバタバタと騒がしいのは佐藤が帰ってきたからか……――。


ただ、グールが彼を追いかけて来ているそうです

飛騨零璽

!? グールが!?

そんな、何かの間違いじゃ……







 近藤の言葉に、零璽は弾かれたように飛び出した。

 今まで、こんなことは無かった。

 歩き慣れた広い近藤宅を駆け抜ける。




 人が見えるぐらいに近くに来ているのに、その範囲でグールのような魔族が感知できない事なんて、こんなの初めてだ。



 結界が張ってあるから、気が緩んでしまったのだろうか。


























 零璽は門扉に駆けつける。

 扉を開け、ちょうど怪我している佐藤を引き入れようとしているところだった……――。



 ――……違う。

飛騨零璽

待って!

その人、佐藤さんじゃない!!





 いつも、彼の持っている精錬された魔力じゃない。

 ちょっとピリピリとした、だけれど心地の良い魔力ではない。






金属の、香りがする。



 これは室内を走っていた子狐から感知した香りと同じ類のものだ。

 何かの魔物だろうかと気になって捕まえていたら、魔法効力が解けてルームフェルに戻ったのだ。




 変化魔法の代表格。
 変身魔法を被った『何か』だ。



 すでに町人は全て避難が完了した。

 カロンは言っていた。

 魔族はどんな手段を使っても、この中へ入ろうとする。



 この状況で、佐藤に成りすました誰かが入ろうとする可能性は。







全身が凍えるほど戦慄が



背中を駆け上がる。


飛騨零璽

ソイツ、吸血鬼だ! 入れたら…――!




 怪我している佐藤は肩に腕を回してもらって、おぼつかない足取りで門を半身潜らせた後だった。
















 佐藤が、笑う。



 あの優しい彼が、
浮かべるはずの無い

薄気味悪い真っ赤な三日月を



口に元に。







第三章 桜咲くこの町で

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