すっかり冷めてしまったテデザリゼを淹れ直して、私たちはお菓子をつまむことにした。

周音(あまね)

 でもさ、なんでアルバム見ようとしたの?

凜音(りいん)

 たんすの上の写真がなくなってたから、何かあったのかなって気になっちゃって。遵、再婚するの? 

周音(あまね)

 そこまでわかってたんだ!

凜音(りいん)

 写真がしまわれてたってことは、そういうことでしょ。まあ、こっそり確認するつもりだったんだけど。テデザリゼなら時間稼げると思ったんだけどなあ。

周音(あまね)

 蒸らしが足りなかった?

 カップを一口すすって、

凜音(りいん)

 ううん。おいしい。

周音(あまね)

 父の教えの賜物です。

凜音(りいん)

 何それ。

周音(あまね)

 ねえ……それだったら、お父さんに再婚待ってもらうように言おうか?

凜音(りいん)

 え? どうして?

周音(あまね)

 だって、お母さんが……いるわけだし。

 リングスナックを弄んでいたお母さんの左手が、ふと止まる。

凜音(りいん)

 周音を愛してるし、遵のことは好きだよ。でも、あたしは巡海としての自分を取り戻したいわけじゃない。

周音(あまね)

 ……?

凜音(りいん)

 だいいち、凜音が結婚できる歳になるころには、あの人は五十ン歳よ? それだったら、もっと自分を磨いて、未来のもっといい人ゲットしたいなー……なんて。

周音(あまね)

 なるほど。

凜音(りいん)

 今の私は凜音で、之愛ちゃんの娘だからさ。そこんところは忘れずに生きていたいわけ。でも……。

周音(あまね)

 でも?

凜音(りいん)

 時々、ちょっとくらいは、親子させてよ。全然できてなかった分、さ。

周音(あまね)

 ……。

周音(あまね)

 ……。

周音(あまね)

 うん!

 いつの間にか傾いていた日が差し込む居間。玄関から、金具の音が聞こえた。お父さんだ。

遵(まもる)

 ただいま。お、凜音ちゃん来てたのか。

凜音(りいん)

 お邪……おじゃましてまーす。

周音(あまね)

 おかえり。早かったね。

遵(まもる)

 ああ。改めて紹介したい。

 すると、お父さんの背後から、小さな人影が。見覚えのある、優雅だけど気弱そうな女性。

胡詠(こよみ)

 あの、こ、こんにちは……。

周音(あまね)

 胡詠さん! いらっしゃい。

遵(まもる)

 父さん、この人と結婚するよ。

胡詠(こよみ)

 はっはい! よろしくお願いします。 あの……

周音(あまね)

 そんな緊張しないでいいよ。それで?

胡詠(こよみ)

 あの……お母さんって……呼んでくれますか。

周音(あまね)

 ?

胡詠(こよみ)

 ごっごめんなさい! そんないきなりは嫌だよね……あの、少しずつで、ゆっくりでいいから、頑張りますから……!

周音(あまね)

 ……どうしたものだろう?

凜音(りいん)

 私は、隣の小学生の様子を窺った。かつて夫だった人の再婚相手を、しばらくまじまじと眺めていたその視線が、やがて私に注がれ、

凜音(りいん)

 ウィンクに変わった。

周音(あまね)

 ……!

胡詠(こよみ)

 !?

周音(あまね)

 お母さん。

胡詠(こよみ)

 !!

遵(まもる)

 ありがとう、周音。

凜音(りいん)

 やれやれ……ところでこのレジぶくろなーに? あ! ぎゅうにく!

遵(まもる)

 せ、せっかくだからすき焼きでもと思って……。

周音(あまね)

 じゃあ鍋とカセットコンロ出してくるね。

凜音(りいん)

 あたしもおよばれしていい?

遵(まもる)

 うちはいいけど、之愛さんの許可をもらうんだぞ。

凜音(りいん)

 ママもつれてきちゃおっかなー。

胡詠(こよみ)

 あの、す、すき焼きってどうやって作るんですか、私わからなくて……。

周音(あまね)

 お母さんは、お母さんしてればいいよ。任せて。

凜音(りいん)

 はーい。

周音(あまね)

 なんでそこで返事するの?

 今夜の食卓は、賑やかになりそう。

 良い悪いはともかく、どこの家にも役割分担というものはある。

周音(あまね)

 でも、私の場合は、他の家にはないかもね。

 二人の母親と親子するのが、一人娘の私の仕事だ。

(fin)

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