リシャール

俺は鎧騎士(アーマーナイト)を志望しようかと思ってる。シャルルはやっぱり猫遣いか?

エルフ先生の説明が終わって解散となった後、リシャールが声をかけてきた。鎧騎士は重厚な鎧と盾を装備して、最前線で敵の侵攻を食い止める職能だ。ソロでも防御力の高さを頼みに押し通すことができる職能ではあるので、そこそこ俺の目的に合致しているが、物理攻撃無効な敵に出会ってしまったら、装備の重さが仇となって逃げる事ができないのでシャルルには勧めたくない。

シャルルが異様に猫に好かれることはリシャールも知っているので、彼はシャルルが猫遣いを志望するのではないかと思っているようだ。確かに向いていることは誰の目にも明らかなのだが……。

シャルル

猫遣いって……。
猫だけ危険な目にあわせて自分は戦わないのは嫌だな

シャルルは乗り気ではない。自分が直接戦闘に関わらず、猫を戦わせるのが気に入らないらしい。それで猫が死んだりしようものなら耐えられない、というのだ。

シャルル

うちの父さんは、冒険者だけでなく傭兵になっても役立つ職能を選んでほしいんじゃないかな。そうなると剣士とか鎧騎士とか。

俺はシャルルに『斥候とか』と囁きかける。
俺とシャルルはいつでも心の中で会話ができるのだが、シャルルが他の人と一緒にいるときにあまり話しかけると、シャルルが俺との会話に気を取られてしまい、同席者に不審に思われるので滅多に話しかけない。シャルルとは主に夜、夢の中で会話することにしている。

シャルル

……斥候とか

俺に言われて、慌てて付け加えるシャルル。素直でよろしい。

余談だが話しかけるだけでなく、シャルルの身体を俺が操ることもやろうと思えばできる。だがシャルルには俺が操っている間の記憶が残らないようだし、多用するとこれも周囲に不審がられるので、原則的にやらないようにしている。
息子の成長を見守るような感じで、あまり手助けせず基本は傍観を決め込むスタンスだ。

シャルル

あ……

説明会の行われた大部屋から、各自の教室に向かおうとする生徒たちの中の一人に、シャルルは目を止めた。綺麗なブロンドのストレートヘアを背中まで長く伸ばした少女だ。

コゼット

……

連れ合いの女生徒になにか言われて頷いたりしながら、教室を出ていこうとするこの少女の名前はコゼット。隣のリシャールのクラスの子だが、シャルルはこの子にひそかな思いを寄せていて、時々ぎこちなく話しかけてみたりしている。

シャルル

あ、あのさ。
コゼットも冒険者学校志望なの?

コゼット

そうでなければここにいるはずがありません

急に話しかけられたコゼットは、きょとんとしている。

シャルル

わわっ、そうだよね!
あ、あのさ! 職能は何にするの?

勇気を出して話しかけてみたはいいが、すっかりテンパっているシャルルに、コゼットはすました口調で答える。

コゼット

話聞いてなかったんですか?
エルフ先生は、『一生を左右する大事な決断だからじっくり考えてから決めろ』っておっしゃってましたよね

シャルル

そ、そっか。
まだ決めてないよね! ごめん変な事聞いて

緊張してガチガチのシャルルを尻目に、コゼットは部屋を出て行ってしまった。

リシャール

あーあ。
まあ、またチャンスもあるさ

へこんでいるシャルルの肩を、リシャールがぽんぽんと叩いた。

説明会が本日の最後の授業だったので、一旦自分の教室に戻った後は帰宅となる。
シャルルはリシャールと一緒に家路を歩いていた。

リシャール

じゃあ、また明日な

シャルル

うん。
じゃーねー

商業区と居住区の境近くで、リシャールとは帰る方向が違ってくる。いつもどおりここでお別れだ。

リシャールと別れた直後、商業区の雑踏の中に、見慣れた人影を見つけた。

シャルル

あれ?
コゼットって家こっちだっけ?

人ごみに見え隠れするブロンドの長い髪は、間違いなくコゼットだった。今まで帰宅途中にコゼットを見かけたことはない。不審に思ったシャルルは、コゼットの跡をつけ始めた。

なんかストーカーっぽいな。と俺は思う。十三歳にしてストーカーとか大丈夫かこの子。
まあ、本格的に超えちゃいけないラインを超えそうなら、俺が身体を操って止めることもできるし、しばらくはシャルルのやりたいようにやらせてみよう。

コゼットは両脇に華やかな店が立ち並ぶ活気ある大路から、細い裏路地へと入っていく。跡をつけて正解だったかもしれない。何か怪しい。

コゼットは小路の奥の突き当たりの、小さな建物に入っていった。コゼットは学校に通っているからには騎士階級以上の家柄のはずだが、入っていった建物は騎士階級の住居には見えない。なんというか、田舎から上京したての平民が、どんな場所でもいいから店を開いて商売したい、といって、やっと借りて店を出しましたというような、そんな建物なのだ。

コゼットが屋内に入ってしまうと、シャルルは建物に近寄ってみた。扉の横に小さな木の看板があって、こう書かれている。

神秘学研究会

扉には黄ばんだ張り紙もしてある。その紙には「魔術技師志望者の方向けに、魔術技師訓練も行っております。御用の際はお気軽にお立ち寄りください:と書かれている。

実はこういう、冒険者の各職能を訓練するような場所というのは、街の中にわりとあったりする。冒険者学校は騎士階級以上でないと入れないから、冒険者になりたい平民はそういう場所の門戸を叩く。

だがコゼットが魔術技師になりたいのだとしても、もうすぐ冒険者学校に通うことができる彼女がなぜ、平民向けの訓練所を利用するのか。仮に冒険者学校に入れる年齢まで待てないとか、入学前の予習のつもりなのだとしても、この訓練所は怪しすぎる。なんだ神秘学研究会って。場所もこんな奥まった人気のない場所だし。この街にはもっと信頼できそうな魔術技師の訓練所があるはずだ。

建物の入り口に立ってそんなことを考えていると、入り口の脇にある窓から、急に声をかけられた。

コゼット

シャルルさん、こんなところで何をしているんですか?
犯罪かなにかですか?

急に離しかけられて、ばね仕掛けのように飛び上がるシャルル。

シャルル

わっ、コゼット。
違うんだこれは偶然立ち寄っただけであって決して跡をつけていたとかそういうアレでは……

コゼット

やはり犯罪ですね

後ろめたいところを見つかってたじたじとするシャルルを、冷たい目でみるコゼット。
しかし俺は、彼女のその、他人との間に一歩距離を置くような、そんな独特の雰囲気が誰かに似ているようで、思わずシャルルの身体を操って言った。

シャルル

端山さん? 端山沙耶子さん?

(続く)

pagetop