この国の騎士階級以上の家では、よほど経済的に困窮でもしていない限り子供が十歳になると学校へ行かせる。

十歳から十三歳までは、まあ小学校のようなものと思ってもらえればいい。シャルルはそこの最高学年に在籍している。

リシャール

よっすシャルル、お前確かここを卒業したら冒険者学校に進むんだったよな。じゃあ、次の授業は俺らと一緒だ

隣のクラスのリシャールが声をかけてきた。彼とシャルルは去年同じクラスだったのだが、それから仲良くなって別のクラスになった今でも最も親しい友達の一人だ。

で、次の授業はクラスの垣根を取っ払って、卒業後の志望進路別に大部屋に集まって説明があるのだ。

騎士階級以上の家の子供たちは、王族から騎士とは名ばかりの貧乏傭兵の子まで、同じ小学校に通うことになるが、それ以降の進路は何通りかに分けられる。

一つは、まず小学校の上のリセと呼ばれる学校へ進み、さらにその上の大学への進学を目指す進路。この進路を志望する子供たちは大学を出て役人になったり、あるいは学者として大学に骨をうずめることになる。ある程度身分が高く、経済力がある家の子でないと難しい。

次に、神学校に進み、神学を修める進路。この進路の場合は聖職者になることを目指すが、親類縁者に教会内でそれなりの地位にいる人間がいるか、それなりに成績優秀でないと聖職者になることは難しい。

次に、士官学校へ進み、将校になる進路。上二つに比べれば敷居は低い。男爵家の八男だったシャルルの父も、上二つの進路が無理だったために士官学校へ進んだが、結局将校になれず今は傭兵稼業をしている。
とは言え経済的に貧しいわけではないので、シャルルも士官学校へ進もうと思えば進めないことはないだろう。将校になれるかどうかは分からないけど、傭兵をやっていくうえでも士官学校で学んだことは役に立ったとシャルルの父は言っている。

だが俺がシャルルに勧め、シャルル自身も乗り気なのは、もう一つの進路。『冒険者学校』に進んで冒険者となる進路だ。

この世界には『魔獣』と呼ばれる人類に仇なす存在に邪魔されて、まだ人間が入っていくことができていない前人未到の地がまだ多く存在している。そうでなくても、人のいない荒野や森の中を通る長い街道なんかは、放っておくとすぐ魔獣が繁殖して通行する人間を襲うようになる。

魔獣を駆除し、新天地の開拓や街道の保全、その他の危険を伴うクエストを受託し実行する『冒険者』とよばれる職業が存在する。その冒険者を養成する学校が冒険者学校だ。

進路として他にも、小学校以降は学校へやらずに、家庭で教育を施すというケースもある。歴史の古い名門の家柄ほどそうだったりするのだけれど……。

アンヌマリー

わたくしもダーリンと一緒ですわ

フリルを多用した優雅なドレスを着た、銀髪の少女がシャルルに抱き着かんばかりに近づいてきて、リシャールとの会話に混じってきた。きらめく銀髪からつきでた猫耳がぴこぴこと動く。

この少女は、アンヌマリー・ド・マルブランシュ。猫でありながら名門マルブランシュ公爵家の養女として育てられた、れっきとした公爵令嬢だ。本来は冒険者なんていう危険な職業に就くべき身分ではなく、それこそ小学校卒業後は学校へ行かず、家庭での教育を受けるべき身分である。

リシャール

マルブランシュ家のご令嬢ともあろう者が冒険者になりたいだなんて、家の人が許してくれるのか?

アンヌマリー

父は、わたくしのいたす事に反対いたしませんわ

リシャール

ええ……?

明らかに猫である彼女がなぜマルブランシュ家の養女として引き取られたかは、よくわかっていない。当主が昔飼っていた猫が故郷に帰って生んだ子だとか、富裕層の居住区の入り口に捨てられていた彼女を当主が拾ってきたのだとか色々噂があるが、どれも「なぜ飼い猫ではなく養女として育てたのか」の説得力ある説明にはなっていない。

ただ言えることは、当主と奥方、それに次期当主であるアンヌマリーの兄は、彼女を家族として分け隔てなく慈しみ育てているという事。そして、それ以外のマルブランシュ家の関係者や、彼女がもう少ししたら嫌でも関わり合わなければならない、他の上流貴族たちの中には、アンヌマリーをただの猫だと侮蔑している人が少なくない事である。

案外、彼女が冒険者になろうとする理由の一つは、そんな心無い人々のいる社交界から逃げたいという気持ちもあるのかもしれない。

もちろん、最も大きな理由は――

アンヌマリー

ダーリンの行くところ、このアンヌマリーありですわ

この世界の猫の御多分にもれず、シャルルを溺愛しているからである。

そんなことを考えているうちにシャルルたちは、冒険者学校への進学を希望する生徒のための説明会が開かれる大部屋に着いた。

エルフ先生

皆さん集まりましたね。
時間ですので冒険者学校についての説明を始めます

僕らが着いてほどなくやってきたエルフ先生が教壇に立つ。エルフ先生は人間嫌いが多いエルフ族でありながら、人間の世界で長く冒険者をしていて、非常に困難かつ重要なクエストに何度も携わり、その功績が認められて騎士に叙勲されたという華々しい経歴を持つ。今は冒険者を辞め先生をしているが、ここにいる冒険者志望の子供たちから見ればちょっとしたレジェンドだ。

エルフ先生

冒険者には、十数種類もの「職能」があり、クエストは通常、職能の異なる数人がパーティを組んで参加することになります。

エルフ先生

皆さんのような志望者に人気の職能の一つである剣士は物理攻撃能力は高いですが、ダメージを受けると回復の手段がアイテム頼りになりますし、物理攻撃無効の属性を持つゴースト系の魔獣は倒せません。それを補うために、治療師、魔法遣いなど他の職能を持つ冒険者と組むことで、互いの短所を補い合うのです。

それからエルフ先生は、十数種類の職能一つ一つについて、大まかに説明していった。それらを聞きながら、俺はシャルルにどんな職能を勧めるべきか考えていた。

今しがたエルフ先生の言った『剣士(ソードマン)』『治療師(ヒーラー)』『魔法遣い(ウィザード)』は、パーティの基本構成要素ともいえる職能で活躍の場は広いが、なり手も多く競争が激しいし、何よりソロでは活躍できない欠点を持つ。

シャルルに勧めるなら、ソロでもなるべく色々なクエストに対応できる職能がいい。俺がシャルルに冒険者になってもらいたいのは、クエストのついでに猫を探すためだ。人間っぽくない、俺の前世では当たり前だった姿の猫を。幸いにもシャルルはその猫を探す旅に結構乗り気だ。シャルルの協力はある程度得られるだろう。

だがそうなると、『このクエストで向かう先に猫がいそうだ』とかいう風に、猫探しのために受けたいクエストというのがどうしても出てくる。その時に、協力してくれる仲間を探さなければいけないのでは面倒だ。ソロでクエストを受けられる可能性が少しでも高い方がいい。

かと言ってソロでしか行動できないのは困る。ソロである程度戦えるけど、パーティの中で他の職能とお互いを補い合うと考えると使いどころが難しい、というような職能では、かえって活躍の幅を狭めてしまう。パーティからも参加要請が来そうな職種で、ソロにも対応可能な職能が理想だ。

そうなると、候補となる職能は二つある。一つは『斥候(スカウト)』。元々は戦場において、少人数で軍の本体の進路を先行し、道中に困難があれば報告したり、可能なら排除したり、あるいは敵の陣形や兵力の調査などを行うのを斥候という。冒険者の職能としての斥候も、調査クエストなどで活躍する。

その性質上、野営などのスキルに長けている点が、ソロで活躍するうえで利点となる。ソロでのクエスト参加は、戦闘以外の道中の困難、例えば衛生的な水が確保できないなどといった問題に一人で対処しなければならないので、そのスキルに長けているのは重要なのだ。

さらに元々敵情視察が仕事だっただけあって潜伏系スキルも得意だ。勝てない敵に対しては、身を潜めてやり過ごすことができる。一人で物理攻撃無効の魔獣から、魔法攻撃無効の魔獣まで対応することは困難だから、敵から逃げたり隠れたりが得意なのは利点となる。

同じ理由で『狩人(ハンター)』もソロ向きだ。狩人だって狩場となる平原や森の中で何日も野営し、獲物を追うわけだから、道中の困難に対応する能力には長けているし、身をひそめる能力だって当然高い。斥候と狩人が、俺の目的には合致していると言える。

他に、猫探しという目的には合致ないけれど、シャルル向きかなと思える職能も二つばかりあった。

一つは、『魔術技師(ウィッチエンジニア)』。魔術の基本要素である地・水・風・火の魔力の流れを操り、様々な魔術を作り出す技術者だ。

この『魔術技師』のやることは、俺の前世の世界で言うプログラマに似ている。古来より伝わるルールに則って、プログラムを組むようにして呪文の文句を組み上げ、紙に記していく、そのプログラムを使って、情報の代わりに魔力の流れを処理する。

やることがプログラマに似ているから、俺としても前職の経験を活かせると思うし、俺を抜きにしてもシャルルの性格は割とプログラマ向きだと思うから、魔術技師は合っていそうだ。

ただこの魔術技師、呪文を記した巻物を作ってしまえば、それをクエストに行く冒険者に渡してしまえば自分はそもそもクエストへついていく必要すらない。冒険者と呼べるかわからない裏方なので猫探しには向かない。

もう一つシャルルに向いていそうな職能が、『猫遣い(キャットテイマー)』。人間のために作られた唯一の人工魔獣である『猫』を操り、他の魔獣を倒す職能だ。

猫は特別な訓練を受けていなくても、ネズミ程度の弱い魔獣なら倒してしまう。訓練した猫を何匹も手懐ける猫遣いは、実はかなり強力な職能なのだ。

弱点としては、食糧の確保が難しいクエストには不向きなこと。猫たちは人間と同じくらい大きいから、人間と同じだけの食糧を必要とする。それに加えて、直接の戦闘員ではない猫遣い本人も一人分の食糧を食べる。必然的に携行しなければならない食糧が増えるのだ。

魔術技師と猫遣いは、シャルルが希望するなら反対はしない、程度に考えておこう。エルフ先生がすべての職能を説明し終える頃に、俺の考えはまとまった。

エルフ先生

というわけで、職能について紹介しました。
皆さんは冒険者学校へ入学する三ヶ月前までに、自分がどの職能を志望するかを学校へ知らせなければなりません

エルフ先生

職能は冒険者になった後からでも変えられますが、剣士から治療師へなど、全く違う職能への転向は困難を伴います。
学校で懇切丁寧に教えてくれる状況と違い、卒業後の転向は独学ですべてを学ばなければいけませんから

エルフ先生

一生を左右する重大な決断です。
既に希望する職能を決めている人でも、私やご両親などに良く相談して、もう一度考え直してみるのもいいかもしれませんね

以上で職能についての説明は終わり、エルフ先生の話は冒険者学校の大まかなカリキュラムや、冒険者になった後の心得などに移っていった。

シャルルは真剣にエルフ先生の説明を聞いている。その胸は、将来への期待に高鳴っていた。

(続く)

ダーリンの行くところ、このアンヌマリーありですわ

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