遵(まもる)

 すまん周音、家のこと頼む。帰ったら宿題見てやるから。

周音(あまね)

 いいっていいって。楽しんできて。

 良い悪いはともかく、どこの家庭にも役割分担というものはある。
 父親をデートに送り出してやるのも、一人娘の私の仕事だ。用事のない土曜日に、私は留守番を買って出た。

遵(まもる)

 お土産買って来る!

 どたばたと家を出て行く。お土産は期待できそうもない。

周音(あまね)

 別にいいんだけど。

 とりあえず、洗濯機のスイッチを入れる。我が家の洗濯機に乾燥機能はないから、天気予報を確認しながら。
 お父さんが掃除に情熱を燃やす人なので、居間に目立った汚れはない。でも埃くらいは払っておこうとダスターを手に取り、部屋を見回すと、洋服だんすが目に入った。

 それは、今までお母さんの写真があったところだ。でも、今はもうない。

周音(あまね)

 ……そうだよね。

 たんすの上を一度だけ、ダスターで払った。

 掃除もそこそこに、テレビをつけてくつろいでいたら、急に玄関チャイムが鳴った。

周音(あまね)

 お客さん? 押し売りとかだったらアレだなあ。

 いやいや、こんなときこそインターホンの出番。我が家のはカメラモニター付きだ。
 通話ボタンを押すと、小さな画面に見慣れた顔が映った。

凜音(りいん)

 あまねーちゃん、ひましてるー?

周音(あまね)

 凜音ちゃん! 珍しいね。

凜音(りいん)

 ん? んー、ちょっとね。

周音(あまね)

 待って、今開ける。

 私はすぐさま、この小さな来客を迎え入れた。

周音(あまね)

 どうしたの? 宿題でわかんないとこでもあった?

凜音(りいん)

 わかんないとこ? ないよ。あたしあたまいいし。

周音(あまね)

 よく言うなあ……ってあれ? どうかした?

凜音(りいん)

 えっ、ううんなんでもない。
 そうだ、おかしもってきたよ、おかし!

周音(あまね)

 こんなにたくさん! 之愛さんが持たせてくれたの?

凜音(りいん)

 うちからちょろまかしてきた。

周音(あまね)

 なんという……まあいいや。
 あ、飲み物要るよね。ジュースがいい?

凜音(りいん)

 んー、おちゃがいいかな。てでざりぜ。

周音(あまね)

 テデザリゼ? たぶんあるけど……ちょっと待ってね。

 確か、戸棚の中にあったはず。テデザリゼはお父さんのお気に入りで、時々一緒に飲むことがある。まあ、少しくらい失敬しても問題ないだろう。

周音(あまね)

 とは言ってみたものの……これかな?

 ところが、一つ問題があった。ラベルの字が読めない。アルファベットではあるのだけれど、中学で習っている英語とは明らかに雰囲気が違う。

周音(あまね)

 いたしかたない。

 私は、お茶の缶やパックを片っ端から開け、かつてお父さんがテデザリゼと呼んでいたのと同じ香りを探し始めた。
 Thé des Alizésと書くことを知ったのは、もう少し後の話。

周音(あまね)

 これでいい……はず。

 なんとか、あの甘酸っぱい香りのする茶葉を見つけることができた。葉を蒸らすのもそこそこに、私は二つのカップをトレイに出して、お茶を淹れた。フルーティな香りの湯気と一緒に、疑問も湧いてくる。

周音(あまね)

 なんでテデザリゼなんだろう。

 お茶好きな小学生がいてもおかしくはないけれど、テデザリゼはどこの家庭にも置いてあるものじゃない。それをいきなり指名してくるのは。

周音(あまね)

 テレビか何かで見たのかな?

 まあいいか。早くしないと、凜音ちゃんも待ちくたびれてしまう。私はトレイを提げて居間に戻った。
 が。

凜音(りいん)

 !!

周音(あまね)

 何……してるの?

 

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