戦いを止めに入った我は

         オータと勇者

      2人がかりで止められた

嬢ちゃん! 危ないから
ここから離れな!

鈴音、危ないから離れていなさい!

勝手なことを言うでないわ
2人とも

      自分のことは棚に上げ

    好きな事を言う2人に腹が立つ

これはやはり
我が思い知らせて
やらねばならぬな

とはいえ、2人同時に
相手どるのは無理じゃ
ここは1人ずつ
叱りつけてやらねば

そうと決まれば
まずは――

  我は背中に庇っていたオータに身体を向け

        言ってやった

なんでお父さんと
喧嘩なんかするの

喧嘩なんかしちゃ
ダメなんだよ

え……いや、喧嘩っていうかな……

   幼女に怒られて調子が狂ったのか

   戸惑うように黙ったオータだったが

……喧嘩じゃないんだよ、嬢ちゃん
こいつは……弔いなんだ……

   オータは自分の腹に呑みこんだ物を

     一つ一つ吐き出すように

       とつとつと返す

昔な、フェンリルって
魔王が居たんだよ

そいつは歴代の魔王の中でも
最強の魔王だったんだ

ふふん。当然よ

でも、ガキんちょでなぁ

なんじゃと

こやつ、そんな風に
思っておったのか

 今さらながらに聞かされる元配下の気持ちに

        ちょっぴり

  そう、ほんのちょっぴりだけ凹んでおると

       オータは更に続ける

先代の魔王が死ぬ
一年前に生まれて

そこから2年で
勇者と戦って
死んじまったのよ

魔族と人間が全員で
殺し合いをしなくても
すむようにするためにな

…………

  オータの言葉を勇者は静かに聞いている

     当事者の一人である勇者も

     何か思う所があるのだろう

感傷的なヤツらじゃ
まったく

       我と勇者が戦った

    種族の覇権を賭けた代理戦争

   あれはやるべくしてやったことだ

ああでもしなければ
収まりが付くどころか
魔族が逃げる時間も
稼げなかったからの

       増えすぎた人間が

   その口を賄うために魔族の生存域へと

    なだれ込もうとしていたあの時

魔族とて
戦いが不得手の者もおった

そやつらが戦場となる場所から
逃げる時間を稼いでおらねば
酷いことになっておっただろう

じゃから我は、あの戦いを
なに一つ後悔しておらぬ

ちゃんとオータ達が
戦えぬ者達を連れて
逃げてくれたのじゃからな

じゃというのに
こやつはまったく

    今まで腹に溜まっていたものを

     吐き出し続けるオータを我は

     ため息をつくように見詰める

俺は、アイツと一緒に
戦ってやれなかったんだ

……だからせめて
今からでも戦ってやりたいんだ

そんなもの頼んでおらぬわ
バカモノめ

律儀なのは良いが
程度があるじゃろうに

本当に、ばかものめ……

     ため息をつくような気持ちと

       苦笑するような気持ち

  そのどちらもが混ぜ合わさった気持ちを抱き

        我はオータに言った

おじちゃんは魔王のために
お父さんと喧嘩してるの?

……あぁ、そうだよ。嬢ちゃん

だったら私も
おじちゃんと
喧嘩するからね

は? って、嬢ちゃん――

えい!

    我は、ちっちゃな手を握りしめ

    オータのヤツを、へちりと叩く

痛い……

  魔法で身体強化しているオータの体は

      鉄を殴るようなもの

  殴りつけても我の手が痛いだけでしかない

         だが――

痛いけど、我慢じゃ!

 ぽかぽかと、痛いのを我慢して叩いていると

  オータのヤツの方が泣きそうな表情で

     止めるように懇願する

ちょ、嬢ちゃん!!
怪我しちまうぞ!!
頼むから止めてくれ!!

嫌!!

なんでだよ……

     身体強化魔法を解いたのか

     オータをぽかぽか叩いても

     今までよりは手が痛まない

  それでも鍛えられたオータの体を叩くのは

      幼女の手には痛すぎる

    それでも我が止めないでいると

勇者の旦那!!
頼むから止めさせてくれ!

…………

      勇者が何か返すより早く

         我は言った

なんでお父さんに言うの
関係ないよ

関係ないって……
そんなことねぇよ

大事な誰かが
傷付こうとしてるのに
止めねぇ奴は居ねぇよ

だったら魔王だって同じだよ!!

      我は想いを込め言った

お父さんから聞いたよ
お父さんが戦った魔王は
仲間想いだったって

仲間を助けるために
わざと自分と戦ったんだって

それなのに、今おじちゃんが
傷付いたら魔王だって悲しむよ

絶対……絶対そうなんだからね

…………っ

…………

     我の言葉にオータと勇者は

       何も言えなくなる

     そうさせてしまった事に

      チクリと胸が痛むが

   2人をこれ以上戦わせないために

    途中で止める訳にはいかない

おじちゃんが魔王のために戦うなら
私はお父さんのために戦うもん

そしたら私のお母さんだって
戦うし、おじちゃんの友達だって
きっと戦うことになるんだよ

ずっと……ずっと
それが続いちゃうんだからね

     戦わねばならない時はある

     戦う時しかない事だってある

     でも今は、そうではないのだ

       それでも戦えば

     次の戦いに繋がってしまう

そんなもの、オータ達にも
勇者達にもさせてたまるものか

       だから我は手を握る

おじちゃんが喧嘩を止めるまで
私だって止めないんだからね

        痛みを我慢し

        我はオータを

      ぽかぽかと叩き続けた

…………

  よろりと、我の拳を受け続けたオータは

   力なく崩れるように地面に座り込む

い、痛かった……?

   思ってもいなかった弱々しいオータに

     恐る恐る我が聞くと――

……嬢ちゃんの
言いたい事は分かるよ

   絞り出すような声でオータは言った

でもよ、それでもよ
心が納得できないんだ

せめて、せめて一撃だけでも
勇者の旦那を倒せるぐらいの
一撃を魔王のヤツに
手向けてやりたいんだ

魔王のヤツが、そんなこと
望まない事は分かってるし
全部、俺の勝手な気持ちだって
分かってるんだけどよ……

それでも、どうしても
思っちまうんだよ

……すまねぇな、嬢ちゃん

だったら私がお父さんを
やっつけてあげる!

……へ?

         我の言葉に

    思わず間の抜けた声を上げるオータ

    そこへ畳み掛けるように我は言った

おじちゃんは魔王のために
お父さんをやっつけたいんでしょ?

だったら、私がそうしたって
同じことだもん

だから私がおじちゃんの
代わりになってあげる
だから――

もう、危ない事しちゃ
めっ、なんだからね

……嬢ちゃん

     何か言いたげなオータに

    これ以上言わせる暇を与えず

  我は今生の父たる勇者に身体を向ける

鈴音……

この手だけは
使いたくなかったのじゃが

      勇者の娘として転生し

  共に暮らす中で思いついた必殺の一撃

 しかし決して使うまいと決めていたそれを

       我は口にした――

お父さん……

……?

喧嘩をするような
お父さんは私――

嫌い

…………

ガハッ!!

     膝から崩れ落ちるようにして

       地面に倒れ伏す勇者

ふっ、勝った

などと勝ち誇る気にもなれん

勇者のヤツ、どれだけ
我のことを好き過ぎるんじゃか

うっ、うう、そんな……

お前、転生前の我と
戦い終わった後にも
泣いておらんかったのに
こんな事で泣いてどうする

まったく、勇者のヤツめ

   苦笑するような気持ちを抱きながら

     我はオータに身体を向ける

これで良い? おじちゃん
お父さん、やっつけちゃったよ

え、あぁ……うん……

う、うぅ……嫌われた
鈴音に嫌われたぁ……

えっと……

       地面に倒れ伏したまま

      シクシクと泣き続ける勇者に

   オータはため息をつくような間を空けた後

ははっ、強いなぁ
嬢ちゃん

      憑き物が落ちたように笑い

     すっと立ち上がる。そして――

嬢ちゃんの勝ちだ
俺の負けだよ

もう、勇者の旦那に
喧嘩売るような真似は
しねぇから

安心してくれよ、嬢ちゃん

ホントに!

ああ、約束だ

好かった! えっと――

ごめんね、叩いたりして

      我が叩いた所を撫でると

気にすんな、嬢ちゃん
そういうのも必要な時もあら

ありがとな。それよりも――

その、勇者の旦那を
慰めてやりな
さすがにちょっと
居たたまれねぇから……

死のう……娘に嫌われるなど
生きていく価値が……

お前どこまで
落ち込む気なんじゃーっ!

こうなることが分かっておったので

この手は使いたくなかったのだが

使ってしまったからには仕方ない

あとは、こちらも使いたくなかったが

使わねばなるまい

お父さん――

    勢いをつけるための間を空けて

         我は言った

酷いこと言って、ごめんね
私――

お父さん、大好き

……

…………っ!!

    喜色満面で一気に起き上がる勇者

復活するのが早いわ
ばかもの~

     色んな意味で恥ずかしくなる

うぅ、顔が赤くなって
おらんじゃろうな

   恥ずかしさで顔が熱くなってるので

    我がそんなことを気にしていると

オータっ!!

オータ!!

きゃうきゃう~

   事態の推移を見守っていたリザ達が

      こちらに走り寄ってくる

     それに、オータは苦笑すると

       勇者に身体を向けて

勇者の旦那。今回の件は
全部、俺の勝手が招いたことなんだ

だからアイツらには――

好い、果し合いでした
オータ殿

      我が何か言うよりも早く

      勇者は穏やかな声で言った

……それで、良いのかい?

はい。最初から
そう決めていましたから

魔王を殺した、あの時から

私は、自分の成した事から
逃げまいと、決めていたんです

……そうか……

それに、戦う前に
娘に約束しましたから

……お父さん?

        いぶかしる我に

   勇者は穏やかな笑みを浮かべながら返した

鈴音を傷つけるようなことは
しないって、言っただろ?

愛娘との約束は
お父さん、絶対に守るよ

……うんっ!!

    我は、ぎゅっと勇者の足に抱き着く

まぁ、これぐらいの褒美ぐらい
くれてやっても良かろう

     寛大な心で我が思っていると

鈴音!!

      感極まったかのように

      勇者は我を抱き上げる

まったく人前で
恥ずかしいヤツめ

今日だけじゃからの

   我が恥ずかしさを我慢していると

     近くまで来たリザ達は

もう、良いのか?

……あぁ。面倒かけちまったな
すまねぇ

良いよ良いよ
誰も死んじゃわなかったんだし

きゃうきゃう~♪

……ありがとよ

     仲間に礼を言ったオータは

    勇者と我に身体を向けて言った

勇者の旦那にも
嬢ちゃんにも
悪い事しちまった

いずれ日を改めて
謝りに行かせて貰うよ

いつでも、訪れて下さい

待っていますから

……そうか

嬢ちゃんが好きそうな
旨い物いっぱい持って
その時はお邪魔するよ

ホントに!!
だったら、お菓子が良い!!

         幼女の本能か

       思わずねだってしまう我

仕方あるまい
今の我は幼女なのだからな

      幼女なんぞになったのは

        不本意ではあるが

 なったからには楽しまねば損というものである

何よりオータのお菓子は
絶品じゃからのぅ

今から楽しみじゃ~♪

   などと、内心ウッキウキしていると

ははっ! 良いぜ!
いっぱい持って行くからな!

なら俺も、ジュースにすると
美味い果物や野菜を持って行くだろ

期待して待っててね!

うん!!

  更に我の期待を上げてくれるようなことを

      オータ達は言ってくれる

          すると――

はっ、これは……
いかん、私だけが
鈴音に何もやれていない

お父さん……

  何やら対抗意識を燃やしているっぽい勇者に

     激烈に嫌な予感を感じていると

そうだ鈴音!!
高い高いしてやろうな!!

え!?

いやしなくても――

       制止する間なんぞなく

そ~ら、高い高~い

ひああぁぁぁぁぁ……――

お父さんの、バカーっ!

飛んだーっ!!

ゴマ粒みたいに
なってるだろーっ!!

やりすぎだよーっ!!

え?

ひゃうん~

  はるか下でオータ達の叫びを聞きながら

  我はまた、空に投げ上げられたのだった


        それが我の日常

      魔王から幼女へと転生した

        我の日常なのだ

        騒がしく賑やかで

        楽しい日々である

それはそれとして
絶対にまた嫌いと
言ってやるからのー!!

  などと心に誓う、いつもの如き一日であった

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