勇者とオータ

  2人の内、先に仕掛けたのはオータだった

雄オオオオッ!!

    無詠唱による身体強化魔法を使い

      地面を抉るような勢いで

     オータは一瞬で勇者に肉薄する

爆ぜろ!!

  拳の間合いに踏み込むと同時にオータは

    触れた者を爆破させる拳撃魔法

       爆拳を撃ち放つ

       まともに食らえば

  勇者とて、無傷では済まないそれは――

イレイズ!!

     勇者の左腕に受け止められる

消去魔法か!

  相手の使用する魔法以上の魔力を消費し

   その効果を消し去る魔法、消去魔法

  だがそれは、通常1種類の物に対してのみ

拳撃魔法を打ち消しても

     オータの身体強化した拳は

   ただの人間であれば受け止めただけで

    木端微塵に吹っ飛ばす威力がある

       しかし、勇者は無傷

勇者め、あやつも
身体強化魔法を
同時に使っておるな

       同時に複数の魔法を

    それも系統の違う物を使うのは

  それだけでも熟練した力量が必要となる

  2系統の魔法を同時に使いこなしている

  勇者とオータは、それだけで一流と言えた

  だが、2人の戦いは一流すら飛び越える

スラッシュリッパー!

ちっ!

      勇者が繰り出した手刀

  その軌道の延長線上に不可視の斬撃が走る

  それはオータが居た場所を切り裂き抉る

         だが――

こっちだ!

    勇者の攻撃を避けると同時に

     死角に移動したオータが

     再びの拳撃魔法を撃ち放つ

あまい!

      即座に反応した勇者が 

       最初のように防ぐ

     途切れぬ攻防は無数に続き

    周囲を切り裂き抉り爆破していく

       攻撃の余波だけで

    地形すら変わっていく戦いの中

  両者の拮抗を崩すきっかけを作ったのは

         勇者だった

破っ!

ぐふっ!

       繰り返される攻防の中

      僅かな隙を見出した勇者は

         鋭い蹴りを放ち

      腹で受けたオータは衝撃で

       勢い良く吹っ飛ばされる

    だが、それこそがオータの目論見

しまっ――

遅せーよ

     蹴り飛ばされ距離を取ること

      それこそがオータの狙い

      距離を稼いだオータは

    大規模魔法の完全詠唱を唱える

火霊サラマンドラよ
我が魔力を食らい
現世に堕ちよ――

止めるには――
間に合わんか

     魔法を止めるには距離があり過ぎ

       さりとて消去するには

    魔力消費が膨大になり過ぎることを

    瞬時に判断した勇者は防御魔法を使う

    その瞬間、オータの魔法は放たれた

スピルイグニス(火霊よ)
ミッサ(巡礼の如く)
クルーリェ(舞い狂え)

   勇者の視界全てを覆い尽くさんばかりの

  膨大な爆炎が城壁の如く勇者の周囲を圧する

     それを防御魔法で防いだ勇者は

    未だ晴れぬ爆炎に視界を塞がれていた

右か左……それとも
真正面から来るか

       炎の大規模魔法

      それを受けながら勇者は

     魔法を放ったオータの狙いが

     視界の遮断と足止めだと気付く

火霊サラマンドラによる
炎の檻

下手に越えようとすれば
その瞬間の隙を突かれ

かといって、このまま留まれば
炎の壁で視界を封じられたまま
追撃を受けるのは確実

……ならば、どちらにせよ
先手を取られるは必至

ここは先手を捨て
後の先に賭ける!

  相手の攻撃を受ける覚悟を決めた上での

        カウンター狙い

     幾度と繰り返された戦闘経験

  それに裏付けされた判断を勇者は即座に行う

    しかし、オータの方が一枚上手だった

炎が――

   周囲を覆っていた炎の全てが消える

 オータにより、この世界に顕現させられていた

       火霊サラマンドラは

 オータからの魔力供給をカットされると同時に

        全ての炎と同時に

  その炎により発生したすべての熱もろとも

       この世界から消滅した

     その瞬間、暴風が勇者を襲う

揺り戻しの風か!!

      膨大な炎と熱により膨張し

        弾かれた空気が
 
       炎と熱の消失により

   一気に勇者の周囲になだれ込んでくる

   まさしく暴風としか言いようのない中で

来る!!

    オータの襲撃を予測した勇者は

       周囲一帯前後左右

     全ての気配を探り構える

         だが――

   ――オータが居たのは上空だった

世界に融けし偉大なる魔王
風の霊となりしシルフィードよ
御身に我が魔力を捧げ願い奉る

 炎の大規模魔法を勇者に放っていたオータは

    ほぼ同時に質量軽減の魔法を使い

     はるか上空へと跳び上がり

     必殺の一撃を叩き込むべく

 すでに呪文詠唱のほぼ全てを終わらせていた

征くぜ――

シルフィード(風の霊よ)
ウートメテオール(流星の如く)
フラゴールメウム(我を落せ)

     オータは暴風をまとい

   自らを弾丸として勇者に突撃する

これで仕留める!!

        まさしく一瞬

 はるか上空から勇者へと飛び落ちてきたオータに

あぶな――

         思わず我は

    勇者に向け声を上げそうになった

     しかし、それよりも早く――

上か!!

   オータの攻撃に気付いた勇者は

   無詠唱による防御魔法を発動させ

     真正面から受け止める

雄オオオオッ!!

グァッ!!

 激音と共に、ぶつかった2人は共に吹っ飛ぶ

  ぶつかった地面を抉りながら跳ね上がり

      それでも勢いは消えず

  更に数度跳ねるようにして地面にぶつかる

    そこでようやく激突の勢いが消え

       2人は立ち上がる

……さすがです

……クソ、ダメか……

     ここにおいて勝負はついた

       不意打ちにも似た

   持てる限りの力を込めた最大の一撃

       しかしそれですら

勇者にまともなダメージを与えられてはいなかった

……勝てねぇか……

      僅かに与えた傷すら

     瞬く間に魔法で癒す勇者に

    オータには諦めの表情が浮かぶ

       だがそれでも――

退けねぇよな

    オータは戦意を無くすことなく

       戦いの継続を望む

       そして勇者は――

…………

  無言のまま、オータへと近付いていった

だ、ダメじゃ、こんなの

     止まらぬ戦いに、我は思う

このままでは
我の時と同じことを
繰り返してしまう

     生まれ変わった今でも

     我を殺した勇者の表情は

     魂に刻まれ憶えている

       なつかしき配下の

    オータの笑顔を我は覚えている

また我は、勇者の泣き顔を
見なければならぬのか

我のために戦う配下を
助ける事も出来ぬのか

…………

いやだ!! そんなのは認めぬ!!

止めねば!!

  我はオータと勇者、2人の前に立つべく

    この場から走り出そうとする

         だが――

くっ、魔法障壁か

  ゴンザのヤツめが張った魔法障壁に阻まれ

    その場から出て行く事が出来ない

ちょ、危ないよ!

   心配そうに声を掛けてきたリザに

助けに行ないの!?

       我は促すように言う

         しかし――

ダメだろ、そんなことしちゃ

オータのヤツは
一対一で戦うって言ったんだ

勇者もオータの願いに
応えてくれたのに
約束を破る真似は出来ないだろ

そうだよ。それに――

いま私達がオータの助けに行ったら
キミを戦いの余波から守ってあげる
役目を果たせないよ

      ゴンザとリザの2人は

   頑なに、この場から動こうとしない

そんな事を言っておる
場合ではないわっ!!

    動かぬ2人に我が憤っていると

きゅ~

きゃうっ!!

   玉藻は魔法障壁の前まで走り寄ると

      肉球でパシパシ叩く

        その途端――

  ゴンザの張っていた魔法障壁は消え失せた

嘘だろ!!

ちょ、これって――

消去魔法!!

玉藻のヤツめ
やりおるわ

この隙に!!

    予想外のことに慌てている

    リザとゴンザの隙を突いて

      我はオータと勇者

      2人の元に走り寄る

あっ! ちょっと待つだろ!

危ないよ!

うーっ、ひゃんっひゃんっ!!

     我を止めようとする2人に

       玉藻が吠えて遮る

よくやった玉藻!
あとでとっておきの
お菓子をやるからの!

       ほんの僅かとはいえ

 時間を稼いでくれた玉藻に心の中で礼を告げ

   その間にオータと勇者の元に辿り着く

嬢ちゃん!

鈴音!!

    慌てたように声を上げる2人を

       あえて我は無視し

     オータを背中に庇うように

  そして勇者の前に立ち塞がるように立ち

これ以上、喧嘩しちゃだめーっ!!

    我は2人を止めるべく言ったのだ

元魔王さんは戦いを止めたいようです

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