そうでしたか……

レインフォード

はい。東の山へ逃げて行きました。

追いかけたのですが、見失ってしまいまして……やはり、東側に多く発生していることと、何か関係があるのだと思います

浜松火山

フィリルさん。

あなた、人具に乗って空を飛んでいたと仲間から伺いました。

それで吸血鬼に追いつき、一撃見舞っていると

レインフォード

あれは、たまたまです

赤石賢誠

レインフォードさん、やっぱ飛べたんですねー。

愛のパワーは凄い凄い……

レインフォード

ちょっと黙っててくれるかな、Ms.サトミ?




 ルームフェルから逃げられたサトミはしょんもりしながらも、現在の進行状況を伺った。


 サトミが貫徹で夜明けと同時に龍脈による結界は張り終えた。

 すでに昨日のうちから町全体に避難勧告は出してあり、本日の朝から迎え入れるということになっていた。



 もう何人かの町人達は避難を始めており、さきほど飛騨がひっくり返したお椀を片付けていた人達は避難してきていた町人だった。






 だが、まだ朝とあって避難は五分の一しか進んでいない。


 これから順次、避難が困難な者達に声を掛けて手伝っていくと言う。





 当然、レインフォードも手伝いたいところだが、何分、彼らの言語が理解できないため、手伝えることは少ない。

 近藤はそれでも良い。むしろ、十分だと言ってくれた。





 食糧の備蓄は申し訳ないが、町人の善意でいただくことになった。

 八百屋から無償で貰ってしまうと、吸血鬼が退治された後に彼らの商売が赤字になってしまうからだ。

レインフォード

そういえば、カロンはどうした?

赤石賢誠

え?

 するとサトミは、あ、と視線をあっちにやった。

赤石賢誠

る、ルームフェルと丸ごと変身させちゃいました……

魔道具も一緒に変身とか出来るのか?

赤石賢誠

それだと着用している服が変身対象にならないということになります。

魔法が解けたら野郎の素っ裸をご開帳なんて、どこの悪辣なシチュエーションですか?

赤石賢誠

女性なら歓迎ですが

レインフォード

一言が余計だ




 変身魔法と言うのは、基本的に魔法の箱に本体を入れて、その箱が変身するという形状を取る。


 今回、ヴァンパイアをしとめ損ねたのも、変身魔法である『コウモリ』の形をした箱をぶった切っただけなので、ヴァンパイアはルームフェルのダメージを食らっただけで死に至っている可能性は低い。

レインフォード

今すぐ解いてきてくれないか。
彼にも現状を伝えておくべきだと思うのだが……

赤石賢誠

あ、えーっと……

レインフォード

……どうした?

赤石賢誠

じ、実はですね、その……

 


 サトミはキョロキョロと視線を這わせて、ライトを一瞥。

 ライトは肩を竦めて、申し訳ない、と頭を下げる。


ライト・ネスター

ルームフェルはギルドに入る前の仕事が影響してて、隠密術が得意なんです。

現在、子狐の姿で逃げられたので、おそらくサトミも俺も見つけられません

レインフォード

魔力感知できないのか?

ライト・ネスター

サトミは本来なら出来るのですが、彼女の場合は鍵がかかっておりまして

レインフォード

鍵?

ライト・ネスター

鍵というのは、まぁ、例えなんですけど。

サトミの場合、ある程度、力の使用量を制限するというものなんです



 特に魔力量が豊富な子供がよく施される魔力封じだ。

 魔力の多い子供は余剰魔力が感情に呼応するように出現する。





 レインフォードが怒った時、炎が燃え上がった現象のことだ。




 魔力属性が『雷』であれば辺りに放電する、『水』であれば辺りはびっちゃびちゃ、『氷』であれば凍ってしまう。



 子供のうちは、まだ上手く制御できないのでその制御が必要になる。



 そしてサトミは、その制御を受けなければいけないぐらいに魔力の操作が下手なのである。



 サトミは血相を変えて、とりあえず探してみる、と部屋を飛び出していった。


レインフォード

魔力互換能力が低いと、そういう弊害もあるのか

ライト・ネスター

えぇ。なので彼女はどうしても魔力感知は下手なんです。

でも、龍脈の感知などは封じているはずなのに上手いので、きっと解除した状態だと常時聞こえる状態なのかもしれないとマスターは言っていました

レインフォード

それは……なんか、煩そうだな

ライト・ネスター

……



 するとライトは目を丸くしてから、うっすらと微笑んだ。

ライト・ネスター

よくお分かりで。

サトミは魔力感知を『聴覚』で行うらしいんですよ

レインフォード

つまり、耳?
耳でも聞こえるのか?

ライト・ネスター

えぇ。
耳鳴りがしたら幽霊が居る、という迷信があるでしょう。

あれは、あながち間違いではないんです。

魔術師にはそういうものを耳で感知する人間もいるんです。


飛騨さんの『嗅覚』よりは数が多いそうですよ。

なので、サトミはすごく耳が良いんです。

その影響なのか、何か物音がすると過剰反応するんですよね……――



 とりあえず、ライトもルームフェルを探しに行くことにするという。

 何かあれば呼んでくれと、彼も出て行ってしまった。


 ルームフェルと共に消えた以上、彼らに任せるしかない。




 ――…飛騨の、言う通りなのだ。



 空中で応戦したからか、随分身体がだるい。
 魔力を使い慣れていないせいだろう。

 人具で空を飛べることなど、つい一昨日に知ったばかりだ。
 それで昨日使ったのだ。

 魔力をそれほど使い慣れているわけではない自分には、苦しいものがある。


レザール

……レイン坊ちゃん


 レザールが、不意にレインフォードへ声をかけた。

レインフォード

何だ?

レザール

少々、気になったことが




 レインフォードとレザールはこっそりと話し合う。

 結局か、それともやはりと言うべきか、二時間後の十二時過ぎにルームフェルが戻ってきてカロンと通信が取れることになったのだった。

























町人の避難が完了しましたら、東の山を手分けして探しましょう。

完全な避難が完了していれば、例えこの場所に気づかれたとしても結界が護ってくれます。

ですが、生きている人間などの出入りには、くれぐれも注意してください



 吸血鬼が根城とする可能性があるのは、まず洞窟、そして廃墟の建物があるならそこを拠点にするだろうとのこと。

 カロンは次々と可能性を示唆していき、やはり東の山について何か心当たりが無いかと問いかけた。


グールの発生場所が東に集中しているのが気になります。

噂でも何でも良いので、建物があるとか、洞窟があるとか、東の山について何か噂はありませんか……――

赤石賢誠

はーい。汐乃って、昔からあったんですか?

え? はい。

昔から汐乃はありましたよ。町ではなく、村でしたが

赤石賢誠

いつから町になったんですか?

見たところ、港町ではありますけど、栄えてるようには見えないですし

レインフォード

……

ポカッ。

赤石賢誠

痛っ!

いえ、お気になさらず。事実なので。

ここは山に囲まれているので、どうしても行商人も行き来しづらいのです。

なので、ここで取れる海の幸は都にも出回ることが無いので、絶品でも国王にはこちらまで足を運んでもらわないといけないんです





 そこで、あぁ思い出した、と近藤は拍手を打つ。


東の山の向こうに、小さな村があったんですよ。

山自体は二時間ぐらいで越えられるので交流があったのですが、地盤がゆるいのか土砂崩れが多くて彼らは汐乃に越してきたんです。

もしかたら、その廃村がまだ……

赤石賢誠

ビンゴです! 行ってみましょう!!

そうですね。その廃村の中に潜んでいる可能性があります。

ヴァンパイアには山越えなど楽勝なのでしょう

赤石賢誠

ボク達、空から覗きに行ってみます!

浜松火山

空から?

赤石賢誠

ボクの人具で飛んでいくのです!




 彼女は縁側へ飛び出すと、人具で真っ赤な船を作り上げる。

 近藤と浜松は何事かとそれを眺め目をぱちくりさせた。

 相変わらず、規格外だ。彼女の造形である簡素な作りの船にライトとルームフェルが颯爽と乗り込んだ。


飛騨零璽

俺もついて行って良いですか?

赤石賢誠

すみません。あんまり人を乗せると重くて魔力を使うので、また今度です

飛騨零璽

そう、ですか

赤石賢誠

でもでも、夕飯までには戻りますので、もし何かありましたらご報告しますから!

赤石賢誠

それに、飛騨さんの人具も見せてほしいのです!

きっと、面白いことになるはずですから!

飛騨零璽

俺の人具は、出ません

赤石賢誠

出てるじゃないですか、人具。
他人の魂をお面に変えてるでしょう?

あれが飛騨さんの人具です。
間違いありません

飛騨さんは、普通の人と同じように人具が出せないだけで、人具を扱う能力はあるはすなのですよ




 夜通し考えていたんですけどね、とサトミは目をキラキラさせて飛騨へと詰め寄った。


赤石賢誠

きっと、お面だから被って使うと思うのですよ!

誰かの魂を引っこ抜いて、それでを被る。

お面というのは、古来よりその仮面の人物になりきるために演劇では使用されてきました



 それは遡ること平家物語。

 平家物語では惨殺された武者達の供養のため後世へ話を代々伝えていくために演劇となって伝えられている。

 しかし、出演者達が呪われるのではないかと恐れられ、では顔が分からなければ大丈夫だろうとお面をつけて演じることになった。

赤石賢誠

帰ってきたら、試しにボクの魂を引っこ抜いてみてください!

被って試しに人具を出力できるかやって……――

レインフォード

では、私の同行は問題ないな?



 レインフォードは楽しげに話しているサトミの鼻先へ、焔を上げて人具をの切っ先を突きつける。

 その武器を見て、なんと、と浜松と近藤は目を丸くした。


浜松火山

我が国の『刀』ではありませんか……

はい?

浜松火山

レインフォードさんの人具ですよ。

この形状の刀は、我が国の『刀』という武器なのです




 浜松が腰から下げていた細身の鞘入りの刀を引き抜いた。

 そこから、すっと、細身の剣が姿を現す。


 形が、全く同じだ。

 緩やかなカーブを描いた片薄刃の剣は、綺麗に磨かれて美しい光沢をはなつ。まるで、月をそのまま刀にしてしまったかのような白銀。


 浜松が、うっすらと微笑んだ。今まで彼からなんとなく覚えていた威圧と言ったものが薄らいでいく。


浜松火山

まさか遠い国からいらっしゃったお人の前世が、この国の人間だなんて……そんな人と共に手を取り戦うことになるとは……魔術師や占い師ではないですが、運命的な巡り合わせを感じてしまう




 浜松は、鞘に刀を納め薄く微笑む。

浜松火山

貴方は私の部下によく似ている……

レインフォード

どんな方なんですか

浜松火山

貴方と似て整った顔の男です。
長い黒髪で、人目を引く。
佐藤という男です。

勇敢で、生真面目なところが、フィリアさんと、とてもそっくりだ。

今は吸血鬼と分かりましたが、彼は犯人を捕まえようと出たっきり、戻ってきていないのです……

レインフォード

飛騨が言っていた、彼の右腕か

赤石賢誠

じゃあ、お味噌汁、楽しみにしてます♪

えぇ。腕を奮って、お待ちしています

レザール

私も、ご同行いたします

赤石賢誠

え? レザールさん?




 すると、彼はにこりと微笑んで緑色の魔法陣を出現させると、レインフォードと自身に施してふわりと浮かび上がる。


レザール

魔術を少々。

その腕を買われて、フィリル家の警護と執事をかねております。

よろしいですかな、レンドモード様

えぇ。よろしいですよ。ちなみに、解呪能力は?

レザール

持ち合わせておりませんが、攻撃魔法と防御魔法を

中級魔法は

レザール

網羅しております

魔法陣形成範囲は

レザール

こちらの魔道具で補助すればざっと一キロ先まで





 かけているモノクルをつまんだレザール。

 魔術についてはさっぱりであるレインフォードには頭がこんがらがりそうなはなしだ。



 なんだ、その魔法陣形成範囲ってのは。一キロ先って、どんだけだ。

 というか、その眼鏡は魔道具だったのか。


どこの製品で?

レザール

もちろん、フラメル社製の上等品です

よろしい。同行を許可します





 アッサリとカロンから同行許可を貰ったレザールは、ありがとうございます、と目玉通信機に頭を垂れた。



 何事だ。

 レインフォードだってここまで取り付けるのにちょっと苦労したのに、レザールはこんなアッサリとは。



 サトミが、口をあんぐり上げてレザールにずざざざ! と詰め寄る。




赤石賢誠

フラメル社の魔道具なんですか、その片眼鏡!?

レザール

はい。やはり、魔道具はフラメル社が一番です

赤石賢誠

いくらしたんですか、それ!?





 レザールは、第興奮のサトミに一言。



レザール

五千万です。ですが、やはり支払うだけの価値はありました

 




 事実、サトミの借金の約三分の一の金額だった。


























 まさかレザールが魔術師だったなんて初めて聞いたレインフォードは少々凹んだ。

 ずっと昔から世話になっている人だ。

 それが卓越した魔術師だったなど、しかもフラメルという会社の魔道具を常時装備しているような魔術師だったとはビックリにもほどがある。


 あとで詳しく問いたださねば。

 そんなことを思っているのも束の間だった。

 彼の魔力に支えられ、船を発進させたサトミは仲間達を乗せてアッサリと飛び上がる。



赤石賢誠

良かったです! マスターが来てくれれば、こっちは安心してヴァンパイア退治できますね!




 つい先程、カロンが夜には到着すると報告があった。

 カロンが着てしまえば、ヴァンパイア退治もさくっと終わるだろう。もはや、テルファートの一大戦力が勢揃いしたような状況なのだ。


 ヴァンパイアの方も哀れで仕方ない。国を潰すぐらいの実力者達がガチで向かってくるのだ。


レインフォード

で、根城は分かっているんだろう? どこだ?

赤石賢誠

えぇ、山を越えたあたりの……――

赤石賢誠

て、え!?




 目を思いっきり丸くしたサトミがぎょっとなりながら振り返った。

 前を見ろ、危なそうだから。


レインフォード

お前達、汐乃が町になった話についてわざわざ近藤氏に尋ねたのは茶番だな。

根城の方は大方、カロンが見つけていた。

相手方に心当たりがあるのを調査するふりして、乗り込むるもちだったんだろう。

赤石賢誠

い、いつから?

レインフォード

さっきルームフェルごと魔道具を変身させたと言ったときのお前の様子がおかしかった

赤石賢誠

え。ボク、変なこと言ってません

レインフォード

コイツは女性の裸を見るなら歓迎って言葉に一抹の変態さが出ていないとでも思っているのか

レインフォード

隠し事をしようとして謝罪がなかったように思える。

お前なら、ルームフェルごと魔道具を変身させたこと、そしてルームフェルに逃げられたことについて、詫びる一言ぐらい入れるような人間だと思った




 サトミは、唇を尖らせて視線をあっちにやる。

レインフォード

まぁ、気づいたのはレザールだが

レザール

そのような方だと、お見受けしていたので




 しばしの沈黙だったが、サトミの頭の上に載っている通信機から、声がする。


正解です。
昨晩、Mr.フィリルが撃墜したヴァンパイアのあとを追いかけました。

コウモリの姿で森の中に逃げられたら見落としたでしょうが、貴方があの時、あのヴァンパイアの変身魔法を叩ききってくださったので森の中でも追跡が出来ました




 あのヴァンパイアは森まで落ちると地面に落下することなく飛行魔法を展開し、そのまま森の木々の隙間をすり抜けて山を越えたのだという。

 木々の隙間を抜けるスピードはおおよそ八十キロは出ていたそうだ。それほど正確にかつ的確に木々をすり抜けて移動できる風属性の魔術師はそういない。



 おそらく、あのヴァンパイアは魔術を専門に扱って戦っている。



レインフォード

むしろ、ヴァンパイア退治にはレザールが着てくれるのはありがたいと言うことだな

ヴァンパイアはライトとサトミが居れば問題ありません。

問題は根城にしている屋敷にどれだけのグールがいるかということです。


おそらく、サトミとライトでヴァンパイアに取り掛かることになるのでこの二人は最優先。

グールの数が少なければルームフェルだけでも応戦できますが、数が多ければ分が悪いので

赤石賢誠

そこで、レザールさんが実は超スゴ腕設定だったってわけですね!

これも運命ってわけです




 とにかく、と通話先の彼は呟く。


すでに地図は彼らに叩き込ませてあります。

お二人は、その後についていくように……――ヴァンパイアハント、開始です






 ついに、このときが来た。

 昨日は取り逃がしてしまったが、今回は……――。



 レインフォードは茜色染まりし山を睨みつける。


腕を奮って、お待ちしております




レインフォード

次は、逃がさない……!

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