吸血鬼の気配を感知したルームフェルは走り出した。


 そこに居ろと言われたわけだが、当然、黙っていられるわけがなくて追いかけた……が、予想以上にルームフェルの動きが早く、どんどん離されていく。


 鍛えている方だとは思っていたが、どうしても全然追いつかない。



 ようやく減速したかと思うと彼は立ち止まって陰に隠れる。


 地理的に、場所は宿屋の近くだ。




 ルームフェルが覗き込んでいる先に女の人影。

 綺麗な金髪に、この国の女性が着ている和服。

 目で見て、この土地の人間ではないのが分かる。あたりをきょろきょろ見回しながら、歩いているようだった。


 それに感じる……――人間ならざる者の、気配。




 レインフォードは魔力の感知は苦手だが、分かる。


 異様な存在が、そこにいる。


 自分達とは絶対的に、存在そのものが違う『何か』……――気のせいだろうか。


レインフォード

あれが……?

ルームフェル

……――警戒は怠るな。すでに気づいている可能性もある




 それだけ言って、ルームフェルは通信魔道具をレインフォードに押し付けると、その女の元へ歩み出した。

 夜風にその銀糸の髪を揺らし、無言で近寄っていく。

 女は振り向いて、その真っ赤な瞳を優美にほほ笑ませた。

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レインフォード

なんて言ってんだ?

こんばんは、だそうですよ。

この国の、夜の挨拶です




 レインフォードはじっと眺めて、目を細める。

 見れば見るほど、そのきめ細かく整った肌は女性らしい。青白く照らされ、月下美人とはこのことだろうと思う。



 だが、それもサトミの姿を見てからのせいか、それともヴァンパイアとわかっているからなのか、その女性の持つ艶やかさは魅力的には見えなかった。


 彼女に話しかけられるが、ルームフェルは一向に反応がない。

 彼女とは目を合わせているが、あれでは逆に怪しまれる……――。


ルームフェル

この国の人間じゃないな

……よく、お分かりになりましたわね

レインフォード

テルファート語を、知っている……?




 そうだ、とルームフェルは彼女の言葉を肯定して近づいていき、不愛想ながらにも今、この町は失踪者が出ていると事情を説明する。


 女は全く不自然ではない表情で、そうだったんですか、と渋面を作った。


ルームフェル

宿へ送るか?

すみません。
実はこの町に来たばっかりで、事情を知らなくて……

宿へご案内していただけ……――




 途端、女の体が一つ、大きく揺れた。

 目を見開き、硬直。

 様子が、おかしい。



 途端に、女は大きく飛びのいた。




 彼女の美しい着物には見合わない、無骨なサバイバルナイフが胸元を飾っていた。


 みるみるうちに真っ赤なシミが広がっていくその様は、まるで鮮血色の花飾りが花開き始めたかのようだった。

ルームフェル

……心臓一突きでも死なないか

レインフォード

あの野郎、殺気も放たずにい、きなり刺した!?

本当に、刺すのは早くて助かります




 最悪だ。人間的に最悪だ。



 人を刺すとなれば、必ず何かしら意を決するなど反応があるものだ。


 それが、一切合切ないとは何事だ。




 どれだけ人を刺すという行為に躊躇いがないのだ。





 まるで通り魔をやりすぎて日常茶飯事のような、それぐらいに彼は自然に、ヴァンパイアといえど心臓を一突き。

 無慈悲などという表現ではない。





 彼は……――。

貴様!
それでも人間か?!



ヴァンパイアが、まさかの発言

ルームフェル

人間だ。
羨ましいか?



人間である彼が、
下種な言葉で返す。





 かっと目を見開いた女はその真っ赤な唇から異様に長く伸びた犬歯を剥き出し、青白く血の気の引いたような、真っ青な顔で。

 脂汗を滲ませながらにぃいい、と、真っ赤な三日月を口元に釣り上げた。真っ赤な瞳に浮かぶ瞳孔が更に鋭さを増して吊り上がる。


気に入ったわ、その人間性の低さ!

人間のくせに同情も、甘さもないなんて、随分、殺し慣れてるわねぇ!?

ルームフェル

あぁ。それがどうした。
人間など……――



























レインフォード

!!! おい、マスター!

アイツ……!



 女の爪が、ぎゅるん! と伸びる。


 それに、ゆらりと相対するルームフェルは……その目元を、楽しそうに笑ませていた。


人間殺しの快楽者。お相手願おうかしら?

ルームフェル

同類だと思ってるのか。
それは愉快だな。
もう少し分別つけた方がいい

お前の方が、まだマシだ

あらやだ。褒められたわ。
初めてなんだけど





 明らかに、自分と会話している時よりも楽しそうに彼は喋る。


テルファートで元々暗部として働いていたところを引っ張ってきたんですよ

レインフォード

は!?

暗部って、『ミュート』のことか!?

あれは、噂じゃ……!?

どうでも良いですよ。
今は私達の仲間なので

レインフォード

いや! 良くないだろ!?

何がいけないのか私には分かりませんよ、Mr.フィリル。

『優秀ならどうだって良い』でしょう。

過去のことなど、水に流してしまえばよいのです




 おい、こいつら
人選に分別がないのか!?
 


なんだ、
そのどうでも良いって!

レインフォード

お前ら正気か!?

それで、彼はプリーストと同じことができる。

むしろ、彼の魂でしか見えない『魔法陣』や『呪印』がある。

彼を利用しない方がどうかしていると思いますね。

Ms.サトミの受け売りですが

レインフォード

い、いや! サトミも知ってて、暗部の人間受け入れてるのか!?



違いますよ、と通話先のマスターは言う。


サトミが連れ込んできたんです。

人殺しと知っていながら、

たくさんの人間を殺めてきたと
知っていながら、

それでも『魂がほしい』と連れてきたんですよ





 耳を、疑う。

 聞き間違いなのではないか、と。


 通話先、あんまり放っておきたくはないですね。

 あんまり楽しそうにされると、ギルドのイメージが悪くなるでしょう? と問いかけてくる言葉なんぞ知ったことではない。


レインフォード

お前ら、自分達がまともだと思ってるか?

サトミと口論させますよ。

大敗を覚悟なさい。





























ですから、Mr.フィリル。

彼はまだ、更生の道すがらなんですよ。

ヴァンパイア退治、変わってもらえます?

一応、サトミが怒るっていえば聞きますから

レインフォード

……



 果てしなく、高難易度の要求をされたが、引き下がるわけにはいかない。


 


 赤く燃ゆる魂を引き伸ばしレインフォードは右手にソレを握って、ルームフェルの隣へと並ぶ。

ルームフェル

邪魔だ、失せろ

レインフォード

マスターからお前の救援を乞われた

ルームフェル

マスターめ。
余計なことを

レインフォード

サトミが怒るぞ

ルームフェル

……

ルームフェル

……

ルームフェル

……!

 マジで殺気が引っ込んだんだが、何なんだコイツ。

 あれか。惚れてるのか。

あら。隠れてればよろしかったのに。
それを食えば見逃してあげたわ

レインフォード

美女を前にダンスを申し込まないほど、女性を見る目は落ちていないのです

あらぁ、素敵。
ちなみに、私とどんなダンスを踊ってくださるのかしら?

レインフォード

燃え盛る真剣を使った、剣舞なんていかがでしょうか?

まぁ、嬉しい。

上手にリードしてちょうだい?

私に恥をかかせないように……――

レインフォード

!?

ああああああーー!?

ルームフェル

喋りすぎだ



 音も無く、忍び寄ったルームフェルの一閃。

 隙をつくにしても、その容赦の無さと的確な挙動にレインフォードは息を呑む。

レディーに二人掛かりなんて卑怯じゃなくて!?



 吹っ飛んだ腕をもう片手で抱え上げて、ルームフェルを睨みつける。

 彼は、血濡れの刃を彼女に向けたまま答えない。

何か言いなさいよ、ムッツリスケベ。
そっちの金髪の方が上手い冗談が聞けて楽しいわ

ルームフェル

会話に道楽を求めていない

サトミっていったかしらぁ?

惚れた女の子のな・ま・え?

ルームフェル

惚れてなどいない

レインフォード

バレバレだ。
分かり易すぎる


 その途端だった。

 輝かしいほどの魔力の光が突き刺さって、目をくらませる。


 夜に慣れてしまったその目では、その橙色の魔力の輝きは目玉にナイフが突き刺さるかのように痛みとなって視界を潰す。




 耳を掠める翼が羽ばたく音。
 
 レインフォードは、眉間に皺を寄せながら、まばゆい光に耐えるように、うっすらと瞼を開く。


 ヴァンパイアの姿が、ない。
 だが、ほんの一瞬、黒い小さな影が上空へ舞い上がるのが見えた。

レインフォード

逃げられる!



 東の空へ、瞬く間に遠ざかっていくコウモリ。

 レインフォードは、手に握っていた人具に魔力をこめる。

 





サトミは言っていた。

武器系の人具は
宙に浮いていろと念じれば、
宙に浮くと。


それを利用すれば、人具の使い手は
宙に浮くことが出来る。



それは、サトミもやっていたことだ。



レインフォードを鳥篭にいれ
途中まで空を飛んで
護送したのだ




彼女にできて
自分にできないわけが無い


などとは思っていない



むしろ、人具の使い方では
きっと彼女の方が
ずっと卓越している




だが、
彼女があの場でやってみろと
言ってくれたのは

彼女の判断で
レインフォードにも出来るかもしれないと
思ったからに他ならない













































レインフォード

逃がすかぁ!!



 細長い白銀の刃にその炎を纏わせ、足にかける。


 魔力を与え続ける方法は分からないが、人具を出す時みたいに自分自身を想像してみる。

 それは自分を足蹴にしていると言う奇妙な想像になった。
 足蹴にした自分が、浮かび上がるイメージ。


 たったそれだけで、どれだけの魔力が注げるかは分からない。



 もしかしたら、飛べないかもしれない。




 だけれど、何もせず逃すよりずっとマシだ。


ルームフェル

!?

レインフォード

待ちやがれ!!




 突然の急発進に、危うくバランスを崩しそうになりながら、レインフォードはその小さい的へ接近する。


 迫るコウモリが、小さな首をきょろりと曲げて、こちらを向いた。

 それに驚いたように、コウモリがスピードを上げた。


 途端に、縮まっていた距離がずんずん離されていく。


 コウモリの方が体重が軽いのに加えて飛ぶことに特化した体系だ。

 本気を出せば、コウモリの方が早いのだ。




せっかくのチャンスなのに





届かない


レインフォード

くそっ……!

!?









 レインフォードの視界に、飛び込んできた黄色の小さな影。

 それが、レインフォードよりも圧倒的に速いスピードで、突き抜けて、コウモリへ接近していく。



 空から降り注ぐ月明かりを内包し、きらめき輝くその宝石。

 それに生えている翼。

レインフォード

カロン!?


 ギョロギョロと動く目玉通信機が、一気に距離をつめる。

 すでに全速力なのか、それ以上に速度が上がらなかったコウモリ。


 レインフォードの視界の先、月の下で、コウモリの影と通信魔道具が、ゴチン! と激突した。




 途端にバランスを崩して落下し始めるコウモリ。

 レインフォードは速度を上げる。


 空を飛ぶ動物達の身体は軽い。
 ゆえに、落下する時間は人間よりも遥かにゆっくりだ。


 レインフォードは落下してくるコウモリとちょうど高さを揃えて、足に敷いていた剣を引っつかんで振り払う。



確かな手ごたえ。


 コウモリから聞こえてくるはずの無い女の耳障りな悲鳴が耳を劈いた。

 それは落下しながら、再びまばゆい光に包まれて、小さなコウモリは人の形に戻る。



 その眼下は、闇に飲まれた森。

レインフォード

しまった!














 あっという間に、暗闇の中に吸い込まれてきてたヴァンパイア。

 闇の住人と言うだけあってなのか、闇の中に生きるしか出来ない者を護るかのように、その森はどす黒く染まっている。


 レインフォードも、追いかけて森へと降りていく。




































 木々を掻き分け、急いで降りてみたが、この鬱そうを生い茂った木々の中で、あの人間ならざるものの気配は感じられない。


 あたりに血が落ちて居ないかも探してみたが、みつからない……――。



 ただただ、森の中にやってきた来訪者を周囲に知らせるように、ほぉーぅ、ほぉーぅと梟の鳴き声が、どこからともなく聞こえてきた。

 まるで、こんな時間に何のようだと問いかけるかのように。



 パキパキと、小枝を踏みしめながら、ヴァンパイアが逃げようとしていた方角に向かって、深い森を進んでいく……――。




しかし、

レインフォードは単身、
夜通し森の中を歩き回ってみるも




結局見つけられないまま

朝の陽を見ることになるのだった。




第二章 『神』に呪われし者(鉢)

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