ルームフェル

……

レインフォード

グールに対抗できる戦闘員……







 飛騨が魔族の魔力を多く感知した東側を中心に、朗らかな月明かりの下を黙々と歩く。 



 今回、グールに対抗できる主戦力は彼だけだとカロンは言った。

 サトミもその候補であるが、今回は防護結界の調整で出られない。

 グールが出たようならば、必ず声を掛けるように、とのことだった。



 しかし、どう見ても……――隙が無い、鋭い刃を持っている一端の戦闘員だ。

 かなり卓越した戦闘員なのが肌で感じ取れるのだ。



 正直、今回初めて会った時から彼には一般戦闘員にしては何もかもが逸脱しているような気配を感じていた。


 そう、何となく。
 人を殺めることに長けているような。
 生きている人間の方が相手は得意そうな。


 なので、レインフォード同様、グールに対抗できるようには正直見えない、というのが本音だった。



 そんな彼は現在、こっちからわずかに魔族の気配がする……――気がする、と言って歩いているのを追いかけているところだった。

 ほとんどルームフェルの行動に合わせる形でレインフォードは彼の後を追っている。



ルームフェル

さっきから何だ。視線が気になる

レインフォード

気づかれないようにはしていたんだが……

レインフォード

グールに対抗できるとは、どういうことなんだ。

アンタ、どっちかといえば接近戦の戦士だろう?

ルームフェル

拳闘師だ

レインフォード

? 聞いたことの無い職業だな

ルームフェル

殴る専門の武術系魔術師





 武術系魔術師というのは、剣術さ槍術だけでなく、魔法も合わせて使用できる接近戦に優れた魔術師達のことだ。


 魔法剣士や魔法弓士、という風な職業についているものが多い。彼らは武器に魔法を纏わせて闘うこともできる魔術師の中でも突出した魔術師だ。
 魔術を学ぶ者の大半は近接で闘う者が少ないのだ。


 まず、彼がその身なりで魔術師であるということに驚いた。


レインフォード

……グールを殴って気絶させるのか?

ルームフェル

呪いを砕く

レインフォード

呪いを砕くって……

ルームフェル

ようは、解呪




 グールの呪いは自分の魂の中にある魔力を強制的に循環させる呪いだ。

 その呪いを解く、ということは。

レインフォード

プリースト、じゃないのか?

ルームフェル

拳闘師だ。あんな綺麗な奴らとは解呪方法が違う

別方法であるのか!?

ルームフェル

方法が分かれば誰でも出来る




 誰でも出来るのか、とレインフォードは驚く。

 アンデット達の呪いの解除はプリースト達の専売特許のようなものだ。


 それが一般人にでも出来るということなのか、尋ねてみると魔術師ならもはや誰でもできるとルームフェルは断言した。


レインフォード

どんな方法なんだ?

ルームフェル

呪いを直接壊す

レインフォード

だから、それはどうやるんだ?

ルームフェル

そのままの意味だ。かけられた呪いの印を壊す

レインフォード

いや、呪いは見えないものだろう?





 呪いは魔力の命令書といわれている魔法陣と違い、呪いには種類がある。



 まず、呪物を使う場合。それはその呪物を発見し、壊すか、あるいは適切な処置を施すことで解除できる。

 もう一方は『魔力の流れを変える』という類。グールの呪いがそれだ。魂そのものにかけるため、目視できない。



 それに、プリースト達が清浄な気を流し込んで解除するのである。


ルームフェル

見えれば誰でも壊せる。

サトミも出来るし、ライトも最近、できるようになってきた

レインフォード

何だと!?

ルームフェル

たぶん、お前も出来る

レインフォード

いや、私は見えないぞ!?

ルームフェル

見えるようにすれば良い

レインフォード

お前、からかってないか!?

ルームフェル

本当のことしか言っていない



 ふいに、ルームフェルは顔を上げると目を細めた。

 その視線の先に、一人の警備人が走ってくる姿が見える。彼は月明かりに照らされ、さらに青白い表情で、何やら叫んでいるようだった。

 ルームフェルの懐に入り込んでいた目玉通信機はひょこりと顔を出す。


ルームフェル。魔力感知度が上がってきましたね。グールが出たそうですよ


































 出現場所は、やはり東側だった。羽流橋を超えたあたりだ。

 よろり、よろりと、腐らせた身を左右に揺らして歩いているグール一瞥すると、その右手に魔力を集めた。




 それは、ぼんやりと霊魂のように輝く青白い光。

 彼の魔力属性は『水』のようだった。



 彼の手の平の大きさにまで膨らみ、そして、小さくなっていく……。

 薄い丸になって、青白い光は弾ける。





















片眼鏡……? それ、お前の人具なのか?

ルームフェル

かけろ




 つっけんどんに片眼鏡をレインフォードへ押し付けると、もう一つを出現させて片眼鏡をかけてグールへ突っ込んでいく。


 目は悪くないんだが、と呟きながら、言われるままにその片眼鏡をかけてみる。


ん……?







 グールの胸元に光る紫色の模様が見えた。それは魔法陣のようで、見たことの無い形状の模様だ。


 紫色ということは、属性魔法の中でも『召還』属性だろうか。



 今まで歩いていたグールは、突っ込んでいくルームフェルに気づいたように、両腕を伸ばしてそのおぼつかない足が、確かに、しっかりとしたような足運びになった。






 まるで彼の魔力をくれといわんばかりに手を伸ばし、オオォォオ、と声にならない唸りを上げる。


 

ルームフェル

……



 ルームフェルは、迷い無くその腕を払い飛ばしてグールに浮かぶ紫色の模様へ掌抵を叩き込んだ。



 グールが吹っ飛ぶとほぼ同時、紫色の模様に亀裂が入ったのをレインフォードは目視する。
 それは修復しようも無いほど広がっていき……――。
 




 音が、した。


 それは、
飛騨がツナブチの魂を
剥がした時の音と、


全く同じ音。


壊れた!?





 地面をごろごろと転がったグールは、ようやく勢いがなくなると腕を広げ、大の字になった。

 ピクリとも、動かない……――その次の瞬間、とろぉ、と肉が溶けた。



 見る見るうちに肉が粘性を持った液体のように、とろけて水溜りを広げていく。


 浮き出す胸骨が、頭蓋が、大腿骨が、中からベトリと溶けた肉を張り付かせながら剥き出しになる。


 中には、まだ筋肉繊維と骨が結合している部分もある……――。






 呼びに来た男性と、彼らの仲間達は最初、驚いたように目を丸くしていたが、すぐに現状を理解してルームフェルを取り囲んだ。


 彼らの国の母語で話しかけているようだったが、ルームフェルはぼーっとこっちを眺めて、彼に同行している目玉通信機が通訳しているようだった。


 それから、何とか彼らの隙間を抜け、ルームフェルはレインフォードの元へ戻ってくる。


ルームフェル

出来たろう

レインフォード

いやいや、出来たろう、とか普通に言われても困る。

訳が分からん。何をしたんだ?

ルームフェル

呪いを壊した。解呪だ

レインフォード

だから、なんで解呪できたんだ?

ルームフェル

紫色の模様が見えただろう。あれがグール化の『呪印』だ

レインフォード

!? あ、あれが!? でも、普通は見えないんじゃ……

ルームフェル

それをかけると、なぜか見える



 すっと、指差したのは彼が取り出した片眼鏡……――彼の、人具のはずだ。




 それはあふれた水がこぼれるようにレインフォードの手から消えていった。



レインフォード

なぜか見えるって……意味が分からん……魔道具か?

魔道具でもみえな……――

ルームフェル

俺の人具だ。魔道具じゃない

レインフォード

いや、人具で見えるって、どういうことなんだ?

そんな人具見たことも聞いたこともない……が

ルームフェル

サトミいわく、『魔法の片眼鏡だから見える』そうだ

レインフォード

魔法の片眼鏡だから見えるとか言われても、そんなので納得できるわけ……

ルームフェル

お前は、俺の人具の使い方を知っているのか




 その質問をされて、レインフォードは沈黙した。

 サラサラとした銀髪が、月明かりに照らされて純白のようにその色を染めて、風に遊ばれる。



 人具の使い方を、知っているのか。

 その言葉は……言われてみれば、困り果てる言葉だった。




 人具で片眼鏡が出てきたら、どうやって使うのか。

 たしかに、先程のように使うしかないだろう。それ以外に、使い方はない。



 その片眼鏡は、魂から出てくるといえど武器ではないのだ。

 彼の前世が、その眼鏡を愛用していたのだろう。


 片眼鏡で、ぼやけた世界を見やすくしたとか、見えづらい文字を大きく見えるようにしたとか、考えられえる理由は多々あれど、絶対に武器ではない。



ルームフェル

道具でしかない。道具はその道具の用途に合った使い方がある。ただそれだけだ。

そんなものは武器と同じ




 彼は、目を細めて呟く。









誰かを殺すために

誰かに傷を負わすために

作られたなら、



それはもう、そのためにしか使われない




ソレが例え、誰かの命を護るためと言えど

それが例え、国のためと言えど、



どれだけ使用する理由に

華を持たせて彩り飾っても

高尚な誇りのためといえど



それ以外に使用用途など、






無い




ルームフェル

何でそんな風に使えるのか、聞くだけ無駄だ。

すでに使えてしまっている。

魔術学的原理が聞きたいなら魔術研究者に依頼しろ。


俺達は分からない。

使えるから、そう使う。

これでグールに対抗できるなら、使わない方がどうかしている。


お前だって、誰かを切れるから防衛用の道具として人具を使っているだろう


そんなのと、同じだ




人具ほど、



使用目的も、

使用理由も、



全てにおいて手前勝手に

使える道具は無い。



ルームフェル

こういうのを考えるのが、サトミだ。

だから、ヒダの人具も気になるんだろう



 彼女が笑顔で言ったこと。

 飛騨の人具が出ないのも、また『人具の特徴』なのだろうと。

レインフォード

彼女は、一体、何を考えてるんだ?

零璽の人具をどうやって使うのか、算段があるというのか?

ルームフェル

それはサトミがやりたいことだから俺は知らない。

でも、一つだけ言えることがある


 ぽつりと、白光を放つ月を見上げ。

 彼は、レインフォードと改めて向き直る。





































 ありったけの殺意を惜しみなく放出して、ルームフェルはレインフォードを睨みつけた。


 息も詰まるその覇気に、のどの奥で息が詰まる。

 空気の栓が、喉の奥で引っかかって、わずかにしか流れてこない。


 ぶわりと噴出す汗。

 背筋を、氷塊が滑り落ちた。


 それは短い時間だったが、異様な長さを思わせる時間だった。



 ルームフェルが背を向けると、その圧迫感は空気に霧散するように取り払われる。


 月明かりにマナが溶け込んだ空気が、ようやく、口を介して入り込んできた。


 彼は、足早に西方へ歩み始める。


レインフォード

おい、ルームフェル……

ルームフェル

グールとは違う、魔族の気配がする。

空を飛んできた

! まさか!




 彼は目を細めて空を見上げる。





















第二章 『神』に呪われし者(質)

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