サトミは真っ先に山の近くにある近藤の家に足を運んで調査開始。
サトミが仲間達に身支度を整えるのを頼んだように、それを追いかけててレインフォードも飛騨と共に彼女の人具で空を飛びながら護送されて近藤の家へ。
迎え入れたのは警護隊隊長をしている浜松火山だった。その隣には、もちろん近藤も居る。
早速、彼の案内の元敷地内を回ると、北側に白い梅の花を咲かす木があると聞いて大興奮だった。足音うるさく駆けて行ったサトミの後姿を、見つめた浜松は小さな溜息を零した。
サトミは真っ先に山の近くにある近藤の家に足を運んで調査開始。
サトミが仲間達に身支度を整えるのを頼んだように、それを追いかけててレインフォードも飛騨と共に彼女の人具で空を飛びながら護送されて近藤の家へ。
迎え入れたのは警護隊隊長をしている浜松火山だった。その隣には、もちろん近藤も居る。
早速、彼の案内の元敷地内を回ると、北側に白い梅の花を咲かす木があると聞いて大興奮だった。足音うるさく駆けて行ったサトミの後姿を、見つめた浜松は小さな溜息を零した。
あんな若い女性が魔術師とは、あなたの国は戦力に困っているんですか
うちは優秀な人間は誰でもスカウトしているのです。おそ
らく、あなたにも彼女が魔術師としても、人間としても優秀なことはこの一件でお分かりいただけるかと
やべぇー! ここスゲェーえ!
家の角からサトミの声がする。あとから静かに追っていた一行だったが、通信機が先へ飛んでいく。
その家の先で、近藤の困った声が聞こえてきた。
赤石さん。それでは、大事なお着物が……
こうしないと聞こえないんです。お気になさらず!
そこには土が汚れることも気にせず地面に耳を当てていた。
耳を当てては、四つん這いで移動してから、また耳を当てる。
しかし、飛翔する目玉通信機を発見すると目をキラキラさせてカロンを呼んだ。
この梅の真下、ちょうど龍脈来てます! この家、凄いですよ!
結構太い龍脈の上みたいなんです!
ここを還元点にしましょう!
えっと、放出点は南……――
服が汚れることも気にせずに、サトミは地面に何度も耳を当てて、地面を這いずる。
まるで近藤の家に遊びに来たみたいに、嬉しそうに笑っていた。
何やってるんですか
龍脈を探っているんです。
あの方法でしか龍脈は探し出せません。
まず、この龍脈のある場所を探すのが難しいんですよ
一般の魔術師で龍脈の感知ができるとしたら、小さい範囲しか聞こえないので地道な作業になる。
だがサトミのように土属性の魔術師は少し遠くまで感知できるのだ。
そして地面から聞こえてくる龍脈の流れを聞き取る。
川が流れているような音、ごつごつした何かが転がっているような音、という具合に、龍脈の流れている音によって龍脈の純度などが分かる。
マスター! ここにしましょう!
スッゴク綺麗な音がするんですよ!
あぁ、いいなぁ。
ずっと聞いていたい……まるで、誰かが歌ってるみたい……
歌ってるって……かなり貴重じゃないですか?
これは驚きました
さっき、カロンが聞くと硬いものが転がっている音と、川が流れているような音、と様々な音がある。
誰かが歌っているみたいというのは、特に綺麗な龍脈が流れている証拠。『まるで女神が歌っているような声』ということで風水を扱う魔術師もめったに聴くことができないという龍脈の中でも特に上等なものが流れている音らしい。
♪
それからも、彼女はずっと地面を這っていた。
髪の毛がぐしゃぐしゃになっても、
服が土塗れに黒く汚れても、
一時間、
彼女は休むことなく地べたを這いずった。
まるで泥遊びでもしたかのように、
顔も土で真っ黒だ。
龍脈の調査は、ここまでしないと駄目なのか
そう口を開いたのは浜松だった。
それに対して、カロンは即答する。
えぇ。龍脈を読み取るのは本当に数限られた実力者と才能を持っている人間だけです。
適当に開けようものなら、エネルギーが放出されすぎて土地のエネルギーが枯れ果ててしまう。
農作物が育たない土地というものは世界各国ありますが、龍脈の消失による地質悪化も起こりうります。
龍脈の放出量によっては汐乃が荒地になることもありえるので龍脈を使う防護結界は本当にとことん調べる必要があるんですよ。
そこらの魔術師では、まず出来ないのに加えてかなり面倒なのでやらないですね
それから、彼女はまた一時間……合計、二時間ほどで近藤家の龍脈の流れについて。
彼女は、服も顔も、手も土で真っ黒に汚れたまま結果報告。
かなり綺麗な龍脈が流れてるみたいです!
でも、結構太いから、完全開放したら逆にヤバい場所ですね!
見る見るうちに植物が生長して雑草屋敷になっちゃいます!
そうすると、今度は植物達が育成するのに魔力とかを大量吸収してしまうので、かなり調整が必要になってくるので……――
サトミは、ものすごく笑顔でこう続けた。
これはまた貫徹ですね!
またか!?
でもでも! 目が覚めたら、明日、絶対にビックリしますよ!
楽しみだなぁー♪
きっと、ここは土地神様が愛してらっしゃるんですよ!
じゃあ早速、とサトミはもう取り掛かるようだ。
昼も食べていない十四時、彼女はくるりと背を向ける。
お尋ねしたい。なぜ、それまでの才能持っていながら、安く奉仕できるのだ。
本来であれば、金銭をもっと要求しても……――
すみません。その話、今じゃないと駄目ですか?
今から取り掛かっても貫徹なんですけど
……
今から取り掛かるつもりだったのか!?
もう行って良いですか? 喋ってるだけ、時間無駄なんですよね。
できるだけ早く町の皆さんを避難させたいし。明日にしてくれます?
行ってください、Ms.サトミ。
Mr.ハママツのお話は私が伺いましょう
じゃあお願いします、とサトミは楽しそうにカロンへ丸投げすると、足早に走り去っていった。
まるで、逃げるように。
気のせいだろうか。いつもなら、もう少し笑顔を見せてもいいと思うのだが、随分、硬かったようにレインフォードには思えた。
通信先のカロンは、ギョロリとその目玉を浜松へと向ける。
すみませんね、Mr.ハママツ。
彼女、実は人見知りで人と真面目な話をするのは苦手なんです
それ嘘だろ。結構、ズケズケ言ってるぞ……?
あと、あなたみたいに屈強な方は何だか怖いそうです
それが真実だろう
そうか、と浜松は言葉を切って、改めて通信魔道具である目玉と向き合う。
再度問う。なぜ、貴方達はこれほどまでの知識を持っていながら、もっと金銭を要求しないのか。
甚だ疑問だ。
対価として貴方達が支払う物の方が高いと私は思う。
国の魔術師でさえ出来ないことを、なぜ貴方達は、彼らより断然安く行う?
ふいに、通信機から声はすぐに聞こえてこなかった。
その間は、何か彼が考え込んでいるかのような、そんな間。
そして、彼はポツリと喋り始める。
あの子の……――サトミの言い分を聞いたから
あの娘が言った言葉とは、お聞かせ願えるか
彼はこわもてを顰めて、問いかける。
通信先越しで、彼女の上司であるギルドマスターは、ほんの少し、いつもの威圧を取り払ったような声でこう続けた。
困ってる人からお金を取るなんて『命を金で買っているようで嫌だ』だそうです
彼は、言う。
命の値段は安くなど無い。世界にたった一つしかないのに、モンスター退治となると、それが覆される感じがする。
五○万だとか、三○万だとかで決まってしまうように思えてならない。
払えなければ死ねと言ってるように思えて嫌だ。
そして逆に、支払ってもらえれば、それだけのお金で人間の命の値段を決めているように思えて嫌だ……――
困
っ
た
娘
な
の
で
す
自分の命は、そのほか全ての命とは等価ではない。
それは真実ですが、絶対的に自分の命よりも優秀で保護されるべき命だと思っているようです。
ですが、私から言わせれば誰かが命をかけて他人を護るなんて、それは当然のことではありません。
本来、自分の身は自分で護るものです。
他人が護ってくれて当然だなんて、その考えほどおこがましいものは無い
その命の対価は、世界中どこを探してもない。
誰かの代わりに死ぬのは美しい死などと、人の死を勝手に飾るのは、死なせた人間達の気休めのようで気に入らない。
殉職したら二つも階級を上げるなんて制度がサトミは特に気に入らない。
カロンとサトミで、そう口論した。
依頼料が安いのも、前金と後金がある料金設定も、全部彼女がそうしたいと断固として譲らなかったから。
私が先程、依頼主である貴方達の負担額を借金させましたが彼女は軽い調子で背負いました。
我がテルファートで、あれは聖女とよばれていますが、そんな大層なものではないです……――ただの阿呆なのですよ。
誰よりも命の価値について難しく考えている、阿呆です
通信機は、間を置いて。
さて、他にご質問は?
Mr.ハママツ?
浜松は、その渋面を伏せた。
ない
飛騨は頭を垂れると、すっくと立ち上がった。
どこへ行くのか近藤に尋ねられた彼は、ただ一言。
赤石さんのところへ
振り向きもせず、彼は足早に出て行った。
レインフォードも、失礼してその後を追いかけた。
土塗れになってでも、この町で吸血鬼に怯える人々のために身を粉にしている女性に。
初めてだった。
美しく着飾っている女性達より、
凛々しく騎士として活躍する女性達より、
地べたを這いずり回って土に薄汚れた女性が、
あんまりにも、美しく見えたのは。
あんまりにも尊い宝石のように
きらびやかで儚い輝きを放っているように
見えてしまったのは。
そして、夜間巡回の始まる直前……――。
今回の吸血鬼討伐が完遂するまで、汐乃警備隊の全指揮権をギルド『アメノミナカヌシ』のカロン・レンドモード氏へと譲渡することを、勝手ながら私が決定した
浜松火山は警護人達にカロンの指示を聞くようにと、目玉通信機の前でみんなに通達したのだ。
そうして、ギョロギョロした目玉が浮かぶ通信魔道具はパタパタと羽ばたいて高らかに宣言する。
今晩が山場だと思ってください。現在、私の部下が防護結界を敷いている最中です。
それが完成すれば、翌朝に町人の避難させられます……――
サトミは月明かりの中、黙々と作業していた。梅の木の下に腰を下ろして、ずっと作業していた。
彼女はあれから着替えもせず、顔もろくに拭かずに作業に没頭していた。食べ物もいらないと、何度も地べたに耳を当てて、陣の微調整を行っていた。
そんな彼女のそばを、飛騨も離れようとしなかった。
沈黙だった。
会話することが、二人にはないのだろう。
だからといって、さっきの話を聞いた後で、彼女に何か声を掛けられることがあるかといえばレインフォードにもなかった。
彼女の考えが、美しい無償奉仕のように思えたわけではない。
ただ、あんまりにも自分の命を粗末に扱うような考え方のようで、どうしても放っておけないような気がした。
放っておけば本当にどんな無茶もやってのけそうで、それが何となく不安になった。
どれだけ休み休みやれと言っても、へラッと笑って作業に戻ってしまうサトミの姿が異様に目に焼きついて離れない。
瞼を閉じれば彼女の姿が見えるぐらいだった。
だからなのか、昨日、徹夜した彼女に負けていられないというような、妙な気が起きた。
レインフォードも巡回に混ぜてほしいと申し出たのだ。
今日の防衛が成功すれば、町人達は防護結界の中へ避難できる。
今晩は、何があろうとも
誰も落とすわけにはいかない……――。
吸血鬼の根城を探し出し、そこを討つ。
空へと舞い上がることが出来る敵だが……――手が無いわけではない。
レインフォードの護衛として立っているルームフェルの隣で、硬く握り拳を作った。