サトミ、起きなさい

赤石賢誠

うわぁああああ!?
マスター、ごめんなさぁあああい!!



 通信機越しの一喝で飛び起きたサトミはあたりを見回して、目をぱちくりさせる。


赤石賢誠

なんだぁ、夢かぁ……

夢じゃありませんよ。ついでに言えば、貴方の借金額が増額したことも

赤石賢誠

はい? なんで増額するんです?


















 話は、十時の召集会議まで遡る。

 警護人の上層が集まり、アンデット強襲の可能性が示唆された。

 参加したレインフォードは彼らの母語がさっぱりなので飛騨に通訳してもらう。

 今回の貿易のためにテルファート語を学んだのが伺える。レインフォードであれば異国語を勉強するという労力を注いだりはしない。

レインフォード

お前、本当によく勉強したな

飛騨零璽

……いえ。何故だか、分かりますので


 しかし、それを通じて彼らの顔色を伺っているわけだがレインフォードの目から見ても自分達の言っていることを疑っているのは明白だ。

浜松火山

信用するに値しない

レインフォード

彼は?

飛騨零璽

汐乃の警護隊隊長です。
以前、上層部の人間が失踪したとお話したでしょう。

彼の右腕だったんです。

彼が帰ってきていないので、余計に気が張っているんだと思います

普段は、とても情に厚くお優しい方です




 まず、吸血鬼退治の値段が安すぎるのが胡散臭いとのことだった。それは正直、仕方ない。

 テルファートでもその安さに飛びついた貴族は居なかった。

 ただ、圧倒的に貧村からの依頼数は多かったようだが、序盤のうちはレインフォードの貿易会社も利用していなかった。




 次に、対応するという人間の数が少なすぎるということ。

 確かに、吸血鬼ほどの魔族を倒すのに騎士も魔術師も苦戦する。それはこちらでも同じだろう。だが、それをほぼ三人で相手取るという。後から魔術師であるカロンもやってくるというが、現時点でまともに戦えそうなのは正直、ルームフェルだけ。

 あとは医者と、天真爛漫な爆裂娘が一匹。

 通話越しの人間など信用できない、というのは良く分かる……――。



 だが、カロンが来ていた方がもっと疑われたような気がしないでもない。何せカロンは見た目こそ少年なのだから。

 が、次に通話越しのカロンの言うことは……良質ではあるものの、ただある人物だけには悪質だった。

では、今回、リーダーとして来ているアカイシサトミというメンバーに十五万を肩代わりさせるということでいかがでしょう。

我々は確かに万屋をやっておりますが、少数精鋭でしてね。全員が戦闘員なんです。

特にサトミは遠距離から近距離、護送から魔術までオールマイティーに対応できる。

吸血鬼退治なら、我が国でも討伐経験はあります




 ライトとルームフェルが仰天したように通信機を見る。

 それから、ライトが苦笑したように溜息をこぼし、ルームフェルがちらっと視線をあちらへとやってしまったのだった。


沈黙は了承ととりますよ。

それでは、我々から提案する具体的なアンデット対策の方法についてお話いたします……――













赤石賢誠

なぁに、サックリ人の借金額増額してんですか。パワハラですよー

今更十五万増えた程度で変わらないでしょう

赤石賢誠

塵も積もれば山になるんです

えぇ。その小さな塵が積もり、今回の分を足して一億七六五二万ですからね

レインフォード

おい、借金しすぎだろ!
普通に返済できる額じゃないぞ!?

飛騨零璽

大丈夫なのか……?






 さすがに今の話を聞いた飛騨も心配そうにサトミを見るが、彼女はへらっと笑う。



赤石賢誠

まぁ、最終手段はマスターのドールになることですね

飛騨零璽

ドール……?

赤石賢誠

人形になれという意味です。
死体で。

マスターは死体愛好家なんです

飛騨零璽

!?

違います。誤解を生むような言い方をしないでください。

死体なら何でも良いわけではありません。
私の死霊術に使える人材かというので厳選して選んでいるだけです。

私にしてみれば、死体は魔道具なんですから。


ですがMs.サトミならいつでも歓迎しますよ。

というか、とっとと首を括りなさい。

そうすれば私が未来永劫こき使ってあげます

赤石賢誠

嫌ですよー。

ボクは輪廻転生して、次は男に生まれるんです!

それからなら考えますねー




 こいつらの会話がサクっとぶっ飛んでいて、どう反応すれば良いのか困る。


サトミ。龍脈利用型の防護結界を張ります。

何軒か候補をもらってきましたが、一番はMr.コンドウの家がベストかと。

山のそばにあり、北にウメの木が生えているそうです。
防護陣を敷きに行きますよ。

予定より彼らの警戒心が強くて交渉に時間を取られました。すぐに支度を

赤石賢誠

何分で?


 そう尋ねたサトミに、マスターは即答する。

三○秒で









 アンデット対抗策というのは、単純な話、拠点を一箇所にするというものだった。

 できれば高い塀のある家が望ましい。普通の人間でも道具が無ければ登れないぐらいの塀だ。そうなれば、グールだけならば登ってくることはない。





 必然的に、護るべきはその入り口だけになる。団体で押し寄せてきて、その圧迫で戸口が壊れるという可能性もあり、頑丈な戸口があるところが良い。


 そして、最重要条件は『山の近く』であること。そこで、候補に挙がったのが近藤の家だった。






浜松火山

ここに住む者達の家を捨てろと?

いえ、彼らは生気や感知できる魔力にしか興味がありません。
家の中に何も感じないと分かれば彼らは素通りします

浜松火山

ならば、そこで集まっている皆のモノのところへ来てしまうではないか

そこへ山の近くにある広い敷地を所有している場所に結界を敷かせていただきます。

アンデット達の討伐が完了するまでの一時的な避難所ですよ。

家に結界を張って、魔力や生気が出ないように防護します

浜松火山

その結界とは?

『風水』という分野の魔術はご存知ですか?

それを利用した防護結界の中でも最高峰、『龍脈』と呼ばれる大地の気の流れを利用する 、人為的な魔力供給を一切必要としない防護結界です。


地震、開墾などの影響で龍脈の流れが変わらない限りは半永久的なもので、今回のリーダーがその防護結界を敷くことができる我がギルドでも貴重な魔術師なんです。

ただ、結界というのは外部攻撃には強くても内部攻撃には弱いのが特徴です。なので、一度敷いたら中から開けてはいけません。何があろうともです





 よくある話として、家の人間に声だけ成りすまして、家の中の者に家族が帰ってきたんだと思わせ扉を開けさせるという手段を講じる。



本来、魔族やアンデットより、生きている人間の方が生命力にあふれているので強いものなんですよ。

特定の魔族にはある条件が満たされないと建物に入れないという条件もあります。

今回、特にありえるのは今まで失踪した人間に声だけ化けて、門扉を開けさせるという手法です。

これは、人間の同情心を揺さぶり、入れないようにされている結界に招き入れてもらうモノ。

魔族は単身では入れませんが、生きている人間と一緒に出入りすることで潜り抜けることが可能です




 扉というのは、結界の中でも唯一あけられる『穴』だ。

 生き物が出入りするのは可能だが、その間、どうしても壁に穴が開いてしまうのだ。





 逆に、本当に強い結界であれば一度出たら二度と入れない。

 否、それは結界とは呼べず、防御魔法だ。

 しかし、それは魔術師が五人体制で常に魔力を注いでいる状況が必要となる。これは寝ずの番になる交代制の強固な魔術のため、ここに魔術師の数が少ない以上、それは必然的に不可能。




 そして、大概、国から派遣されてくる魔術師達はこの強固な魔法陣を使うので依頼金額が跳ね上がる。派遣人数が多い理由もコレが原因だ。



 魔術師達の人数がと労力が必要となる。



 国から派遣されてくる魔術師達は国の沽券に関わるため、失敗したくない。上からどやされるので、どうしてもこの型の防御魔法を敷きたがるのだ。


私がご提案した龍脈使用の『結界』は防御は自動的に加えた半永久的

これが私達が少数精鋭で費用がかさまない最大の理由です





 ただ、生き物の出入りだけは本当に可能なので出入りの際は細心の注意が必要だ。

 魔族の中には人間の心情を利用して中に入る者も居ます。なので私達が確実に吸血鬼を仕留めるまでは避難してきた人間以外、何人たりとも入れないこと。



 これは、魔族との心理戦。
 彼らは人間の正義感や優しさをグラグラ揺さぶって、扉を開けさせ、入ろうとしてくる。

 この門扉の前に立つ人間が最後の砦。



門番は厳選に厳選を重ね、強靭な精神力のある人間に警護に当ててください。

何が起きようとも何人たりとも入らせない……鬼のように無慈悲な心で対応できるような人材を




 今回、アンデット対策のために防護結界を敷くことは急務。

 龍脈の流れとその強度、それから防護結界の魔法陣を刻み込む作業がある。




 結界の魔術的の施行は、龍脈を感知できる土属性を持っている人間ならほとんどができる。

 しかし、土属性を持つ人間は本当に貴重だ。結果的にギルドでも土属性である今回のリーダーであるサトミだけなのだ。



 龍脈の流れを感知できるように鍛錬したカロンでも可能ではあるが、それを会得するまでに何十年と掛かったそうだ。

 かなり難しいので、余程のことがなければ龍脈感知なんて修行をするよりも攻撃力を挙げた方がマシだと考える魔術師が多いのは当たり前とも言える。



だから、テルファートの魔術師にはこれをできる者は一人も居ない……というか、本当のところ『これができれば派遣に何人も魔術師なんて要らない』んですよ。

アンデット戦で完全な防護魔法など必要ないんです。

出たら最後、入れないなんて強固すぎる防護魔法など




 よくよく考えていただきたい、通話先の魔術師は呟く。

魔族もアンデットも結界を張れば入ってこれないんです。

今回敷かせてもらう結界は出入り口という欠点はありますが、その欠点さえどうにかすれば、『半永久的』。

しかし、貴方がもし町長なら一時的に完璧な魔法陣を敷いて、事件が解決したら去っていく魔術師と、アンデット達を弾いてくれる半永久的な結界を張ってから事件を解決して去っていく魔術師、どちらに頼みます?

浜松火山

先程も申し上げましたが、龍脈感知は土属性の人間が得意としているものです。

ですがその人材は稀少。

加えて、一般的な魔術師が龍脈を感知するには何十年と時間が掛かる……――。



つまり、その分野に関して専門としている人間が一人も居ないということでしょう?

ハッキリ言いますが、出入りできない防御壁は敷くのが簡単なんですよ。

ですが、半永久的な防護結界は本当に難しい。

おそらく、敷くのに何時間と掛かるでしょうが、ソレまでの辛抱です。そうすれば永続的な確約をいたします

飛騨零璽

何で……




 そこで、ぽつりと飛騨が呟いた。

 集中した視線に気づいて彼は弾かれたように何でもない、と一度は疑問をしまいこんだものの、カロンが疑問を受け付けるというと、彼はポツリ、と呟いた。



飛騨零璽

なぜ、結界を張るだけで、アンデット達が感知しないのかな……と思いまして

よろしい着眼点です。

防御魔法は簡単に言えば、外部に漏れないように魔法の壁で完璧に蓋をしてしまうのです。

そうすることで、生きている人間の生気や魔力を感知しにくくします。



ただ『結界』というのは大地のエネルギーです。

それを放出して循環させるだけなので『気配を覆い隠して誤魔化す』だけなんですよ

飛騨零璽

それだと、生気や魔力を僅かにでも感知できるのでは?

それで、寄ってくるんじゃ

ふふっ。龍脈の力はとても素晴らしいんですよ。

さて、簡単な問題です。この土地の中では人間と土、どっちが多いと思いますか?

飛騨零璽

は?

じゃあ、Mr.レイジの体重分の土をここに集めましょう。

それが出来たらMr.コンドウ分、次はMr.フィリルの分、とこの町に現在居る人間の体重と同じ量の土をかき集めたとしましょう。それで、この土地の土がなくなりますか?

飛騨零璽

なくなるわけがない……




 そう。龍脈とは大地の気。

 例えるならば、大量の土を近藤の家にいっぱいに詰め込むようなものなのだ。


 それは隅々と、箪笥の中、穴という穴を全てを埋めるか如く、家の隙間に一ミリもの隙間も入れずにみっちりと。

 そんなところで生活するという風になる。




 龍脈は感知しにくい。



 感知しにくいが、それは確かに存在するもの。

 龍脈の開放はその家の『運気』も上昇させる。
 龍脈は流れているので、悪い運気も一緒に押し流してしまうのだ。

 そして、また龍脈に戻すというのが『風水』。



龍脈の力が近藤家にいっぱい溢れるぐらいに入ったら、魔力も生気も龍脈の気に潰されて分からなくなってしまうでしょう?

飛騨零璽

それだと、良い運気も出て行かないですか?

龍脈そのものが大地という清浄で神秘的な力を保有しているんです。

ただ、取り込みすぎると今度は自然の魔力が暴走するので注意は必要になります




 ですから、と彼は続ける。

我がギルドでは『風水』を利用した開運ビジネスも行っています。
上流貴族の間では流行っているんですよ。

うちの家に運気を上げてくれ、とね。

正直言って、立地条件から変えないといけない家が多いですが、話を聞く限りだとMr.コンドウの家は樹木があるのでしょう?

その木が生えている場所によっては結界の強度は期待できますよ

























赤石賢誠

マスター仕事してるぅ。龍脈から話したんですねぇ

えぇ。これだけ説明しないと彼らも渋々ながらにも防護結界の話は信用してくれませんでした。

むしろ、これが決め手でしたよ、Ms.サトミ。

ですので急いでくださいね

赤石賢誠

はいはーい

第二章 『神』に呪われし者(伍)

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