翌朝。

 やはり出なかったとサトミは朝に徹夜の目で顔を出してきた。目元をごしごし拭って、人目も憚らず大欠伸。

 ご飯は食べると言っているが、味噌汁だけで良いと食欲はあまり無いようだ。

 そんな折に、レインフォード達の元へやってきた近藤が、今晩から見張りを強化すると宣言してきた。



 部隊編成は一組三人編成。
 巡廻は四時間交代ということになる。

Mr.コンドウ。この国の日の出と日の入り時間を詳しく教えてもらえます?

現在ですと、日の出は朝の四時、日の入りは五時ぐらいですね

となると、巡回時間は六時から翌日三ぐらいまでで大丈夫ですよ



 魔族は絶対に太陽の光を浴びたくない。ゆえに、行動する時間は狭まるのだ。

 完全に日が落ちた夜の時間になってから動き始め、陽が出る時間よりも早くに根城へ戻らねば、その身が太陽に焦がされてしまう。

 必然的に、早めに引っ込むのだ。



 それを聞いた近藤は嬉しそうにカロンへ礼を述べた。

 巡回する警備人達の負担を減らすことができると、頭を下げる。

赤石賢誠

マスター。

気になったことがあるんですけど、グールは日の光を浴びると肌のダメージが再生しない。

なら、なんで昨日は真昼間に出てきたんですか?

グール達は魔力を渇望しているだけなので、実際、昼と夜の区別がついているわけじゃないんですよ。

ですが、昼が嫌だと思う傾向があるのは事実です。

やはり太陽光によってダメージをくらいますからね。
それを嫌がって引っ込んでいますよ。

たまに、昨日のように出てくるグールもいますが

赤石賢誠

それは、何でですか?


 そうなると、と目玉通信機は一つの間を置いて。

グール自身、フルオートで組み込まれていてもまだ自分の『我』が残っている可能性ですね

赤石賢誠

? 自我って、残るんですか?




 本当に稀にです、と目玉通信機は呟いた。

 グールといえど、死体といえど、その中に詰まっているのは魂なのだ。その魂が『強い想い』を抱えている場合にのみ、グールは陽の下を歩くこともある。


たとえば、恋人や家族にまた会いたい……中には、死を悟り、帰れないことを謝罪したいという人間もいます。

そう死の間際に願った魂はグール化された時に思考は止まりますが魂に残る『想い』で動くことが……――

サトミ。泣くのはやめていただけます? うるさいので

赤石賢誠

だ、だってぇ……!

それって、死んでも家族に会いたいって願ったって事じゃないですかぁ……!

どこに感動せずにいろというんですか!
ボクには無理ですよぉおお!

だって、ツナブチさんはその可能性があって、昨日真昼間にきたんでしょ!?

えぇ。十中八九その通りでしょうね。

気になる彼の詳細はMr.コンドウに聞いてください。

とりあえず、泣くのはやめろ。
うるさいから



 マスターのドエス、と呟いて味噌汁を一口すすった彼女の元へ、目玉通信機は飛んでいく。

というか、汁物一つですか?

肉を食べなさい。いざという時倒れますよ

赤石賢誠

食欲沸かない……今の話聞いて、もっと減退した

減退させるな。
何なんですか、その体質

赤石賢誠

胸がいっぱいになるとお腹もいっぱいになるんです

そんなんだから胸が絶壁なんですよ

赤石賢誠

絶壁は遺伝です!

でも、ボディビルダーみたいにムキムキ王に、俺はなる!

だったら、うちのアホみたいに筋トレでもしてなさい。

私の書斎になんか入ってないで……

赤石賢誠

なので、胸筋鍛える便利な魔法とかありません?

そんなものはない




 こいつらの会話が、愉快だと思ったのは黙っておく。

飛騨零璽

あの、『ふるおーと』って何ですか?




 ぽつりと、飛騨が口を開いた。


 そういえば、昨日からずっと聞いていたが特に気にしていなかったレインフォードも具体的な違いを教えてほしいと願い出る。


 今回の敵だ。ちゃんと知っておかねば、護れるものも護れない。


 ただでさえ、レインフォードはアンデット相手にはハンディキャップが多すぎる。



 物理攻撃にも怯まない死体。



 そして圧倒的な再生力……たとえ『神』からの呪いであっても、それはレインフォードのように武器しか扱えない者には絶対的な脅威なのだ。



簡単に、術者の意思で操り続けているか、いないかの違いです




 カロンがあつかう死体操術は死体に魔力を供給させ続け、ほぼ生きている人間と同じ生命活動を維持させることができる。

 これが操り続けているという行為だ。




 だが、フルオートというのは術者が呪いをかけたら呪った魂だけで勝手に動いてもらうという自立型。

 フルオート……――自立型のグールは、身体を動かすには自身の魂から捻出する魔力で補うことになる。それは、魂が含んでいる魔力を循環させるというものだ。

 これは術者は彼らに一度呪いをかければ、魔力を供給する必要は一切ない。


飛騨零璽

でも、それだと魂が磨り減って魔力が切れませんか?

えぇ、切れますよ。

ですから、魔力が足りないグールは特に凶暴です。

今すぐにでも魔力を補給しないと魂が消滅すると本能で分かっていますから




 自立型(フルオート)の呪いは、魂の魔力を根こそぎ使って、死体を魔力のみで動かすという死体操術の中でも特に楽チンで最悪な術式なのだ。

 一方的に、こき使うための呪い。
 グール化の『呪い』とは、『身体を動かすためだけに、魂の魔力が尽きるまでひたすら魔力を使い続ける』という呪いなのだ。


 お分かりいただけましたか?


 通信魔道具の向こうにいる魔術師は命をぞんざいに扱うように口にする。


魔力が切れれば、用無しなのですよ。

生きている人間を殺して、また新しいものを作れば良いのです。

低俗の死霊術師の出来ることなど、その程度ですよ




 静かに味噌汁を口にしていたサトミは突然、弾かれたようにくるりと目玉通信機の方へ顔を向けた。


赤石賢誠

マスター! それって、やばくないですか!?

一回掛ければ、あとってずっと魔力供給しなくて良いんですよね!?

えぇ。そう説明したはずですが?

赤石賢誠

なら、グールを量産して魂消える直前まで魔力削り取った状態で村に向かわせたらどうなります!?

当然、グールは村人を襲いますよ。

彼らだって、生きているんですから……――いえ。


生きている『つもり』なのですから


 目玉通信機の向こうの、死霊術の使い手であるマスターは淡々とこう告げる。

死霊術師が奇襲を掛ける際に一番良く使う手法です。

量産し、魔力不足で凶暴化させたグールを奇襲させたい村などに解き放つ。

これは何も『人間』という部類の魔術師だけではありません。魔族で死霊術を使える者はこの手法を特に使います。

Ms.サトミ、今まで死霊術師と敵対したことなんてありましたか?

赤石賢誠

ありませんよ!
考えりゃあ、分かるでしょう!




 味噌汁が美味いとかのんびりしてる暇ないんじゃね!? と急いで味噌汁をかきこみ始めたサトミ。


Ms.サトミ。
何でそんなに慌ててるんです?

ゆっくり食べなさい、身体に悪いんですから

赤石賢誠

町人が消えてるんですよ、何人も!

ボクなら彼らを使って汐乃を潰しますね!

それに、一家の主が消えると後を追いかけるように家族も消えているんでしょう!?

グールにした人の家の前に失踪して帰ってこなかった人が立ってたら、そりゃあ家族は喜んで家に招き入れるでしょう!?

!?

待ちなさい。相変わらず良い想像力ですが、それでは、そこに転がるのは家族の亡骸です。

グールならば家族であろうと襲いかかりますよ。

家族を見たところで、我が残っていようとも魔力不足なら食べます。

一緒に失踪するというのは不可解です

赤石賢誠

なら、グールの方が襲わないでどっか行っちゃったんじゃないですか?

もしくは、そういう風に身体操術使ったとか。

マスターもやるじゃないですか、あれ!

それを家族の方が心配して追いかけていく。

そういえば、家主が失踪してから家族も失踪したって話の詳細聞いてないですけど、何人家族だったんですか?

……小さい子供が一人と、奥さんでした。

あとは、夫婦だけの二人家族……

赤石賢誠

奥さんだけなら追いかけても不思議じゃないし、子供がお父さん追いかけていったのをお母さんも一緒に追いかけていくっていうのは不自然じゃないと思いますけど!


 その横に座っていたライトとルームフェルはほぼ同時にアイコンタクト。

 味噌汁を飲み干したサトミが立ち上がったのとほぼ同時、

赤石賢誠

……

 サトミの首の裏側に手刀を落とす。


 彼女は、身体を膝を折り曲げながら、夢の彼方へぶっ飛ぶ…――。

ルームフェル

ライト。サトミを

ライト・ネスター

あぁ、休ませておく

Mr.コンドウ。

今の可能性が多いにあり得ます。

すぐに部隊へ通達し、十一時頃に一度、召集をかけてください。

町の防御策のため、私からいくつか助言ができることがありますから

は、はい! 今すぐに!


 近藤が飛び出していったその後に、サトミを背負って出ようとするライトをカロンは呼び止める。

ミスはそこに転がして布団でも被せておきなさい。

Mr.レイジ。
詳しい話をお聞かせ願います。

サトミの考えがあながち外れているとは私も到底思えません。

魔族の気配を感知したという場所を地図に書き起こしていただきたい。

十時の召集時に全体へ報告した方が良いでしょう

飛騨零璽

……



 飛騨の表情が、ほんの一瞬だけ強張った。
 本当に、極わずか。
 でも、見落とすことはできないほどに。


 彼は、すっと静かに立ち上がると、すぐに地図を持ってくると部屋を出て行った。

Mr.ライト。Mr.レイジに嘘がないかの確認を。

あぁいうのは隠し事をしますから

レインフォード

この緊急時に何で嘘を吐く必要がある?

そんなことしている場合ではないと分かる年頃だろう

いくらなんでも、疑いすぎだ

お坊ちゃん育ちなら緊急性は分かるでしょうが、

彼にみたいに生い立ちが過酷だとそ、

我々のように異質だと、


そうでもありませんよ。

隠せる事実は隠しておかねば迫害されるものです





 ルームフェルが、ごそごそと敷布団などを持ってきて、この緊急時に気絶させられたサトミを丁寧に布団の中に収める。



 通信機越しで、彼はつぶやく。


いつだって自分達と違うモノは排除したくなるものなんですよ。

人間という生き物は、ね
































 飛騨は、すぐに地図を持ってきた。

 朱色の墨で染めた筆で次々と丸印をつけていく。



 昨日、戦うことになった祠、

 ツナブチからの証言があった羽流橋、

 

 他にも四箇所を、丸で囲んでいく。

 その丸は、東側にある山の傍で集中しているように見えた。


 

レインフォード

ここまで分かっていて、なぜ今まで誰にも相談しなかったんだ?

飛騨零璽

……すみません

レインフォード

責めているつもりは無い。頼る相手が居なかったのか聞きたいんだ

飛騨零璽

……


 飛騨は少し俯いて、黙ってしまった。

ライト・ネスター

余所者だから気が引けたんでしょう。

気配を察知しているだけで、彼は実物を見たわけじゃない。

確証が無いのに、一般人である人間が言ったところで信用されないということは大いに有り得ます



 彼はライトの言葉にポツリとまた謝罪した。

 若気の至りなのか、それとも彼の

レインフォード

気配を感じたのに姿は見たことがなかったのか?

飛騨零璽

……すみません

レインフォード

あぁ……いや、さっきも言ったが、責めてるわけではないんだ。

ただ、なんとなく疑問というか……



 駄目だ。

 さっきと、全く言っていることが同じだ。


 言葉が、

 上手く、上手く紡げない。



 彼を責めたいわけじゃない……――。



 ただ本当に、どうしても。


 こんなに場所を突き止めているのに、相談もできなかったのかと思うと……それは彼にとって孤独との戦いだったのではないだろうか。


 そう思えて、仕方ない。


 あんなに怪我をするまでグールとは争っていたはずなのに、なぜそれを近藤にさえ相談しなかったのか、どうしても疑問なのだ。


 グールが出たと分かった時点で、相談しても良かったはずだ。


 近藤ならば、それぐらい頼りになる人物のはずなのに。



彼の魔力感知の仕方が通常のものと違うからですよ。

貴方だって、殺気や視線ぐらいは察知できるでしょう?

あれは目視ですか?

レインフォード

いや、確かに。肌で感じ取るものだが……

Mr.レイジ。

貴方、もしかして『鼻』で感知してませんか?

飛騨零璽

はい。そうです

優秀ですねぇ。

これが先天的だと思うとその才能には嫉妬してしまいます。

私でも肌ですよ





 魔力の感知を得意とする場所は人によって違う。肌と鼻では……――嗅覚と触覚では圧倒的に嗅覚が優れているのだ。


 単純な話、犬が持ち主の匂いを覚えて草むらの中にある小さな指輪を発見するようなものだ。


 肌では当然、草むらの中の指輪なぞ見つけられないだろう。そして、目視では草の根掻き分けて見つけることになる。つまり、目視での捜索だと見つけられはすれど時間がかかる。肌もほぼ同様だ。感知できるまでに魔力が漂ってこなければ感知は難しい。


 飛騨は犬のように鼻を使って魔力を感知している、ということなのだ。


 移動していると薄れてしまうが、数秒でもその場に立ち止まっているようだと魔力の匂いが濃くなる。



 さらに、カロン指示の元、飛騨は日付を書いていく。



 バツ印は、失踪した警護人の家などだ。


 町中をばらばらと点在しているところをみると、やはり町を見回っている最中に失踪し、その失踪した人を追いかけて消えた可能性が高い。





 東側にグールの出現場所が集中しているなら、やはり東側の人が食われて消えていくのが普通だろう。


 だが、町のあちこちから消えているなら、サトミの指摘が正鵠を射ている可能性が高いとカロンは言った。

飛騨零璽

俺がこの町で最初に見かけたのは、祠の付近でした……

 しかし、レインフォードにはその文字が読めない。

 それを理解できたのは、この国の言語を知っているカロンだけだが、一週間とその一日前……つまり、八日間、ずっと出現しているようだった。





 突然、カロンの方が言語を切り替えて飛騨と会話を始める。




 目の前で行われる宇宙語の交信。一体、何の話をしているのか、むしょうに気になった。



 それはたった十分ほどの時間だったが、言葉を理解できないことが異様にもどかしかった。

 貫徹とはいえ、休むべきだとはレインフォードも思うが彼女の言語共通認識魔法である『コンセンサス』が無いことが悔やまれる。



 そわそわしているのを察知され、ライトにたしなめられて数分後。


 カロンがポツリとテルファート語で呟いた。

なんて優秀なんでしょう……もはや、魔術師になるために生まれてきたような……

ギルドに引き込まねば……

レインフォード

い、今までの会話で一体、どうしてそういうことになる?

飛騨零璽

……

 












 目玉通信機が現在時刻を確認する。

 時間は九時二○分をすぎた頃だった。






第二章 『神』に呪われし者(四)

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