突然、何も無い筈の場所から現れた勇者は

    その場から動かずオータに言った

魔王軍切り込み隊長
オータ殿とお見受けします
間違いありませんね?

……元、切り込み隊長だよ
勇者さんよ

……私も、元勇者です
今ではしがない公務員ですから

ああ、そうかい……
それよりも、いつから
そこに居たんだい?

貴方達が来る数分前に

手紙を貰うと同時に
即座に転移用のゲートを
使って距離を短縮しました

……なるほどね。単なる
高速移動魔法じゃ無理だが
ゲート型転移魔法なら
納得の速さだな

……まさかとは思うが
事前に気付いてたのか?

ゲート型転移魔法なんざ
事前の設置と維持の魔力を
アホみたいに食うだろ?

いえ、別に。単なる保険です
いつ何があってもすぐに
駈けつけられるようにしていただけです

こやつら……

   静かに言葉を交わし合う2人を見て

         我は気付く

本気でやり合う気じゃな

 オータと勇者の2人は言葉を交わし合いながら

    少しずつ間合いを取り合っている

    僅かな、すり足の挙動で距離を図り

 重心の移動で先手と後手の組み合わせを調整する

          その上――

……魔法の装填も
抜かりないか……

       相手に解き放つべく

      オータと勇者の2人は

   幾つもの魔法を構築し保存している

     それはいつ解き放たれても

     おかしくないほど高まっていた

       その只中にあって――

…………

勇者さんよ

    オータは高ぶらせていた気配を消す

    一見無防備になったようでありながら

       罠であると思ったのか

      動かぬ勇者にオータは言った

今の内に謝っとくよ
娘さんを巻き込んで
悪かった

他に、アンタと一対一で
やり合える方法を
思いつかなかったんでな

…………

       勇者は何も返さない

     だがオータは、かまわず続ける

代わりと言っちゃなんだか
この戦いの結果がどうなろうと
娘さんの安全は約束するし

アンタとは正々堂々
一対一でしか戦わない

……信じろって言っても
無理だろうけどな

信じます

   勇者の声は、どこまでも自然だった

私が戦い殺した魔王は、私と
正々堂々一対一で戦ってくれた

その魔王の弔いを望む貴方も
そうであると、信じます

……そうかい

ありがとよ

   これから本気で戦い合おうとする相手に

      向けるとは思えないほど

    屈託のない笑顔で返したオータは

   それを区切りに戦士としての顔になる

         そして――

それじゃ、始めようかね
勇者さんよ

     息一つ、勢い良く吸い込んで

       オータは名乗りを上げた

我が名はオータ!
死と豊穣の魔王
オルクスが眷属たる
オークが一人!

12代魔王たる
フェンリルの弔いのため
汝に戦いを挑む者なり!

    高らかな口上に、勇者も返した

猛き口上いたみいる!
我が名はムスカ・エクウェス
名を捨てし神より祝福を受けた者

汝が決闘、この場にて受ける
いざ、全身全霊を懸け参られよ!

いかん、このままでは本当に
戦いが始まってしまう

       戦場の名乗りを上げ

   今にも戦わんとするオータと勇者の2人

このままでは、どちらが勝とうとタダでは済まない

止めねば

     我は今生の父たる勇者に

      娘としての表情を向け

お父さん、止め――

     戦いを止めるべく声を向けた

    だが、我の言葉を遮るようにして

大丈夫だよ、鈴音

      勇者は静かな声で言った

鈴音が傷付くようなことは
お父さん、しないから

    我を安心させようとする優しい声

      その声は、我の胸の奥に

     ズキリと痛みを覚えさせる

         そして――

征くぞ!!

来い!!

      勇者とオータの戦いは

       始まってしまった

元魔王さんの制止は効かないようです

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