近藤は事情を説明するために一旦、宿を後にすることになった。

 その間に飛騨はしっかり手当てを受けるように言い残して。



 そしてレインフォードもまた、今回引き連れてきた仲間達に事件のことを伝達しに向かう途中だった。

 特に従者として引き連れてきたレザールには今回、レインフォードの勝手で金を支払うことになったことは伝えておかなければいけない。



レインフォード

サトミは一体、何を考えてるんだ。
あんな少年を戦場に引き出そうなど……

そうですか?
私から見てもミスター・レイジはとても優秀ですよ。

現に、グールを相手に呪術解除だけではなく、その魂からの情報収集も行える。
ギルドメンバーに迎えるとなれば大歓迎です

レインフォード

貴方も一般人にそういうことをさせてはいけないという常識はないのか?

どう考えたって無茶をしていただろう。

それに、あれが戦っているように見えたのか?

いえ、サッパリですね。

子供の喧嘩のようにお粗末で、体術は会得していないご様子。

ですが、ルームフェルの話だと明らかに魔族の気配を追いかけているようだというのは魔力感知力の高さを伺わせます。

まぁこの分析思考もミス・サトミの着眼点に感化された結果でしょうが、彼の存在はとても優秀ですよ

レインフォード

その点は認めるとしても、アンデットを相手にするというに、彼を連れて行くという発想になるか?

私には来るなと言っただろう。

私は確かに警護対象だ。
護るべきだから仕方ないが、彼だって私からすれば貿易相手の仲間だ。

その彼を危険な目に遭わせるわけにはいかないという考えぐらい起こるだろう





 通話先のカロンは何だか今更のような口ぶりで「そのことですか」と呟いた。

 すませんねぇ、と紡がれる謝罪から全く謝意は見えないし反省しているようには思えない。

ミスがまた勝手に妄想したんだと思って

レインフォード

妄想?

えぇ。彼女の魔力的な能力なんですよ。

彼女、発想力が豊かでしてね。

放っておけばいくらでも最悪の展開をポコポコ考えるんですよ





 それはライトからも聞いた。

 そのカロンも宛にしているという、その阿呆みたいな発想力のことを。

 それを聞いたカロンは、クスリと笑う。



今回も、それが発動してお節介ですよ。

私でもある程度、ミスター・レイジの考えたこと分かりますからね

レインフォード

何だ。お節介というのは





 通話越しのカロンは、ふむ、と呟いて。
 またクスリと笑った。

そうですね。

彼女が同情してしまうようなとっても悲しい過去、ですかね

レインフォード

はぁ?

簡単に言えば、ものすごく悲しい過去を背負ていると思われる少年が戦いたいと望んでいるようなので戦場に出そうとしているんですよ

レインフォード

悲しい過去?

えぇ。それも涙が止まらなくなるような辛く悲しい過去……

……それは、一体……!






 彼に、何があったというのだ。

 初めて会っただけの彼に、彼の過去を透視したということか?

 涙が止まらなくなるような、辛く悲しい過去というのは、一体……。





を、勝手に『妄想して』サトミは彼を戦場に連れて行こうとしているんです

レインフォード

おい! 妄想じゃねぇか!! 一番駄目だろ!

ですが、もうすでに動いていますよ。ミス・サトミに与えた私の異名は『悪魔』ですから

レインフォード

どういうことだ?
まさか、彼女は魔族なのか?

違いますよ。ちゃんと人間です。

ただ……――やることが全てにおいて『悪魔』みたいなんですよ。

彼女のささやきも、その行動が引き起こす結果も……――







 すると、カロンは一つ間を置いて、楽しそうに「あぁ、間違えました」と呟く。


あれは『悪魔』そのものなんですよ。人間が悪魔の皮を剥いで被ったように、中身がまるで悪魔なんです。

人間の癖に、言うことも悪魔の如く、やり遂げることも悪魔の如く……私も、それを容認して自由にさせていますが

レインフォード

ですが、もしサトミに正式な同行許可がほしければ、彼女の『感情』に訴えかけなさい。

どうしても着いていきたいのには強い理由があるということをアピールするんです。

そうすると、サトミはあっさり同行許可降ろしますよ

レインフォード

……強い理由とは、どういうものだ?

うーん。何でも良いのですが、一番この状況にあったシチュエーションを提示するのが良いですかね。

Msからお話は伺っていますが、今回この地に着く前に夢の中で前世の記憶が蘇ったそうですね。

ならば、この港町が前世と関わりある町かもしれない、とか。

Msは基本バカなので、それだけで一発ですよ

レインフォード

おい。そんな奴をリーダーに据えて大丈夫なのか

大丈夫です。

彼女は基本構造がバカで、何があろうと諦めない……――それが大事なのです





 凄腕の術師であるギルドマスターがここまで絶賛するのだ。やはり、それだけの理由が彼女にはあるということか。

 確かに、彼女は護衛としての考えはしっかり持っている。

 そういう点を、認めているということか。



さて、どう化けるんですかね。まぁ、話を聞いた限りでも見た限りでもあの魂は優秀だ。

仲間に引き入れられるなら実に使い勝手は良さそうです





 その言葉を聴いて、ようやくレインフォードは現状が非常に不味いことに気づかされた。

 弾かれるように踵を返して、真紅の絨毯を踏みつける。



 こいつら、何の打ち合わせもなく近藤の部下である飛騨を戦場へ連れ出すために何か策を弄しているということに。

 レインフォードは、旅館の従業員をギリでかわして、戻る。

 ライトが怪我の手当てをすると言っていた、あの部屋へ。

























 部屋の前に立っているルームフェルがレインフォードを見つけて向き直る。

ルームフェル

どうかしたか

レインフォード

ちゃんと手当てしているか確認しに着た

ルームフェル

ライトがちょうど医療器具持ってきたところだ

は?

 




すんなりと室内に案内され、レインフォードは目を疑うことになる。







 飛騨は帯で縛った着物の上部だけを脱いでうつ伏せになっていた。

 その色白の肌に浮かび上がった、毒々しいまでに紫色に染まっている鬱血の痕、長い間放置していた結果であろう膿。

 最近つけた傷なのであろう引っかき傷が赤々と背中に刻まれている。

 それだけではない。上半身のほとんどが擦り傷があちこちにあった。


赤石賢誠

派手にやられてるじゃないですか。
何が心配無用ですか。
死んじゃったらどーするんです。

泣くのボクじゃないですからね?

近藤さんですよ。
あの美人の顔が悲しげに歪むのは心苦しいでしょう、飛騨さんも

レインフォード

おい、大丈夫か!?

ライト・ネスター

大丈夫じゃありません。
炎症起こして最悪ですから、下がっててください

おや、これはまた。ヒドイ傷ですねぇ。感染症の可能性は?

ライト・ネスター

おそらく、無いかと



 後から追って入ってきた目玉通信機も加わって、ライトの処置が進んでいく。

 そんな中、俯いて顔を上げようとしない飛騨に向かい合うように、彼女もうつ伏せ状態から頬杖をついた。

赤石賢誠

ねぇ、飛騨さん。
弱いままなのは嫌なんだよねぇ。

だから、こんなになるまで一人でどうにかしようとしたんでしょう



 飛騨は答えなかった。

 ろくに戦えもしない子供が戦場に出たって、戦えるわけがない。

 それに、気づいていなかったわけじゃないだろう。
 だけれど、黙っていられなかった。


そうか。
魔力感知能力が高かった。

カロンはそう言っていた。つまり……

赤石賢誠

近藤さんは一週間前からって言ってたけど、本当に一週間前からかな?

アンデットがこの町に出ていたのは。

飛騨さん、きっとそれより早く気がついてたでしょ?

君の魔族感知能力はとても高い。

どこまでの範囲かは分かりませんが、君は誰よりも先に魔族の存在には気づいていたんじゃないですか?

サトミ。それは……――

飛騨零璽

……



 飛騨は、喋らない。

赤石賢誠

君は知っているはずだ。きっと、警護人が被害に遭った場所はあの橋の上だけではない。

おそらく各所に現れている。

だけれど、君は誰にも教えないで行動していたね。

何でかって言えば、ここに魔族対応できる人間が一人としていないからだ。

だから君は、一人で何とかしようと思った。そうでしょう?

レインフォード

バカか。それで何が出来た?

分かったなら、分かった時点で近藤氏に相談すべきだった。

そうすれば、被害はもっと少なくなったはずだ

赤石賢誠

黙っててくださいよ、レインフォードさん。

あなたには関係ない。

この町を護りたかったのは飛騨さんなんですから






 折り曲げて立てている足をプラプラさせながら、サトミはじっとレインフォードを見つめて……にこぉーっと微笑んだ。

 すると、レインフォードの周囲を茶色い魔力が濃密に集まって、金色の砂を撒き散らしてできたのは真っ赤な椅子だった。


 しかし、それだけでは終わらない。

 その椅子からうねるように触手が伸びてレインフォードの全身に絡みつくと椅子へと引き寄せて強制的に座らせた。かと思えば、その両足両手首、それに首にまでガッチリ太い枷をはめると、喋れないように口まで覆い尽くした。


飛騨零璽

お前、それ……

赤石賢誠

あぁ、ボクの人具、見ます?





 すると、彼女はうつ伏せのままでいる飛騨の目の前で、その手の平にチンマリとした魔力を色濃く作り出す。

 そして、それがパチンと弾けた。

 まるで黄金色の花火を散らすように、砂金は舞い散って……現れる。






















飛騨零璽

・・・石?





 手のひらに、ちょこんと一粒。
 手のひらに、ぽつねんと一粒。
 手のひらに、寂しそうに一粒。

 赤い石が、

 真っ赤な小石が、乗っていた。


飛騨零璽

もしかして、アンタの人具、それだっていうのか?

赤石賢誠

そうなのですよ。

ボクの人具はですねぇ、この真っ赤な石らしいのです

飛騨零璽

でも、そっちは椅子……――





 しかし、そういっている間に、飛騨の目の前に置かれていた小石から真っ赤な植物が芽吹いた。

 双葉を開き、それからにょきにょきと伸びていく。しかしその茎も、生えてくる葉も、全てが全て血色のように真っ赤だった。
 滑らかな光沢を放つ様からしても、その物体は本物の植物ではないことが目視でも分かる。

 しかし、本物の生命のごとく蕾が膨らみ始めたではないか。

 そうして赤くて細い無数の花弁が、天へ手を伸ばすように咲き誇る。


飛騨零璽

曼珠沙華……



 ぽつりと、青年は驚いた声でおぞましいほど赤く、妖艶な花の名を紡ぐ。

 その途端、室内の風景も赤色に染め上がる。


















 宿屋という事実を、土くれに変えるかのごとく、室内が真っ赤な曼珠沙華が一気に芽吹いた。

 畳の網目の隙間に種でも埋め込まれていたかのようにぞろぞろと生えて、風景を真っ赤に変えてしまう。


 どこか幻想的な赤い世界の中で、飛騨だけが理解できないと目を丸くしている。

飛騨零璽

で、でも、人具は小石なんだろ?
何でこんな……

赤石賢誠

小石って、しょせん岩石とかが壊れて小さいモノの総称でしょう?

あるいはパワーストーンだったとしても地中に眠っている歳月次第では赤ん坊より大きくなります

飛騨零璽

……た、確かに、そうだろうけれど……でも、なんでそんな変幻自在に形が変わるんだ!?

飛騨零璽

いっ!?





 動くな、とたしなめるライト

 サトミは楽しそうに笑いかける。


 すると、彼女はその 曼珠沙華をドロドロの液状にすると、今度は人間の顔の輪郭を作り上げる。髪の毛の一本一本、まつげ、眉毛の細部まで再現されたその人具は…――

飛騨零璽

なっ……


真っ赤な

近藤孝則が

微笑している

像だった

赤石賢誠

ボクの人具、小石だけど自由自在に変化させることが出来る。

でも、そんな難しく考えなくて良いんだよ。

これは赤い石で出来た、近藤孝則さんの石像なんだ

飛騨零璽

! 石像!?





 サトミが立ち上がると、畳から群生していた曼珠沙華はぱぁん! と金色の砂をとなって室内を舞い上がり、空気に溶けるように消えていく。


 だが、それだけでは終わらない。





 レインフォードも目を疑う光景が広がる。






 複数の茶色い魔力が何本も、何本も何本もさまざまな武器の形を作って浮かび上がる。
 それが弾けて飛べば、中から真っ赤な石像となって姿を現した。

 ロングソードやスピアー、巨斧からハルベルトまで、数十種類ある武器の石像に全く同じ形の武器は無かった。

 しかし、たった一つだけの共通点。



 それは血色であるということだ。



 その威圧的なまでに武器倉庫と化す室内に、飛騨だけではなくレインフォードも圧倒されていた。


 しかし、それだけでは済まない。



 武器達は自由自在に動いて……――そのうちの一つ、槍がレインフォードの鼻っ柱へと飛翔して、ピタリと止まった。




飛騨零璽

そ、そんな人具、聞いたこと無い……!

赤石賢誠

じゃあ、今回の吸血鬼がボクと同じことしてきたらどうする?

聞いたこと無いで済ませるの?

飛騨零璽








 そんな人具など見たことが無い。

 そんな風に使える人具など、自分は聞いたことが無い。

 それは一方的な主観でしかない。



 だが現在、武器以外の人具の需要は限りなく少ない。

 誰もが、そんな人具で何が出来ると言い、見てさえもいない……――。



赤石賢誠

そもそも石というのは旧石器時代からさまざまな武器や道具として使用されてきた。

それは包丁からすり潰し器まで色々。

青銅が使われるようになる前からずぅっとだ。

だから、石っていうのはさ。
ある意味では『殆どの武器の原型』でもあるんだよ。

ボクは単純に、それに気づいただけで、実際大したこと無いんだよ。

分かれば単純なことでしょう?





 その台詞はさっきから人を小突く石像の道具達を引っ込めてから言ってくれ。

 服に穴が開いたらどうするつもりだ。

 だが、彼女は笑って続ける。



赤石賢誠

だけど、どいつもこいつも『武器以外の人具なんて大した魂じゃない』とか言って馬鹿ばっかりでさ。ムカつくんだよね。

だって、それって人の魂を馬鹿にしてるって事でしょ?

ホント失礼だよね。人を馬鹿にする権利なんて誰にもないってのにさ。


だって、魂から具現化するんだよ!? 

それってつまり、魔力の塊でしょ? 

つまり、『魔法の道具』ってことじゃない?!

彼らの使う武器が『魔法の武器』であるならば、ボクが使う赤い石は『魔法の赤い石』ってことなのさ!






 サトミはこれでもかと楽しそうに語り始める。

 だからサトミは自分の人具の使い方を徹底的に調べ上げた。

 調べて調べて調べつくすことにした。

 その結果、サトミの人具は変幻自在になることが発覚したのだ、と飛騨に語りかける。




赤石賢誠

だからねぇ。
君の人具も、調べたら面白いことになると思うんだよねぇ

 




 つらり、とサトミがそうねじ込んできた。



飛騨零璽

……でも俺は、人具が出せない……

赤石賢誠

いや、それさえもきっと『君の人具の特性』なんだよ

飛騨零璽

レインフォード

!?










 今まで話を聞いて、確かに、とか納得していた自分が阿呆だった。


 これは、アカイシサトミという、ギルドのエースにして『赤石の悪魔』が飛騨零璽ただ一人のために仕掛ける『プレゼンテーション』だ。


 レインフォードは、彼女が『悪魔』と呼ばれる理由を知る。

赤石賢誠

君の人具は使い方が分からない。それはつまり、敵にも分からないということだ。

たったそれだけで、『その事実は武器となる』





 敵も『どうやって使う』と馬鹿にする人具を圧倒的に使用することで『敵の意表をつける』という、とても致命的な思い込みを相手に植えつけることが出来る。

赤石賢誠

武器の人具は戦うことを前提に作られている。

だが、武器ではない人具は違う。

使い方が分からないから敵も対応策の練り方が分からないんだよ。

武器ならば戦えるけど、ボクの人具じゃ戦うなんていう対応は使えない。

レインフォードさんなんか椅子にガッチリ固定されてる拘束具にもなってるよね?

あるいは、とにかく臨機応変に挑もうとするまでに、数瞬の隙を『必ず作り出せる』……――






 サトミは、続ける。




赤石賢誠

でも、飛騨さんはすでに人具の使い方を発見しているよね?

君は昔もそうやって魔族に対応したことがある。

そして撃退もしているね。

だから、今回も一人でやろうとしたんだ

レインフォード

何を言っている……?






 サトミは治療を受けている飛騨にずいーっと顔を寄せる。

 そして彼の視線と絡ませるように、まっすぐに瞳を向ける。



赤石賢誠

君、奉公人だけど家族いないでしょ?

飛騨零璽

!? それを、誰から……

赤石賢誠

うーうん、勘。

だけど、やっぱりね、そうだと思った。

君は家族を失うと同時に自分の人具の使い方を知ったんだ












シチュエーションは、今回と全く同じ。

魔族に強襲された。
それで、
次々と家族を殺されていった。

そして、最後は飛騨の番だった。
だけれど死にたくなかった。
最後の抵抗でもみ合いになった。
その時に……――




君は運悪く、
魂をはがせることに気づいた


もっと早くに気づけば
家族を助けられたという事実が
目の前に転がった。



否、もうずっと前から
転がっていたのだ。



自分が生まれた時から
ずっとだ

その事実に
みんなが死ぬその時まで


気づかなかった








自分を殺したくなるほど
恨みたい現実が
そこにはあった


 サトミは瞬き一つもせずに飛騨を凝視する。

赤石賢誠

汐乃に住み着いたのは、君が自分の罪過を背負った直後だっただろう。

近藤さんに助けてもらったんだね。だから君は彼に恩義を感じている。

そして今、また魔族がこの港町に現れた。

今度はそんな二の舞は踏ませない……






この命に代えても、
近藤の愛しているこの町を護る



赤石賢誠

だから君は単独行動をあえて選んだ。

そして、それにはもう一つの理由がある。

君の家族が『襲われた理由』だ






 飛騨は、いつの間にか。

 サトミと顔を合わせられずに顔を俯かせていた。
 それでもサトミは、じっと飛騨を見下ろしていた。




赤石賢誠

飛騨さん。
君の家族を襲った魔族は『君ただ一人を狙ってきた』んだろ?

!?







 飛騨の魔力は清浄だ。

 その魔力を渇望した魔族が、魔力に惹かれて家族に襲いかかり、次々と手をかけていった。




赤石賢誠

愛されていたんだろうなぁ。

最後まで君は誰かに護られていた。

護られて、最後の一人になって、無様に生き残った








 止めろ。

 それ以上は、もう止めろ。





赤石賢誠

でも、まだこんな暖かいところで、息をしている。

家族を見殺しにした愚か者が、こんなところで、のうのうと







 レインフォードはもがく。
 だがろくに動けない。

 見ていて分かる。飛騨が、小刻みに震えている。



 当たっているのだ。



 彼女の言っていることが、全てが当たっていて、ぐりぐりと容赦なく傷口をえぐり、開き、罪悪感というその血を、止めどなくあふれさせている。




赤石賢誠

だから『ツナブチさんに謝罪』したんだ。

今回の吸血鬼、あの魔族は自分を狙ってきた。

自分が生きているから。

家族を死なせておいて、ぬくもりと優しさの中に甘えてきたから、ついにその対価を支払うときが来た……――







 足のつま先から細部まで、灼熱が衝動となって燃えあがる。

 ガタガタともがく。




 足を引き抜くべく、手を引き抜くべく、ぐぐぐ、と痛みをねじ伏せてレインフォードは動く。

 これ以上、この女に飛騨と話させてはいけない。









本当に悪魔だ。

紛れも無く悪魔だ。


どうしようもないぐらい悪魔そのものだ。




 彼女がこの先、何を言いだそうとしているのかレインフォードにはわかった。

 だが、動こうにも完全に動きを封じられたレインフォードには虚しくもどうしようもなかった。


 ――……固定されたレインフォードは動けない。

ねぇ、飛騨さん。

強くなりたいよね。
この町を護るためにも





そんな言葉は、建前だ


できれば、今回の襲撃の件。

近藤さんに知られず対応したいところだよね?




ふざけんな、このクソ女。

どこが聖女だ!


近藤さんには、恩もあるし、悲しんでもらいたくないもんね?





黙れ、吐き気がする!!


 小刻みに震えて、俯き。
 動かない飛騨の耳元へ、その血色の良い唇を寄せる。



君の魂は、それだけの力を秘めている……――





 その唇から紡がれる薄汚い言葉に、ついにレインフォードの魔力が臨界点を迎えた。

レインフォード

! これだ!






 レインフォードは意識を集中させる。

 瞬時に濃密な魔力を作り上げて、いつもこの命を護ってきた相棒を呼び出す。


 満面の笑みで、飛騨零璽に囁く女悪魔に向かって。




力を望むなら、ボクが君を強くしてあげる。

君が強くなるための人具の使い方を、見つけてあげる。

だから……――



















































 

 ぼぉおう! と燃え上がるように出現した人具。
 細身の刃は、悪魔の命を奪い取るべく飛翔した。
 ひゅん、と空を切り、飛んだソレは首を狙って突き進み……――割り込んできた白い影に、かぁん! と弾き飛ばされた。
 
 サトミと飛騨を庇うようにルームフェルが立っている。

ルームフェル

何のつもりだ





 その問いかけに答えることは無理だ。あいにく口が塞がれている。


 しかし、その後ろでサトミはむくりと身体を起こしてレインフォードを一瞥した。

 その瞳は、頭がイカレた人間と同じ眼差しだった。
 サトミが立ち上がると、その頭の上に目玉通信機は着座。


 ちょうど手当ても終わったらしく、ライトは持参していた医療器具のカバンを閉じた。

 そのまま、ギルドメンバーの三人は無言で戸口へと向かっていく。

 しかし、サトミはピタリと足を止める。


赤石賢誠

まぁ、今のボクからの提案は受けるかどうかは後で良いです。

何日かかっても良いです。

だが、君が他に所有している情報の提供は提出願う……




忘れるな

君は、もう独りじゃない




 レインフォードをその赤い魔石の椅子から開放したサトミは、それだけ言い残すと部屋を出て行った。

 あれが、さっきまで無邪気に豚汁作るとか言っていた女とは同一人物には見えない。



 あれは、悪魔だ。



 俯いたまま、包帯を巻かれて真っ白になっている身体を起こした飛騨のそばで、レインフォードは片膝をつく。

レインフォード

おい、大丈夫か?

あいつ言うことなんて気にすんな。
あれは悪魔だ。聞く耳持つな

飛騨零璽

……悪魔なのか……
人間の魔力だけど……

レインフォード

どう見たって人間の皮被ってるだけの悪魔だ。

だから、無理してヴァンパイア相手に戦いに行く必要はない……――






 着直している飛騨の着物をレインフォードは整えてやる。

 その間、彼は俯いたまま、何かを考え込むように心ここにあらずといった風だった。




 何か言わねばいけない。




 そう思いはするものの……――あの女と同じ言葉しか出てこない自分が恨めしかった。





レインフォード

お前はもう一人じゃない。
一人で戦う必要はない……――

俺が居る。だから、頼ってくれ





 一歩及ばなかった、いや、一歩どころか百歩も千歩も及ばなかった自分の至らなさが胸元を酷く絞り上げる。



 まるで、雑巾をこれでもかと絞られているような。



 俯いて、顔を合わせようとはしてくれなかった。
 そのままよろりと立ち上がって、背を向ける。




レインフォード

おい、大丈夫か?






 尋ねるが、飛騨はただポツリと返すだけで、放心しているように思える。



 このまま放っておいてはいけない。

 だが、何と声を掛ける?




 サトミの妄想だといっていたあれを、飛騨はどれも否定することなく話を聞いていた。



 全部真実なのだ……――まるで、あの女がしでかしたことのように紡いだのだ。




 悪趣味にも程がある。



 魂を……あの女にしてみれば、人具が気になるだけだろうが、その人具に興味があるだけで、飛騨の後ろ暗い過去を腹を割いて直接内臓をずるずると引きずり出すように暴露して、あの言葉だ。




 

揺らがないわけがない。

彼は、望んでいるのだ。


力を欲している。





 これでは、彼が吸血鬼と相対するという危機は回避できない……確実に、彼の意思で戦うと言い出す。
 サトミは、それに手を叩いて喜ぶことだろう。

レインフォード

あの女、ぶっ殺したい……!




 これほどまでに、女性に対して殺意を抱いたのは初めてだった。

 だが、今の言葉が彼に届いているか問われると、きっと届いてはいないだろう。

 完全に、今、サトミの言葉に魂を持っていかれているような状況だ。




 どうする……――?



 レインフォードは眉間にしわを寄せて、飛騨と共に部屋を後にする。

 この少年をどうにか巻き込まないために、どうやって手を打つ?




 思考は可能性を算出し、計画を立てていく。

 レインフォードは、剥ぎ取りようのない罪過を背負い込んで離せない少年の背を見下ろした。
 

第二章 『神』に呪われし者(弐)

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