吸血鬼ですか!?

 不謹慎にも、カロンの見解に目を輝かせているサトミをレインフォードは一瞥する。

 ここには現在、勝手な行動をした飛騨と領主の近藤も一緒だ。

えぇ。今回お連れした死体。全身の血が抜き取られてやせ細っているのは明白でした。

そして、首元に噛まれたような牙の痕跡。歯形からして、確実に吸血鬼のものです

赤石賢誠

じゃあ、ツナブチさんは吸血鬼になってしまったんですね!

……Ms.サトミ。貴方の頭って本当に時折バカを発症しますよね

赤石賢誠

え? でも、さっき飛騨さんのこと襲ってたじゃないですか?

あれは血がほしくって襲い掛かったんですよ!

そしてまた新たに仲間を増やして……

あれは全自動(フルオート)の死体操術です。

私が使っているものの劣化版『グール』ですよ。

ていうか、噛み付いただけで仲間を増やすとか意味が分かりません。

魔術学的な観点から根拠を言いなさい

赤石賢誠

パニックホラー映画ですね。

そう吸血鬼がたくさんの人の血をすって、最後は主人公達が吸血鬼の親玉を倒してハッピーエンドです

誰がそんな適当にヴァンパイアの情報を書いたんですか。

今すぐ忘れなさい、えぇ、今すぐに!




 仮にも私の弟子なんですから! と目玉通信機がサトミに何度も突撃する。

 そのたびに、あたたた! とサトミは顔をしかめた。

 なにやらサトミは「名作ですよ、作者に謝ってください!」と

良いですか、サトミ。

ヴァンパイアは血を吸っただけで他人までもヴァンパイアにすることはできません












 吸血鬼は神に呪われし人間の成れの果てだ。


 昔、あまりの悪行を重ねた人間が、神の怒りに触れて日の光を浴びることを許されず、夜だけの住人にされてしまった。



 その生態系さえも人間から変質され、普段の食事では彼らの渇望を抑えることが出来なくなった。


 そして、血を求めるようになったのだ……――神の呪いにより、彼らは人間を襲う者になってしまった。



普通の人間と同じように『魔力』が回復することができなくなったということです。

それは魔族の特徴でしょう?



 とにかく生きた人間の血肉を求めるのは『グール』などのゾンビ系。


 血液だけを特にほしがる魔族を『ヴァンパイア』。


 そして、人間の魂を渇望する魔族を『悪魔』とそれぞれ総称が違う。








汐乃の近くに魔族が住み着いているということですね……

今すぐ、王都に使いを出さねば……

赤石賢誠

王都に?

はい。汐乃には魔族に対抗できる魔術師はいないのです……

赤石賢誠

王都の人間が在中してないんですか?

えぇ。何かあればこちらに派遣してもらえますから

赤石賢誠

でも、有料ですよね?

ていうか、王国に色々納税してますよね?

そこからまた別途取るんですか?

えぇ。吸血鬼ぐらいの魔族であれば、依頼料金も50万と高額ですが……

赤石賢誠

たっか!
ボッタクリですよ、それ!
職務怠慢です!





 まさか、職務怠慢と言い出すか。

 本来なら、討伐依頼は国王軍の出る幕ではない。自衛で対応すべきというのが普通だ。

 しかし、自衛で対応しきれない市町村があるから王国からの派遣、ということが普通のはずなのだが……ギルドに所属している彼女の思考はどこか外れているようだ。


 だからなのかもしれない。ギルドという機関を立ち上げ、それに所属しているのは。






 彼女のギルドは今やテルファートだけではなく異国からの需要もあると聞く。

 依頼料金は破格だ。依頼料金は前金で依頼額の三分の二。残りの三分の一は依頼が完了してからと完全前金制の国とは料金制度も違う。




仕方がないんです。魔術師は数が少なく、僧侶ともなれば数は少なくて……

Ms.サトミ。それが普通なんですよ。

私達が破格なんです。

宮廷魔術師達からも睨まれているでしょう

赤石賢誠

無能の言い分ですか?
じゃあ無視して良いですね。

資本主義国家育ちを舐めるなってことですよ。

こっちは稼げりゃあ良いんです。
勝手に喚いてろってんですよ。

それが嫌なら対抗して料金下げろ

同意しますよ。

あなたのそういう所が、本当に大好きです。

さて、話が逸れましたが、もしよろしければ近藤氏。

今回のヴァンパイア退治、私達がお引き受けいたしますよ。

三十万程度の価値がある物品で対応します

!? いえ、そんな!

これは私達の問題です!
お世話になるわけには……

近藤氏。
私はビジネスの話をしているんですよ。

ですから、ちゃんと対価は要求していますよ

貴方達の問題解決と、三十万程度の物で交換しようという提案で……――

赤石賢誠

はいはいはい!

醤油とお味噌がほしいです!

しょ、醤油と味噌??






 聞いたこともない単語にレインフォードは目を瞬かせるしかない。

 ふふん、と彼女は自慢気に腕を組んでむふん、と鼻を膨らませる。


赤石賢誠

日本の伝統調味料です!

絶対に今日の食事にも出されるはずですからね、お味噌汁!

味噌という調味料を使用したスープなのです。

あれは日本古来から美と健康を補助してきた絶対的な健康食品ですからね!

そして日本料理の基礎調味料の一つたる醤油!

レインフォードさん、驚いて聞きなさい!

この国のソース類は一種類だけなんです! それが、醤油!

レインフォード

それは、おいしいのか?

赤石賢誠

ビックリするぐらい、ほとんどの料理に合います!

しかも、掛けるだけじゃなくて煮物にも汁物にもお使いいただける日本伝統の最強調味料です!

それに何より、醤油もお味噌も長期保存が可能!

で、ですが、そんな安物では……

赤石賢誠

だから、いっぱいください!

豚汁を作れば、きっと三十万なんてあっという間です!

Ms.サトミ。何かおっしゃいました?

赤石賢誠

え? だから、豚汁作れば三十万なんてあっという間に稼げますよ

誰が作るんですか?

赤石賢誠

作り方を知っているのはボクだけですからね!

ボクが作ります……――

すみません。そのミソとショウユという調味料の話はなしにしてください

赤石賢誠

何でですか!

ていうか、ボクがお味噌と醤油がほしいんですよ!

豚汁も食べたいんですー!

ミスの料理音痴は極限を超えています。

貴方に作らせたらどうなるかわかったものではありません。

出来上がるのは絶対に毒物です

赤石賢誠

何言ってんですか!

ボクだってこれぐらい作れますよ! 野菜を切って豚肉を炒めて、お水突っ込んで後は煮ればいいんですから!

とりあえず報酬の交渉は後にしましょう。

現在、吸血鬼がそちらに居ると分かった時点で、私そちらに向かっているところなんです

カロン氏が?




 初耳の話にレインフォードも目を丸くする。

 ギルドマスターであるカロンはその幼い容姿でありながら凄腕の魔術師だ。彼が着てくれるとなれば、確かに今回の事件、そこまで高額を叩いて国から魔術師を派遣してもらう必要もなくなる。そうなれば、汐乃の負担は軽くなる。



 ここは、近藤が守りたい場所。



 守っていきたいと、護って生きたいと願う場所。



 それが今、ヴァンパイアに脅かされていると分かった。

 そこまで分かって、分かってしまって……果たして、レインフォードは黙っていられるのか。










― 居られるわけがない ―





レインフォード

マスター。私から追加で依頼を要請しても?

何でしょうか?

レインフォード

私からも正式に、汐乃に現れたヴァンパイア退治を依頼したい。

この汐乃が負担する半額を私が持つ

飛騨零璽

!? レインフォード氏!?

レインフォード

今は手持ちがないが、国へ帰ったら必ず即時用意する。

もしくはその通信魔道具を貸していただき、家の者と交渉の場を設けていただけるか?

まさか。私は貴方の人柄を信用しています。特別に後払いを許可しましょう。

言質はいただきますがね

レインフォード

ついでに、今回のヴァンパイア退治。
私も同行させてほしい







 これは、賭けだ。

 反対されればレインフォードはもちろん、大人しく引き下がるわけがないのだが単独行動を取ることになる。


 それは危険だ。重々承知。

 アンデットに成り果ててしまったツナブチと遣り合って、確かに勝てなかった。



 だが、勝てなかったとして、引き下がるわけにはいかない。

 もしかしたら、ここは……――。


赤石賢誠

えー。嫌です






 そこで、ポンッと拒否を示したのはサトミだった。

 彼女は本当に嫌そうにレインフォードを見つめている。





赤石賢誠

だって、さっき思いっきりグール相手に留め刺せてなかったじゃないですか。

それなら飛騨さんの同行許可の方が圧倒的にほしいです

飛騨零璽

……

ダ、ダメです!
零璽は行かせられません!
この子は、本当に戦えないんです!

レインフォード

それはこちらも同意見だサトミ。
彼に何が出来るという?

赤石賢誠

え?

アンデットしとめ損ねたレインフォードさんが寝言?

それとも、その目玉は眼球だけが腐って盲目なんですか?

レインフォード

おい……冗談で言ってるんじゃないぞ……?

赤石賢誠

ボクだって冗談言ってません。彼の人具は今回のアンデット戦で大いに利用できる。

さっきだって思いっきり庇ってもらってるじゃないですか。

ボクらが手出ししなくても、おそらく飛騨さんなら一人であのアンデットの動きを完全停止ぐらいできました。

魂を引っこ抜いて仮面に変えて、しかも成仏までさせたじゃないですか。

貴方では出来ていないアンデット退治が、彼には出来た。

これは実質『プリースト』と、日本では『僧侶』とほぼ同じ『浄化』が飛騨さんには出来ていることの証明です。


あと、ルームフェルとも同じことが

飛騨零璽

……







 サトミは言う。


 グールやゾンビは自然発生することはありえないのだ。


 吸血鬼や悪魔のように、交配で産み落とされることもなければ、魂があんまりにも真っ黒に染まったからグールになることはない。


 必ず、近くにグールを生み出す死体操術師(ネクロマンサー)がいる。



 ネクロマンサーはグールを作り上げる際、魂に『呪い』をかける。

 本来なら肉体が死ねば魂は自然と剥がれ、相当強い思いを持っていなければ幽霊にはならないで天上へ還る。どれだけ己が生に強い執着を持っていても身体を動かすことまでは出来ない。




 それは身体の構造が基本的に電気信号で動いているからだ。

 死ねばその電気信号はぷっつりと途絶えて発令しない。


 だが、グールが動く死体となるのは『動力源を魔力に切り替えたから』だ。それは並みの術師が出来ることではない。それは魔力を全身の隅々にまでいきわたらせる術式を死体に施して動くのだ。



 だから頭がなくなっても動く。

 手だけになっても、足だけになっても、肉片だけになっても動く。
 メンチになって、魔力がなくなるまで動こうとする。



 生きるために、魔力を求めて。



 先程、飛騨がグールに成り果てたツナブチから魂を引っこ抜いた時、魔力が破壊される音がした。


赤石賢誠

なので、圧倒的に使い勝手はレインフォードさんよりも飛騨さんの方が……

待ってください!
零璽は人具が出せないんです!
何かの間違いでは!?

赤石賢誠

へ?


 近藤の言葉に、ようやくサトミも目をぱちくりとさせる。

零璽はなぜか人具が出ない体質なんです!

なんでかは、分かりませんが……

それ、本当ですか?
Mr.レイジ?

赤石賢誠

待ってください。
おかしいじゃないですか?

人具って、世界中の生き物みんなに平等に与えられたっていう能力でしょう?

マスターじゃあるまいし、出ないなんて変ですよ




 人具は言い伝えによると生けとし生ける者達に与えられた、平等なる能力と言われている。

 マスターのカロンは死霊術師だ。彼の魂は死した時に別の『箱』に入れている。その体には魂が宿っていないが動くことは出来る状態になっているのだ。

 単純に、カロンが人具を出せないのはその体内に魂がないからである。


零璽、人具を出せないのでしょう?

飛騨零璽

……――はい。
近藤様のおっしゃるとおりです。

俺は、人具が出せないんです

レインフォード

自力で出せないなら、今回の吸血鬼との戦闘は危険だろう。

それはいざという時、自分の身を守れないということだ。

同行なんて許可できるわけ……

赤石賢誠

その指揮権までレインフォードさんに譲渡したわけではないですよ。

え? もしかしてボクの知らない間にそんなことになってるんですか?

まさか。全権はMs.サトミの物ですよ。

ですが今回はMr.フィリルのメンツを立てるためにも現地調達候補のMr.レイジは外しなさい

赤石賢誠

むーぅ……でも、あのお面。
人具だったと思うんだけどなぁ……







 サトミが不満そうに唇を尖らせながら、分かりました、と返答。

 レインフォードはようやく安堵の溜め息をこぼす。

 何で一般人を連れていこうとする。本来なら実力を伴っている人間を連れていくものだろうに。



 しかし、今、レインフォードはポツリとおかしな言葉を聞いた気がする。



レインフォード

現地調達候補?

赤石賢誠

センセー。お願いしまーす

ライト・ネスター

……そうだな

飛騨零璽





 ライトはすっと立ち上がると、飛騨のそばに片膝をつくと、ぽんっと軽く背中を叩いた。

 とたんに、彼は小刻みに震えて表情をガッチリと固めてしまった。



ライト・ネスター

この身なりでも医者をしている。
一目見れば、怪我してるのは分かる。

さっき派手に背中から倒れたと聞いています。念のため、別室を借りてもよろしいですか、近藤氏

何から何まで……――
本当に、ありがとうございます

飛騨零璽

掠り傷です。ご心配無用

赤石賢誠

心配って言うのはですね。
心を配ると書くのです。

勝手に、一方的に、相手へ心を配ってしまう行為なのです。

ようは、個人が相手へおせっかいを焼くということですね。

なので恩着せがましく『心配してやってるのに』というのは日本語として表現間違いなのですよ

飛騨零璽

……だから、心配は無用だと……――

赤石賢誠

要はテメェの言い分なんか知ったこっちゃねぇから怪我見せろってことです。

安心してください。
心配なんかしてないですから、心配無用なんて言葉も無意味です

心配してないので

レインフォード

すさまじく強引だな……





 さぁさぁライトの処置を受けろとサトミは飛騨に迫る。
 レインフォードは少々呆れながらも、飛騨が巻き込まれる可能性を回避したことに安堵の溜息を零すのだった。

第二章 『神』に呪われし者(壱)

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