やはり近くで見ても、胸の奥からじんわりしてくる、この感覚にレインフォードは一息吐いた。


 サトミが綺麗だとはしゃいでいる。
 黄色い通信機を桜に向けて伸ばしていると、その通信機から薄気味悪い目玉が剥き出るとコウモリのような翼を生やしてパタパタ飛び上がっていった。



 それを見た近藤が、ひ! と小さく悲鳴を上げてレインフォードの腕に抱きついた。

 どうしようもなく女性に見えてしまったが、そこは黙殺。

 薄気味悪いそれは何なのかとちょっと騒動になったが、魔道具であることを説明すると近藤はビクビクしながらも納得してくれた。



 念には念を押して、襲ってきませんよね、と尋ねるぐらいに。





先程は醜態をさらしてしまって申し訳ありません。

どうしても、魔物の類は苦手でして……

レインフォード

私も、あの通信機があんな薄気味悪いのに変身するのは初めて知りました。

さすがは、通信魔道具を発案しただけのことはあります

その、通信魔道具というのは何ですか?

レインフォード

あぁ。簡単に言えば、遠方の相手と話すことができる道具なんですよ。

自分の家に居ながら、仕事場にいる相手と話すことができる道具です。

互いに、通信魔道具を持っているのが条件なんですけど

それは便利ですね!あれは、テルファートで売っているものなんですか!?

ち、ちなみに、おいくらですか!?
とても高かったりしますか!?

レインフォード

そうですね。実はあの通信魔道具の発案者が彼女……サトミでして、まだ実用販売には至っていないんです。

彼女の所属している『ギルド』という会社は試験運用中ということでつかっているのですが
















 その理由は彼女の上司であるギルドマスターが権限を独占しているからだ。

 まだ改良を加えたいと言っているが、絶対に嘘をついているのは分かっている。あのギルドマスターの商才はレインフォードも妬むほど敏腕だ。


 使用させてほしいと次々とオファーがかかっているのはこちらだって知っているが、彼はまだそれをしようとはしない。

 時期を狙っているのだ。通信魔道具の製造権の譲渡することで、高額で稼ぐために。






そうなんですか……早く実用化になると良いですね

レインフォード

えぇ。こんなにも美しいものを遠方に居る家族にも見せられるならと思うと、実用化が心待ちになります

そうですよね!
私も、この桜を……――













 すると、彼はふいに。


 桜を見上げたまま目を細めた。


 見上げたまま、動かない。



友人も、桜が好きだったんです

レインフォード

ご友人も、ですか?

はい。なんというか、レインフォード氏にとてもよく似ている男でした。

明るくて、私みたいにナヨナヨなんかしておらず、男らしくって……













 その彼を懐古するように、一つの間。




桜の下で約束したんです。

必ず戻ってくるから、お前はここに居ろ、と。

簡単に死ぬんじゃないぞって




 近藤は、それからレインフォードを見つめて、うっすらと微笑む。


だから、私はこの街を守らなくてはいけない……この約束を果たすためにも




 近藤は再び桜を見上げた。


あなたを見ていると、むしょうに懐かしい気持ちになります。

……とても、心が安らぐんです。



 なぜでしょうね、と微笑んだ。
 その笑顔がまた美女そのものだった。







 胸が、ぐわりと、わし掴まれるような感覚。



 懐かしい気持ちに、なる。



 なぜだろうか。
 その言葉に、レインフォードは異様に心が惹かれる。





 ふと、サトミが言っていた言葉を思い出す。
 魂が前世に住んでいた地に近づくと、記憶が呼び起こされることがあると。



 だが、果たしてたったそれだけで前世の記憶がよみがえるなんてことがありえるのか?

 レインフォードには、到底そうは思えなかった。
 それ以上の理由があるようにしか思えて仕方なかった。


 桜との出会い。

 まるで、レインフォードの来訪まで待っていたかのような偶然。



 そして、近藤の言葉。



 レインフォードが夢に見た言葉と、ほとんど合致している……――。








 これさえも、
偶然だといえるのか?





 
 
 

赤石賢誠

レインフォードさん。ボク達、ちょっと外へ出ます




 今まではしゃいでいたサトミが突然、レインフォード達の元へやってくるなりそう言った。

 急にどうしたのか、尋ねてみれば彼女は少し表情をしかめた。


赤石賢誠

ルームフェルが魔物の気配を関知したんです。

なので、敷地内から出ないでください。
ボクはルームフェルと一緒に追跡します

レインフォード

魔物?

赤石賢誠

詳細はあとで。
ライト先生から離れないでください。

念のため、近藤さんも中へ避難してください。

飛騨さんを追いかけているみたいなので、加勢してきます

!? 零璽が!?



 目を丸くした近藤がサトミへと詰め寄る。

零璽は戦えないんです!
何かの間違いじゃ……!

赤石賢誠

え? 戦えない?
どういうことですか? 

小太刀持ってますし、一緒にいたところを見ると、近藤さんの懐刀じゃないんですか?

違います! あの小太刀は彼の護身用に持たせているものです!

今回一緒にいさせたのは、零璽が異国語を理解できるから同行させたんです!

レインフォード

な!?
急ぐぞ、サトミ!
私も同行する!!

赤石賢誠

え。邪魔だから来ないでください。

どうせ人具、武器でしょう

レインフォード

腕になら自信はある!

赤石賢誠

魔物の種類によっては腕前とか関係ないし。

死に損ない(アンデット)だったら、武器系のソウルマスターは、いるだけ邪魔





 サトミは真実だけを
吐き捨てた


















 人具…――それは、前世に縁があるものが魂から具現化したものの総称だ。

 人具はさまざまな形を取る。
 武器や農具、子供の玩具などさまざま存在する。

 人具の使い手達は『ソウルマスター』と呼ぶ。



 武器系の人具を持っている人間というのは前世から戦いに身を投じてきたという証明になり、国王軍でも優遇される。

 かくいうレインフォードも母国では見たことのない細身の片刃剣を人具として持っている。


















 だが、
武器系の人具でアンデットモンスターと
鉢合わせた場合
不利なのは事実だった。

 いるだけ無駄だ。

 武器としての性能があっても
アンデット達は
両腕両足を根元から解体したって
襲い掛かってくる。



手は爪を立ててでも地を移動し

足は蹴ってでも地を這い

口は歯を食い込ませながら前進する。




腕、足、首、胴。
 それらを完全に引き離しても
彼らはすぐに死なない。

 切断された肉だけが
同じ意思を持って動こうとする。

 ひき肉にならない限り、彼らは蠢き続ける。



 生き物に対する執着が強いのだ。




 死者達は、
生き物達の持っている
生気を求めて這い寄ってくる。

 彼らに思考は存在していない。
ただ、生への渇望がある。

 生きていたいという欲求。

 死者達が蠢き人を襲う理由は
思考とは呼ぶに呼べない
生きたいという『願い』。





















もしアンデットならば
それはもう
魔術師に任せるしかないのだ


 死体に宿りし魂を

一端の人間が
戦って殺せるだけの人間が

生を求めて永遠の闇の中を彷徨い続ける
彼らに引導を渡すことは容易ではない


先も言ったとおり、ひき肉ぐらいにすれば
彼らも動くことはできないのだ。

だが、それには絶大な労力が必要となる。



生きている者達を殺せても

死んでいる者達は殺せない




死した者達を救うには、
アンデット達の魂を浄化するしか方法はない

魂を死体に縛り付けている魔法を
解除するしかない


















それを得意としているのが
神官(プリースト)達だ


彼らにかけられた束縛の呪いを
解除できる術を持っているのは彼らだけ


呪いと呼ばれる魔力を浄化する
能力に長けた彼らだけなのだ















レインフォード

だが、アンデットと決まったわけではないだろう!?

赤石賢誠

その『可能性』がある。

護衛って言うのは、危険を予知して対策を取り、対象の生命の危機を守るのもお仕事です

「依頼主が我儘言っても守れ」なんてクソガキ発言が許されると思ったら大間違いだ















それぐらい分別つけろ

大人だろ











赤石賢誠

ボクらが回避し損ねた危険に遭遇した場合、全力で守ることが仕事です。

事前に回避できる危険には手を打つのが当然です。

お前の我儘聞いてやれるぐらい守れる腕はあるぜ、とか自信過剰な人間は、例えその生涯、依頼主を同行させ続けて守り抜けたとしても、護衛としての仕事は失格ですよ。

それは守っているわけじゃない。
強いから結果的に守れるだけで、護衛という仕事を本質的に全うしているわけじゃない





 危機に対して即時対応できるだけであって、伴うかもしれない危険から対象者を守るという危機を予測して最初から安全な道を行かせるという手段をキチンと取れていない。


 それはつまり、『何があろうと、怪我なく身を護れれば良い』。


 護衛という仕事の本当の仕事は『依頼主の身に降りかかるであろう全ての危険を排除しながら、依頼主の安全を護る』ことだ。









 本質的に


腕っ節に自信がある護衛と

本来の意味を掲げた護衛は



何もかもが根本的に違う










赤石賢誠

そんなのはストーリーを楽しむライトノベルとか漫画でやってくれれば良いんです。

物語として楽しむ分には、全然問題ありません。

むしろ、そっちの方が軽快で愉快で爽快ですから大歓迎です。

というか、ボクにはストライクゾーンに入るジャンルですから連載希望します

レインフォード

……








 彼女のいうことは、最もだ。

 本来であれば、護衛が勝手をして怪我をするなどあれば叩かれるのは護衛をしている彼らだが、本質的に悪いのは身勝手な依頼主だ。


 何もしなければ回避できる危険に突っ込んでいった依頼主の方が悪い。それはレインフォードも理解できるぐらいの分別はある。

 そこまで、我儘をいうほど人間性は低くない。





 だが、彼が大事に想っている人が、魔物を追いかけていってしまった。

 彼が、心配になって当たり前だ。









大人しくなど





















していられるわけがない









レインフォード

自分の身は自分で護る。
護れなかった場合は、死も覚悟の上だ。

お前達、今の言葉は聞いたな。
何かあったら、ギルドへ責は問うな。
私の独断だと上に報告するように













レインフォードは

改めてアカイシサトミに向き直る













 

レインフォード

では、私の勝手で行かせてもらう

赤石賢誠

めんどくさい。同行許可します

レインフォード

……良いのか?

赤石賢誠

だって、行くんでしょ?

置いてっても宿から出るって事じゃないですか。

大人しくする気がないなら、ボク達の誰かが一緒にいた方が安全度は上がります。


この思考も『護衛』という仕事の一つですよ。

『馬鹿な依頼主がどんな行動を起こすか、それにより発生する弊害に対処して身の安全を確保するための対応をする』


勝手に動くと判断できるなら、むしろ同行を許可してその近辺警護についた方がずっと良いと貴方だって分かるでしょう?

レインフォード

……

赤石賢誠

でも、役立たずなのは変わりないですよ。

確実にアンデットですから

レインフォード

さっきは可能性と言っただろう?

赤石賢誠

ボクの予想として九割アンデットです。一割ぐらいはそれ以外の可能性があります。

でも、そんな差異をわざわざクライアントに教える必要ないでしょう。
同行させるつもりが更々ないんですから。

事実はしっかり確認してから伝えても良いわけですし

今から前言撤回していただけるなら喜んで置いていきますが

レインフォード

いや! 連れて行ってくれ……――





























 そのとき、レインフォードの頭上で茶色の濃密な魔力が展開された。

 それは最初、小さな丸だったが、次にはレインフォードの周囲を囲う様に幾本も降り注いだ。

 細く造形された魔力何本も降り注いだ。

 レインフォードを囲むと、その茶色の魔力は次にレインフォードの足元へと広がっていく。

 

レインフォード

サトミ? これは……?

赤石賢誠

その魔力の上に乗ってください

レインフォード

の、乗れるのか?

赤石賢誠

急いでるんだから、早く乗れ





 有無を言わさず急かすサトミに、レインフォードはしぶしぶその足を乗せてみた。

 靴底から伝わる感触は硬質だ。ごつごつはしていないものの、レンガ造りの道を歩いている時に感じる感触に良く似ていた。


 足元が、完全に降り注いでいる魔力をくっついたその時、ぱぁあん! と魔力が弾け飛ぶ。

 目もくらむような魔力の光はレインフォードの視界を多い尽くし、一瞬だけ、光の世界へと誘った。
 その輝きに目は耐え切れることもなく、ぎゅっと閉じる……――。



 そうして、目を開いた時には。

























 真っ赤な檻の中だった


 それ以外に、どうんな表現のしようもないほどに、真っ赤な檻だった。

 もしそれ以外に表現があるなら、レインフォードに教えてほしい。

 レインフォードのような体系では抜け出せそうにもない、真っ赤な檻。

 レインフォードを閉じ込めるための檻。



 レインフォードは、さながら黄金の衣を纏う鳥獣が不服を訴えるかのごとく、声を荒げる。

…!

レインフォード

おい、サトミ!
これはどういうつもりだ!?

赤石賢誠

移動しながら説明しますね

レインフォード

今すぐに説明してくれ!



 彼女はレインフォードの訴えなど聞く耳持たずという風に、檻をよじ登ると腰を下ろした。

 すると、上から動かないでくださいね、と一言かける……――。



 すると、次の瞬間には。





 赤い檻は、浮かび上がる。













 地表が、近藤が、仲間達が、遠ざかっていく。

 眼下へ。


 瞬く間に、檻は地に立つ者達を置いて、空を突き進む。


レインフォード

サトミ! これは何の魔法だ!?
聞いたことがない!

赤石賢誠

えぇ。魔法じゃありません。
ボクの人具ですから

レインフォード

なっ…! 檻が人具なのか!?
そんなものまで人具になるのか!?

赤石賢誠

まさか。ボクの人具は檻じゃありません

でも、そろそろ黙ってください。

人具の説明とか、そういう細かい話は急用が済んでからでもゆっくりお話しますから

最優先するは、アンデットを追いかけていった飛騨さんの救援です。

彼に何かあれば、今回の商談が一度持ち帰りになったりするかもしれない。

それは困るでしょう




 確かにその通りだ。

 彼に何かあれば、近藤がどんな胸中になるかは判断がつかない。

 特にサトミの話を聞いていると、飛騨には熱を入れているということになる。そんな彼が死んだとかになればご乱心の可能性もある。



 レインフォードは、檻の上に片膝を立てて座っている執事姿の彼女を見上げる。

 一本に纏められた漆黒が風にゆらゆらと遊ばれる。






















ギルド「アメノミナカヌシ」

そこに所属しているギルドメンバー達のことを

レインフォードは、まだ何も知らない






第一章 日本によく似た港町(伍)

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