おお魔王よ
死んでしまうとは何事だ

笑顔で言うな

    勇者に殺され無明の闇に落ちた後

        我は気付けば

      神殿めいた場所に居た

なにものだ、こいつ

       死んだ筈の自分が

    どことも知れない場所に居る

       そのことよりも

    いま目の前に居る相手の方に

   その時の我は意識を奪われていた

まさか、神か

     目の前にしているだけで

    否応なしに感じられる威圧感

  考えられる存在といえば、それしかない

      ……のではあるが

ひどい! 先に
ネタバレするなんて!

      威厳が無いこと甚だしい

子供か貴様は

心はいつでも17才さ!

さて、出口はどこだ?

無視しないでよ!

     神(自称)の戯言は無視し
 
     ここから元いた場所へと

     戻れぬかと周囲を探るも

ダメか……

  扉のように見える場所も全てが閉ざされ

       どうにもならない

破壊できるか
試す事が出来れば良いが……

   先ほどから力を振るおうとするも

    まるで発動する気配が無い

あ、無駄無駄~
だって、キミ死んで
魂だけになってるんだもん

生きてる時みたいに
力を使えると思ったら
大間違いなのさ~

そうか。ならば仕方ない

ちょっとちょっと
随分物分り良過ぎじゃない

つ~ま~ん~な~い~

もっと絶望して
悶えてくれないと

知らぬわ

我を絶望させたくば
全霊を尽くし戦うが良い

勇者のようにな

わ~お。自分を殺した相手なのに
随分と買ってんだ

ヤツも我も共に死力を尽くし
正々堂々戦いぬいた

それを汚すつもりはないわ

は~、ご立派な事で

なになに? ひょっとして
死んでも未練は何も無いわけ?

……無いわけではない

     我ながら未練がましいが

    死して魂の身になったというのに

     どうしようもない渇望が

     溢れそうなほど満ちている

勇者との
いまひとたびの戦いを

      魂に刻まれるように

       今際の際に見た

   勇者の泣いているかのような顔が

   死した今になっても忘れられない

我を殺しておきながら
あのような顔をするなど
許しておけるものか

……随分とまぁ
勇者に御執心なんだね

配下たる魔族の事は
どうでもいいって事かい?

舐めるなよ、神め

我は勇者に殺され
確かに人類は
千年の繁栄を享受しよう

だが、それで滅ぶほど
魔族はヤワではないわ

あやつらは我が居ぬとも
生き残り強くなろう

我は、そう信じておる

は~、さすがは魔王
って所かな

伊達に自分の死をトリガーにして
保険を掛けておいただけはあるよ

……その口ぶりでは
成功したようだな
我が最期の魔法は

ああ、発動したよ
魔王の死を代償に
人を拒み魔族を守る大結界

随分と領土は
減っちゃってるけど
あれじゃ魔族を
絶滅させられないって

人の神共は右往左往してたよ
すっごい笑えた~

人の神、だと……
貴様、神ではないのか?

やだな~。神さまだよ~

ただし邪神だけどさ

私は、私のためだけにある神さ
人間だの魔族だの知ったこっちゃないさ

私は私のしたい事を
楽しいことをしたいだけ

だからキミと取り引きしたいんだ

取り引き、だと?

生き返ってみない?
勇者ともう一度
戦いたいんでしょ?

……そんなことが出来るのか?

正確に言うと、転生なんだけどね

魔王以外の何かに
キミを生まれ変わらせて
元居た世界に戻そうってことさ

生まれ変わっても
魂は魔王である
キミのままだから

やりようによっては
元の力を取り戻せると
保証するよ

もっともそれまでは
転生先の能力しか
使えないけどね

……何が目的だ、邪神よ

娯楽だよ

私は楽しみたいだけなのさ
生まれ変わったキミが
どう藻掻き足掻くのか
見て楽しみたい

だからどこの何に
転生するのかも教えないし
転生した後に魔王の力を
どうすれば取り戻せるかも教えない

それでもキミは転生を望むかい?

       迷いは、正直あった

    だがそれ以上に、渇望が強かった

望む

再び勇者とまみえることが
出来るというならば
貴様の娯楽になるも本望よ

我を転生させよ、邪神

オッケー。その言葉を持って
契約と成す。生まれ変わりなよ
魔王

  邪神の言葉は言霊となり法へと変わり

    我に融け込むように同化する

……すさまじいな
言葉一つでこの強制力か

   抗う事の出来ない絶対的な力に

     自分が造り替えられ
   
  何処かに引き寄せられるのが分かる

なるほど。確かに神なのだな

ぶ~。なになに?
信じてなかったの?

信じて欲しければ
せめてもう2割り増しで
威厳を見せろ

あ、それ来週からなんですよ

飯屋のメニューか何かか
貴様の威厳は

と~んでもな~い
そんなに美味しそうな
ものじゃないよ
私の威厳なんて

そんなの燃えないゴミの日に
ぽ~いだよ

つまんないもんだよ
神の威厳なんてさ

誰とも繋がれない
ただの牢獄の檻
みたいなものだからね

……ふん。感傷的なヤツだ

  神とは思えない俗に満ちた事を言う邪神に

     我は憎まれ口を叩いてやる

邪神ならば
嘆くな笑え

出来ぬのなら我が笑わせてやる

貴様は我の生まれ変わりを
娯楽にするのだろう

ならばせいぜい楽しめ
神たる貴様が笑える程度には
新たな生を生き足掻いてやるわ

…………

いいねいいね
それじゃじっくりたっぷり
特等席で見させて貰うよ

しっかりと私が楽しめるよう
新たな生を生き抜きなよ、魔王

言われるまでも無いわ、邪神

         今生ならぬ

     あの世の別れに軽口を叩く中

    我の体は端から光の粒子に変わり

    邪神めの下腹部へと吸い込まれる

……どういうことだ?

心配しなくても大丈夫だよ、魔王

私の体を通り道にして
キミは現世に新しく
生れ落ちるんだ

だから今、取り込んで
いるだけだよ

どういうことだ?

   いぶかしる我に今度は返すことなく

   邪神めは最後に別れの言葉を口にした

じゃあね、魔王
新たなキミの生を
じっくりと楽しませて貰うよ

あ、そうそう。生まれ変わる先は
今から期待してくれて良いよ
楽しみにしていてね、魔王

ちょっと待て
なんだその笑顔は

   心底楽しそうな邪神の笑顔に

    激烈に嫌な予感が浮かび

  問いただそうとするよりも早く――

      我の意識は光に包まれ

      次に気付いた時には

  人間の赤子として生まれ変わっていた

         そして――

今では、この様じゃ

分かった、淑音
ここは俺の職場に
鈴音を連れて行く事で
妥協しようじゃないか

馬鹿なこと言ってないで
とっとと仕事に戻りなさい!

そんなっ! い~や~だ~
鈴音と離れたくない~

夕方の5時には定時で
残業もせず帰って来れるでしょ
大人なんですから
我がまま言わないの

それともこれ以上
愛娘の前で醜態を
曝すつもりですか?

うっ、そ、それは――

うぅ、鈴音。お父さん
きっと生きて帰って来るからなーっ

毎度毎度大げさな

   呆れてツッコミを入れるよりも早く

     親バカでバカ親な勇者めは

  高速移動魔法で光に包まれすっ飛んでいった

まったく。いつものことだけど
あの人にも困ったものね

ホントにの

    母の言葉に内心で頷いていると

それじゃ、お家に帰りましょう

    母は我をひょいっと抱き上げ

      家へと帰っていく

   これが今の我の日常。全く持って――

我ながら情けない

それもこれも邪神めのせいじゃ
今もどこかで見ておるんじゃろう

見ておれよ邪神
我はこのまま
幼女の身に甘んじて
おるつもりなどない

その為にも新たなる
配下の育成に力を入れねばな

     我は決意を胸に心に誓った

あ、そうだ鈴音
今日のデザートは
林檎パイですからね

ホントに!

ええ、本当よ
鈴音、好きでしょ

うん! やったーっ!

…………

って、幼女の生活に
馴染んでどうするーっ!

…………

まぁ、それはそれとして
林檎パイには罪は無い

母めの献上品を無碍にするのも
魔王として大人げない
しっかりと食べてやるとするかの

     こうして我は心に誓ったのだ

      林檎パイを堪能しようと

……何か忘れているような

     などという事を思いながら

     我のお昼は過ぎて行った

 そして腹ごなしに外に遊びに行く風を装って

我が魔王としての新たなる策謀を始めるのであった

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