赤石賢誠

おはようございます。レインフォードさん

レインフォード

あぁ、おはよう

 レインフォード・フィリアは無粋にもノックなしで扉を開けてき女性に笑いかけた。

 齢十七であれば一端のレディーとして扱うべきだが、彼女はいかんせん、女性というよりサバサバした男子のようなのだ。




 服装は使用人のバトラーと同じ格好。
 これが彼女が一番気に入っている服らしい。


 細い体躯に絶壁の胸が幸いし、男ものでも胸元は窮屈ではなさそうだ。長い黒髪を後ろで束ねているが到底、女には見えづらかった。



 だがしかし、この身形でありながらレインフォードの護衛なのだ。

 しかも、今回は護衛の中でもリーダーとして任務についている。



 彼女はその年齢にみあわず博識で天才児と謳われる『赤石の悪魔(メデゥーサ)』と言われている巷では超がつくほどの有名人だ。


 恐らく国王の子息達よりもずっと有名である。





 彼女はその天才を買われ、テルファートでは『ギルド』という依頼請負所に属している。

 ギルドは化け物退治から護衛引き受けまで何でも色々やっている、いわゆる何でも屋的な人材派遣業者だ。

 彼女はギルドマスターの補佐も勤め、異国の神が守護神をしているという飛んでもない話まであるほどだ。






 だが、そうでなければ彼女の行使する魔法には納得いかない者が多いのもまた事実だった。


 中でも彼女が得意とする魔法は大量の魔力を消費すると言われている上位火炎魔法の『爆発魔法』だ。

 しかし、彼女は爆発を引き起こすのに魔力をほとんど使用せずに敵を爆発に巻き込み、倒している爆裂娘。もしくは爆発娘なのである。




 危険人物で間違いないが、善人な人柄がギルドでは聖女と見なし、国王も一目置く少女。

 レインフォードも予々噂は聞いていたが、今まで警護を依頼していたギルドから彼女が派遣されたのは初めてのことだった。






















 彼女が属しているギルド『アメノミナカヌシ』という珍妙な名前のギルドは実力・強者揃い。一国潰しも可能と大袈裟にいわれるほど。


 彼女の名前は「サトミ」。




 レインフォードは、諸外国と様々な貿易を行っている交流の多い国・テルファートで貿易商人として働いている。



 貿易商人とは、案外命を狙われる職業だった。

 自分を守るための鍛練は怠っていないが、護衛は欠かせない。

 それに、今回はテルファートにとっては初めの外交をする東国。

 外交をすると言う約束を取り付けはしたものの、初めて行く国は特に注意しなくてはいけない。



 その領地によっては政治的な勘繰りがあって警戒される。
 あるいは策略が張り巡らされ、異国からの来訪者を殺そうとする人間がいるのだ。


 この東国は今まで閉鎖的なところだったというから、なおのこと。

































 そして、サトミは『コンセンサス』という異国語を他人に理解させる魔法を創造した当人だ。


 現在、この魔術を使える魔術師は数少ない。


 絶対条件に、その国が使う言葉を魔術師が認知している必要があるからだ。魔術師が知っている言葉をレインフォードの母語に置き換えてくれるという外交にはとっても有り難い魔術。



 前回はギルドマスターが同行してくれたが、今回はサトミが同行してくれることになった。


 そして、彼女が抜擢された理由は……――彼女の生まれ故郷の可能性がある、ということだった。



















 レインフォードは彼女の素性を詳しく知らないが、もともとテルファートの住人ではない。



 テルファートの人間とは肌の色や瞳の色が違う。



 彼女は、気づいたらいつの間にかテルファートにいた記憶喪失者なのだ。











赤石賢誠

どんな夢を見られていたんですか?

レインフォード

うん?


 サトミは奇妙なことを聞いてきた。



 レインフォードは確かに、夢を見た。




 見たこともないほど美しい男……──



 それこそ、女性でないという事実が残念なほどに美しい男……──



 男なぞもはや止めてしまえと言われるほどに美しかった男の夢を見たことなど誰にも話していない。






 そもそも、この一等客室にいるのはレインフォード、ほか二名の給仕だけだ。仕事仲間は連れてきているが、彼らは別室。彼女だって、本当であれば仲間達と同じ部屋であるはずなのに、なぜかいる。


 頼んでいたモーニングコールの時間から一時間も遅れて現在に至る、という状況だ。







赤石賢誠

腹の上で跳ねても起きなかったので、ちょっと口にハンカチーフを丸ごと突っ込んで鼻をつまみ、呼吸を困難にさせたのですが

レインフォード

おい。君、私の護衛だよね? 思いっきり殺す気だな

赤石賢誠

それでも目が覚めなかったので、心配していたんです

レインフォード

心配している人間の起こし方を思いっきり間違っているよ。普通に揺すって起こしてくれ…

赤石賢誠

揺すって起きなかったから、そうやったんですよ。

レザールさんが起こしに行って、それでも目が覚めないから血相を変えてライトさんを呼んだんです。

で、ボクは気になって見に来ました

 



 揺すっても起きなかった。

 その事実に呆れて頭を抱えたレインフォードは心中で驚いていた。

 普段は、揺すってくれればすぐ起きた。前日の疲れが残ってすぐに体を起こさないことはあっても目が覚めないことはなかった。



赤石賢誠

まるで、死んでるみたいでした

レインフォード

護衛の手で殺されそうになっていたようだがな

赤石賢誠

えぇ。前世の記憶が蘇った人間によくあることだったので、心配していたんです





 彼女は、言った。




 前世の記憶が残っているということは、とても珍しいことだ。

 それは魂の奥深くに刻まれた記憶。










 輪廻転生をするためには前世の記憶をまっさらに消去される。それは無垢な魂として再びこの世に蘇るために必要な措置なのだ。人間が手出ししようのない、介入することなど到底できない、天界の掟のようなものだ。



 記憶を残したまま転生すると新しく生まれた己に違和感が生まれる。その違和感が精神の分裂を産み出す。


 二重人格になるというのとはまた違う。


 前世の記憶が強ければ強いほど、その記憶に生まれ変わった自分の記憶が汚染される。それにより前世の記憶に現世の記憶が支配される。

 つまり、前世の人間になってしまい、この現世の己が消えるということだ。
 中には前世と現世の記憶による葛藤も起こる。

 記憶の浄化は、輪廻転生した魂をある意味で生きていきやすくするための措置なのだ。






 なので、天国も地獄も、実際のところやることは同じ。


 天国は幸せ気分のまま、もしくは頭を阿呆にさせて徐々に消していき、記憶をまっさらにする。ひたすら遊ばせて、好きなことをやらせて、そんなことを何年もやっているうちに記憶が綺麗になくなっていくのだ。というか、思い出すという作業をしなくなる。そのうちに消えるというわけだ。

 地獄は絶え間ない苦しみを与え続け、絶望的なまでに疲弊させ魂が持っている『自我』を崩壊させる。もちろん、罪を帳消しにするための場所ではあるが……──つまり、犯罪者には慈悲などくれてやるものか。

その壮絶を極めるといわれている地獄のことを誰も覚えていないのは、地獄で自我が壊れて魂の記憶能力が使い物にならなくなってから天国へ送り込むからである。







赤石賢誠

レインフォードさんの魂が、前世に住んでいた場所を関知したんだと推測しています

レインフォード

……私の、前世が

赤石賢誠

えぇ。

数少ない事例ですが前世に強い思いを残した地に近づくと、魂が思い出すことがあるらしいんです。

中でも、統計として多いのは……──






 サトミはものすごく嬉しそうに。





赤石賢誠

来世でも結婚しようねって大恋愛を約束した魂ですね

レインフォード

待て!

私の前世が男と結婚したいなどと望んだというのか?!





 この高潔たるレインフォードの前世が男に恋心を抱く変態と同じだと!?


 侮辱にもほどがある。


 この清廉潔白なレインフォードは今まで色恋沙汰は無かった。




 女性に困ったことはない。寄ってこない女性はほとんどいない。だからといってどれでも手をつけたことはない。それぐらいの分は弁えている。


 誰彼構わず手を出す男などリフィア家の大恥だ。そう信じ、心に決めた女性以外は付き合わないと決めて見事に婚期を逃したと噂されているレインフォードは実際、結婚に興味などないわけだが、そんな前世の情報は致命的である。



 しかし、一方でサトミはピクピクとこめかみを引きつらせた。




赤石賢誠

マジですか。不潔

レインフォード

違う! 断じて違う!

赤石賢誠

まぁ、そんな腐女子が手を叩いて喜びそうな展開かって冗談は置いておいて

レインフォード

おい、今、なんか意味が分からないけど薄ら寒いことを言わなかったか!?

赤石賢誠

だったら、あなたが死んでも一緒にいたかった最愛の親友だったんでしょう





 しん、と空気が静まった。



 サトミは、その夢を見ていない。
 そして、レインフォードは詳しく話していない。

 でも確かに、あの夢はサトミの言った通りの状況に近かった。








 死に際に、綺麗な男を心配していた。

 だから死ぬなと言った。

 転生して、すぐにお前のところへ行くと約束したほどだ。



 バカな男だ。


 輪廻転生がすぐできるわけがない。

 記憶の消去には何年と時間がかかる。特に魂からの記憶を消すのには最低で見も生まれてから生きてきた年月がかかる。それも知らず、すぐに転生すると言ったのだ。

 バカな約束だ。





 それを分かっていたのかは分からないが……──そう言わなければ、あの男に信じてもらえるような気がしなかったのだ。






 前世の、自分は。






レインフォード

だが……──来世でも会いたい友など、どんな友だという



 レインフォードには、分からない。


 確かに友人達はいるが、来世でもまぁ会えれば良いなぁ程度だ。

 魂の奥深くまでに記憶を刻み付けるような、そんな友人とはどんな友人なのだろうか。



 家に恵まれ、才能に恵まれ、得るものは得て不自由したことはない。
 そもそも、得られないものがあればそれに向かって挑んだのだ。


 心の底から欲するものは、正直ない。


 あえてこだわりがあるというなら、外国を見て回りたいという欲求だ。





 今もそうだ。貿易商につき、商人として異国を旅している。

 その願望が、今のレインフォードを形成している。





 来世でも会いたい友とは、きっとずっと一緒にいたいと思うような友だろう。



 だが、レインフォードには一緒に外国を回ってくれと思えるほどの友はいない。もちろん、彼らには彼らの人生があるからそこまで引きずり回すことが出来ないだけだ。



 それでも、テルファートに友はいる。
少なくともレインフォードが友だと思っている友が。








サトミは、ふぅん、と目を瞬かせる。


赤石賢誠

レインフォードさん、親友いないでしょう

レインフォード

──……仮に、そうだったとして何だ?

親友なんて呼べる人間は、人生にたった一人でもいれば儲けモノだ。

何個も質の悪いのをゾロゾロ引き連れ、つるむよりもずっと希少価値が高い。

たくさん数がいれば素晴らしく、己は優秀などと子供の幻想は遠の昔に捨てた

赤石賢誠

だから、前世の自分が何を考えているか意味が分からないんですよ。

気を付けてくださいね








若くして天才的な魔術師は至極真面目に表情を固くした。




















































レインフォードは、返す。



レインフォード

私は私だよ

赤石賢誠

前世もあなたですよ。
赤の他人などではない……

家族よりも誰よりも、あなたの身近な存在です




 レインフォードは嘆息を漏らす。

 魔術師をやっているだけあってか、己よりも年下だというのに、その言葉が突き刺さった。




 レインフォードは、肝に銘じておくと苦笑するしかできなかった。


プロローグ -客室で-

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