あぁ、泣くな。
泣かないでくれ、友よ。
俺は、
お前の笑っている顔が
好きなんだ。
どうか、笑っておくれ。
あぁ、泣くな。
泣かないでくれ、友よ。
俺は、
お前の笑っている顔が
好きなんだ。
どうか、笑っておくれ。
──……男が、今にも泣き出しそうなほど瞳を潤ませて見下ろしていた。
その黒髪は血濡れでヌラヌラと艶めいているが、その様が烏の濡れ羽色のように思えて何とも形容しがたい美しさを纏っていた。
色男が女のようにさえ見せる。その中性的な顔は一層、彼の性別を狂わしいほど勘違いさせた。
見知らぬ着物だ。胸元がはだけ、腹の辺りで巻いてある布で押さえつけているだけだ。
そんなに乱れた着方では、風邪を引いてしまう。整えなさい……──そうは思うが、今は時間がなかった。
俺は天を煽り見るように倒れている。腹の辺りが猛烈な痛みでどんな怪我を負ったのか忘れた。
ただ、どうしたらお前が俺が亡き後も、前を向いて生きてくれるのか考えるのに精一杯だった。
暗い天を覆うように、薄紅の雲が伸びている。
あれは春になると毎年のように木に芽吹く花の群だ。
あれの下は、幾人もの人間の心に穏やかでありながら陽気な光を灯す。その花を見るだけで、まるで魔法にかけられたように色を失い萎れた心さえ彩り鮮やかな世界へと誘う。
その花の纏う可憐さが、人の魂にさえもパッとその花を咲かすかのごとく。
空は星空という帳が降りているというのに、その木の根本で燃え盛る炎が、木に咲き誇る花を神秘的な美しさを演出するように照らしていたのだ。
俺が迎える死に、後悔は微塵もない。
ただ、お前には敵が多いから、最後まで守ってやれず先へ逝くことが心残りだ。
ずっと守ってやると、その誓いを自ら立てておきながら、その約束を果たせなかった。
それが、
ただそれだけが、心残りだ。
だから、俺はお前に誓おう……──。
俺はすぐに生まれ変わって、
お前の元へ行くよ。
だから、どうかそれまで
お前は死ぬな。
ヨボヨボのお爺さんに
なっても、
ぽっくり逝くな。
そして、
今度こそお前を守り抜く。
だから
その悲しそうな顔は
やめてくれ
どうか、笑ってほしい。
俺は、お前の笑った顔が
好きなんだ。
笑っておくれ。
我が、友よ……──。
っ…………――――!
冷えきった滴が目尻から流れ落ちた。
胸が痛い……──いつの間にかせわしなく脈打っている心臓の鼓動が耳元で騒ぐ。
これから大事な外交の仕事があるというのに……──。
ドラゴンが引く空挺に設けられている一等の客室でレインフォードは爪を立てるように胸元を押さえた。
こんなことをして、この心臓の働きが緩むわけではないのだが、押さえつけずにはいられなかった。
落ち着いていられないほど、胸が詰まっている。
息が、詰まっている──……外交の仕事を何年も続けているが、レインフォードにとってこれは初めてのことだった。
緊張して、悪夢のようなものを見るなんてことは、レインフォードには無かった。
熱い吐息が、口から溢れ落ちる。
荒々しく呼吸が乱れる。
腹が、無性に痛んだ。まるで内部からじわじわと加熱されて煮たっているようだ。
否、痛んだような気がしてならなかった。
腹を抱えて、レインフォードはベッドの上でしばらく動けなかった。
魂から、震える。
キリキリ痛むほどに震える。
泣き出してしまいたくなるような震え。
だが、この痛みは……──
怪我をして痛むという物理的な痛みとは違う。
この感覚。
この感覚は『感情』からくる痛みだ。
この痛みが訴える、その『感情』は……──。
私は、忘れてはいけない。
この痛みを。
この感情を。
ーー 忘れては、いけない ーー
この苦痛を──……。
この『激情』を。