ハートシティ、ハートマン直属篠崎研究所ビル。その屋上に、一機のヘリコプターが近づいていた。
ヘリコプターに刻まれているデフォルメされた天使のエンブレムは、この街を護る最強の守護神たる12人のサイボーグである証明。
Mr.ハートマンが生み出した地球最強にして最新の兵器。その一人が、たった今任務を終え、戻ってきたのである。
屋上にて、白衣を纏う痩せた男がヘリに手を振る。彼こそがMr.ハートマン直属の弟子にして篠崎研究所最高責任者、篠崎 聡であった。
ヘリコプターが無事にヘリポートに到着した。一人の少女が扉から飛び降りた。
一見して彼女は普通のティーンエイジャーであり、それが最強の兵器であることを全く感じさせない。しかし、その両腕、脚が最新の特殊鋼鉄の義肢であり、若く美しい顔のいたるところに小さなやけどや傷など、確かな戦いの跡が残っていた。

篠崎礼音

ただいま、兄さん。

篠崎聡

おかえり、礼音。

鋼鉄の義肢を持つ彼女の名前は、篠崎 礼音。
17歳のサイボーグ魔法少女。そして、篠崎 聡の妹。
およそ半年ぶりの帰還に、兄妹は熱い抱擁を交わした。

場所は変わって、礼音と聡の共有スペース。
たった二人の家族による安らぎの空間である。
研究ビルの最上階にあり、ニューヨークを思わせる摩天楼を一望できる。
礼音はソファに腰を掛けて、大きく深呼吸をした。

篠崎聡

今回は結構長引いたね、お疲れさま。コーヒーはどうかな?

篠崎礼音

うん、お願いするよ。
兄さんとはずいぶん会ってなかったからね、こいつのメンテも兼ねて色々と休ませてもらうよ。

礼音は傷ついた義肢に目を向けながら聡に答えた。
篠崎研究所は彼女のメンテナンス、改良を行う工場でもある。サイボーグ魔法少女にはナノマシンによる自動修復機能が備わっているものの、定期的にメンテナンスをしなければ機能は劣化し、戦闘に支障をきたす。
特に礼音の場合、戦闘スタイルと能力の都合により、義肢、装甲共に消耗が激しく、メンテナンスをうけないことによる弊害は大きい。

篠崎聡

ああ、ゆっくり休むといい。
どうぞ、できたよ。

篠崎礼音

ありがとう、兄さん。
ふふふ……一体どれほど美味しくなっているかな?

篠崎聡

おいおいおい、ぼくの淹れるコーヒーが不味かったことがあったかい?

篠崎礼音

どの口が言っているのやら……

篠崎聡

さてね? まあ、とりあえずは乾杯といこうじゃないか?
日々の労働と、生きていることへの感謝を込めて、ね。

篠崎礼音

ああ、今日を生きていることへの感謝を込めて、乾杯。

篠崎聡

乾杯。

礼音と聡は笑いながら、お互いのカップを合わせた。
「かちん」という音が部屋にこだまする。
このように今日を生きていることへの感謝を口にするのは、二人だけの儀式、慣わしであった。
二人は乾杯を終えると、同時にコーヒーを口に含んだ。
出来たての温かいコーヒーは大変良い香りを醸しながら喉を通り過ぎる。しかし、

篠崎礼音

……兄さんのコーヒーは相変わらず不味いな。一体どうやったらこんな味になるんだい?

篠崎聡

ひどい言われようだな、そんなに悪いかい?

篠崎礼音

なんだろうね? どこがどう不味いとは言えないんだけど、どことなく臭みがあってね、なんというか、ひどく独特なんだ。

篠崎聡

じゃあ、ぼくだけのオリジナルブレンドというわけだ。ここでしか味わえないんだ。たっぷり堪能しておくれ。

篠崎礼音

物は言いようだね。まあ、せいぜい味わっておくよ。次の任務がいつ来るかわからないからね。
それに……死んでしまっては不味いコーヒーすら飲めなくなる。

礼音は小さく、そんな風に自分の死を呟いた。
篠崎礼音という少女は元来体が強い方ではなかった。生まれつき心臓が悪く、医者からは15歳も生きられないだろうと言われていた。
幼いころから自分の死を意識していたがため、サイボーグになった今でも、自身が常に死と隣り合わせであることを意識してしまう。

篠崎聡

嫌な冗談はよしてくれ、おまえが死なないように全力でサポートするのが僕の仕事だ!
絶対に死ぬな、必ず帰ってこい! 死んだりなんかしたら絶対に許さないからな!

篠崎礼音

ああ、わかってるよ。私も自分から死にたいだなんか考えていない。
ただ、今回の任務で、ちょっと思うことがあってね……。

篠崎聡

……話を聞こうか。

篠崎礼音

ああ……。今回、私が受けた任務は南米に現れる謎の魔獣の群れを退治することだった。
近隣の人々をさらう怪物だということでね。
見た目は羽毛に覆われた猿、いやゴリラか? とにかく、普通の生き物としてありえない特徴を兼ね備えた怪物だった。
怪物はタフでライフルの弾も、戦車の砲弾も意味を為さなかった。だからこそ、私が呼ばれたのだとすぐに理解したよ。

サイボーグ魔法少女に与えられる任務にはいくつか種類があるが、今回は現地の人間には手の余る事件への捜査協力であった。
近年ではMr.ハートマンの超技術力が何処からか流出しているのか、このような怪物の事件が後を絶たない。
戦闘能力に長けた礼音に回される任務の中では、テロリストの殲滅の次によくあるものの一つだった。

篠崎聡

確かに……礼音の能力ならそうした厄介な相手に対処できるね。
そこで、何があったんだい?

篠崎礼音

怪物は思いの外賢くてね、不利だとわかるとすぐに逃げるんだ。
戦いは長引いたけど、なんとか敵の本拠地を見つけることが出来たんだ。
本拠地という表現が適切かはわからないけど、そこは、工場だったんだ。その……この研究所みたいな……。

篠崎聡

………

篠崎礼音

………

礼音の表情が重い。よほどショックな出来事があったのだろう。彼女の口は中々詳細を語ろうとしない。
休息の間だけでも、専門のカウンセラーに依頼してメンタルケアを任せようかと考案し始めたときだった。
礼音は青ざめた表情のまま、陰惨な出来事を語り始めた。

篠崎礼音

思い出すだけでも忌々しいのだけど、工場には、たくさんの部品があったんだ。機械じゃない、その……人の……部品だ。切り刻まれて、使われていたんだよ……怪物を造るために……。
まだ小さい子だっ

篠崎聡

もういい! いいんだ! おまえはよく頑張っている! 無理をしなくてもいい!

聡は礼音の言葉を遮って、礼音の肩を揺さぶった。これ以上刺激することはよくないと判断したのだ。

篠崎礼音

あっ……ああ……。ありがとう兄さん。
ちょっと、疲れすぎてしまっているようだ。
最強のサイボーグだというのに、全く情けないな。

篠崎聡

無理もない。半年間も慣れない土地で戦いっぱなしで、ちゃんとしたメンテも受けてなかったんだ。疲れがたたって当然だよ。
今日はもう休むんだ。

篠崎礼音

そうさせてもらうよ。
お休み、兄さん。

篠崎聡

お休み、礼音。

部屋を出ていく際に、礼音は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して行った。
おそらく、睡眠薬を服用するつもりであろう。
今回のような凄惨な事件にまで発展してしまうことはそう珍しくない。かつてもひどく落ち込み、己の無力さを嘆くことも少なくない。如何に戦士と言えど、彼女の心は十代の少女であり、堅茹で卵のような屈強な兵士ではない。
彼女の心が折れてしまわないように、ケア、サポートをすることも聡の仕事だった。

篠崎聡

全く、『情けない』だって? 情けないのはぼくの方だよ。
いい歳した大人が十代の女の子を、それも実の妹を戦場に行かせて、あんなにぼろぼろにすることが仕事だなんて、全く持って嘆かわしい……。

聡はそんな風に自責の念を呟きながら、カップに残ったコーヒーを飲みほした。
いくら責めても次の任務は容赦なく訪れる。少なく見積もっても、一週間以内には必ずやってくる。泣き言を言っている暇があれば、礼音が生き残れるよう、礼音のダメージが減るように研究を進めなければならない。
聡もまた、礼音の後を追うように部屋をあとにした。

彼らはまだ知る由もないが、次の任務が三日後に言い渡される。

『任務を終えたサイボーグ魔法少女、マーレス・クローバーが謎の失踪を遂げた。彼女を見つけ次第直ちに保護せよ』

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