ふわふわと浮かぶ白い杖が、日輪みうに問う。己をどのように使いたいかを。
しかし、当のみうはと言うと、非常に困惑していた。
さあ、みう。俺は君の力になる。
さて、まずは何をすればいいかな?
ふわふわと浮かぶ白い杖が、日輪みうに問う。己をどのように使いたいかを。
しかし、当のみうはと言うと、非常に困惑していた。
ええ~っと……あなたを使えって言われても、その……使い方なんかわかんないし……。
その、小屋の掃除をしなくっちゃいけないし……。
と、いうことは綾は自分の娘に結構な労働を強いているわけだ。
まあ、掃除の手伝いならお安い御用さ。
みう、俺を握ってくれ。多分、君になら俺の使い方を理解できるはずだ。
喋る杖がふわふわとみうの手元まで浮かび、「さあ、握ってみたまえ」と言わんばかりの態勢でみうが握るのを待った。
みうは恐る恐る杖を両手で触った。つるつるしていて、手に吸い付くような触り心地。
そして不思議なことに、みうが少し触っただけで、彼の使い方がわかった。いや、正確な使い方の詳細は全く分からないものの、どのようなものなのかを直感で理解したのだ。
今度はさっきよりも強く握る。
あったかい力を感じる……
何だろう? 体が少し熱い? でも悪い気はしない? かな?
良いぞ、やはり彼女の……いや、君の素質は素晴らしいな。俺の見込んだ通り……違う、想像以上だ!
このあと、どうすればいいの!?
君の思うままに、と言いたいところだが、いきなりじゃあ無理か……。俺が君を導く。勝手にエネルギーを使わせてもらうぞ!
『グランパ』がそう言うと、みうの体が自身の意思に関係なく動き始めた。
両足を踏ん張り、小屋を両目で見据え、右手で杖を構える。その構図はさながら、中国のアクションカンフー映画のそれによく似ていた。
みうの体は大きく後方に飛び跳ねて、空中で杖を振るう。杖の先にある赤い球体から青白い光の束が放たれて、それが小屋の内側まで届いた。
光が直撃した小屋は、扉からもくもくと薄いピンク色の煙を放つ。それは物を燃やした時に立ち上るようなものではなく、ドライアイスの煙によく似ていた。
みうの体が地面に着地したと同時に、体の主導権が元に戻ったものの、みうはバランスを崩して尻餅をついてしまった。
いったぁ~い!
しまったな、体のバランスについては全く考慮していなかった。すまない、みう。怪我はしていないか?
うん……怪我とかはないよ……でも、あなたは今何をしたの?
さっき、ビームみたいなのを出してたけど……。
たった今さっき、君の仕事を終わらせたのさ。そろそろ、わかるころだ。
みう、あの物置小屋を見てごらん。
みうは言われるがままに、煙に包まれた小屋に目を凝らした。
煙の色が薄くなっていくことと比例するように、小屋の中の様子がだんだんわかるようになった。
なんと、小屋の中にあった、その一つ一つがまるで買いたて新品のようにきれいに磨かれていた。小屋の壁、床、窓すらも蜘蛛の巣はおろか、埃の一つすらなかった。
な、なぁにこれぇええー!!
君の力をもとに、俺が増幅させて、効率的に掃除ができるようにエネルギー配分をしたんだ。
簡単に言えば、魔法の力で君の任されていた掃除を終わらせたんだ。
魔法? の力?
そうだ。厳密に言えば、少し違うのだが、そういった方が君にはわかりやすいだろう。
それとも君は、そういった詩的な表現は好まなかったかな?
ううん! すっごく素敵だと思うよ!
すごい! すごい! すっごーい!
みうは大興奮であった。喜びとも、狂乱ともとれるテンションのあがりようであり、すごいすごいと、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
そ、そんなに喜ばれるとは……。
正直、想像もしていなかった。
だって、本物の魔法だよ? すごいに決まってるじゃない!
『プリティ・ドラゴン』みたい!
あなたって本当に魔法の杖なのね!
ああ、俺は君たちをサポートするために作られた魔法の杖だ。君のためならば俺はどんな姿にでもなろう。それが俺に与えられた存在意義だ。
『グランパ』は高らかに自身の意気込みを語った。そうしたときだった。洗車を終えた父、日輪 浩二が小屋の掃除の手伝いにやってきたのだ。
足音は刻一刻と近づいてきている。
流石に大興奮のみうでも、すぐに冷静になった。
父である浩二はみうには甘いものの、得体の知れない喋る杖の存在に不審がることは確実であった。
あわわわ……パパがやってきちゃう……ど、どどど、どうしよう……!?
大丈夫、俺に任せろ。
脳内に語り掛けるような『グランパ』の声が聞こえたときだった。
彼は赤い球体から眩い光を放ちながら、どんどん小さくなっていった。
光が収まるころには、手のひらに収まる程小さな、赤い球体のネックレスに変わっていた。
ちょうど同じタイミングで、水と汗にまみれた浩二がやってきた。
みう、手伝いに来たぞ……って、なんだ、もうきれいに片付いているじゃないか。
みうもやればできるじゃないか。
え、えへへへっ……そんなにやることがなかったんだよ……。
みうは嘘をついた。
言えるわけがない。魔法の杖が魔法の力で小屋をきれいにしてしまいましただなんて、言っても通用しないということは幼いながらも何となく理解していた。
浩二が隅々まで小屋の中を確認し終わると、足元の木製の箱、『グランパ』が封じられていた箱を見つけた。
みう、その箱は何だい?
それは……その……!
みうが上手な言い訳を考えているときだった、再び脳内に直接語り掛けるような『グランパ』の声が聞こえた。
掃除のときに落としてしまった。その拍子に中からネックレスがでてきてしまった、ということを伝えるんだ。
えっと、……掃除してたらうっかり落としちゃって、中からこれが出てきたの……。
みうは『グランパ』が変身したネックレスを浩二に見せた。
拙い演技だったが、幸い、落としてしまったことへの反省にもみえたのだろう。とくに怪しまれることなく浩二はみうの言い分を信じた。
ママのものかな? にしては安っぽいから、子供のころに使っていたおもちゃかな?
彼女にしてはやけにノスタルジックなことをしているな……。
みう、それ、欲しいかい?
みうはゆっくりと首を縦に振った。
すると、浩二はみうとよく似た笑顔を見せた。
じゃあ、それはみうにあげよう。
ママにはパパから言っておくから。大事に扱いなさい。
いいの? ほんとうに?
ああ、ママは自分がいらないもの、いるものをよく忘れるからね。
バイクに無関係なものがここにあるってことは多分、捨てるつもりの物だったんだろうさ。
浩二は独自の見解を述べた。なる程、がさつな彼女らしい。みうも納得してしまった。
みうは喜んで『グランパ』首にかけた。
うん、じゃあパパにも仕事はないし。お昼ご飯までパパと遊ぼうか。
みうはまだ二重跳びが出来なてないんだったかな?
もうっ! それは去年の話だよぅ!
こうして、日輪家の穏やかな正午が過ぎていった。
その日の夜、『グランパ』はみうの脳に再び声をかけた。
みうの素質は素晴らしいものがある、という旨は昼に伝えたと思う。
みうさえよければ、明日からでも暇な時間を見つけて魔法の練習をしようと思っている。
本当!? もちろんやる! やるやる!
みうは快く引き受けた。
彼女の頭の中は魔法少女アニメ『プリティ・ドラゴン』のお気に入りの劇中シーンが何度も繰り返されていた。大好きなヒロイン『レオ』みたいに魔法を使って、悪者をやっつけて、カッコいい意中の男の人とドキドキしてと、彼女は既にアニメのヒロインになりきっている。
その様子を確認すると、『グランパ』は神妙な口調で続けた。
そうか……君がそう言ってくれるのは俺もうれしいが、その前に二つだけ絶対に守ってほしい約束がある。
みうはいい子だから、もちろん守るよ! それで、約束って?
まずは、友達の前で絶対に魔法を使わないこと。魔法について話すことも厳禁だ。
これはどちらかというと、君の立場を考慮しての約束だな。
ふぇ? どうして?
君には魔法を使える才能があるが、だからと言って見境なくつかえば、君のことを怪物のように見る人が出てくるかもしれない。
好きな男の子や大切な友達から嫌われたり、意地悪をされたくはないだろう?
私の友達はそんなことしないよ!
みうは声を荒げて否定した。
彼女の友達はその多くが小学校のクラスメイトであり、彼らが自身を否定することはありえないことであると、彼女は思っているからだ。
勿論、君の友達を疑っているわけじゃない。しかし、友達を心配する親御さん、あるいはよくない噂をまき散らす無関係の人達が、魔法を使えるという君を攻撃するかもしれない。
如何に俺が魔法の杖とはいえ、社会からの攻撃から君を守ることはできない。だからこそ、魔法を使えるということを誰にも教えてほしくない。約束できるかい?
なる程、「社会からの攻撃」となるとみうも気持ち半分理解できた。
みうはニュースをあまり見ないが、一度話題になってしまった人は、新聞やTV報道の取材でひたすら追い掛け回されてとてもかわいそうだと思った。どうやら彼らのような苦しい思いをするようになるらしい、と認識した。
うん……わかった。
いい子だ。
次に、危険なことは絶対にしないでくれ。自分だけじゃなく、違う人に対して、もだ。
俺は君の人生に彩りを入れてほしいために、魔法の使い方を教える。決して人を傷つけたり、自分を追い詰めるために使ってほしくない。
魔法の中にはとても危険で使い方を間違えると大惨事になるものも少なくない。約束できるか?
うん。約束する。
ありがとう。これで俺は安心して君に力の使い方を教えることが出来るよ。
今日はもう寝た方がいい。お休み、みう。
うん、おやすみ、『グランパ』。