突然、ニーレさんが倒れてしまった。

見たところ外傷はない感じだから、
きっと何かの病気か状態異常、
あるいは魔法や呪いの類の影響だと思う。
 
 

エルム

姉さんっ! 返事をしてよっ!
姉さんっ!

カレン

エルム、どきなさい!
すぐに診察をするからっ!

エルム

え……?

トーヤ

エルムくん、安心して。
カレンはお医者さんなんだ。
ここは信じて任せて。

エルム

う……ぅ……。

 
 

 
 
僕はエルムくんを背中から抱きしめて、
心を落ち着かせることにした。


大切なお姉さんなんだもん、
倒れちゃったら動揺して当然だ。

僕じゃその代わりにはなれないけど、
少しくらいは支えてあげたいし、
支えになれたら嬉しい。


その間、カレンは診察魔法を使って
ニーレさんの体を調べる。
 
 

カレン

まずいわ、意識障害が起きてる。
しかも栄養状態が悪くて、
抵抗力や体力がかなり落ちてるし。
でも病気の原因が分からない……。

トーヤ

どういうこと?

カレン

私の知らない病気ってこと。
未知の病気か、風土病の類ね。

トーヤ

だとすると、
症状が悪化しないように
対処療法を施すしかないね。

 
 
診察魔法は体の状況を調べる魔法。
その情報と自らの知識を摺り合わせて
病名を判断しているに過ぎないんだ。


だから術者の知らない病気は
どの薬が有効でどんな治療をすればいいのか
判断がつかない。

そういう意味で診察魔法を有効に使うには
日々の勉強や経験が重要となる。



ただ、知られている病気なんてほんの一部。
広い世界には未知の病気がたくさんあるし、
新しい病気だって生まれ続けている。

そういう患者さんに対しては
現状よりも症状が重くならないよう
自己治癒能力を高めるしかない。


もちろんそれだって、
何をしてもいいというわけじゃないから
慎重な判断が必要になるけど……。
 
 

カレン

エルム、最近ニーレさんは
何か薬を飲んでた?

エルム

い、いえ……何も……。

カレン

ライカさん、荷物の中から
体力回復薬を持ってきてください。
応急処置としてあれを飲ませます。

ライカ

分かりました。

カレン

トーヤはすぐに
ナイコトキシンの材料を揃えて
いつでも調薬できる状態に
しておいてくれる?

トーヤ

あれを使うのっ!?

 
 
ナイコトキシンはサンドパークで
シンディさんから教わった万能薬だ。

ただ、体に大きな負担がかかるから、
使うにはほかの薬以上に気を遣う。
使用量の見極めも難しいし。


カレンの腕なら大丈夫だと思うけど、
できればあの薬は最後の切り札にしてほしい。
 
 

トーヤ

ニーレさんの体、
耐えられるかどうか分からないよ?

カレン

使うかどうかの判断は
リムさんにしてもらうわ。
この病気について
何か知ってるかもしれないから。

ライカ

私もそれに賛成です。
カレンさんが知らないとなると
風土病の疑いが強いですから。
きっと何らかの手がかりは
得られるでしょう。

トーヤ

あっ! そっか……。

カレン

だから今は体力回復薬だけ
処方しておくのよ。

トーヤ

そういうことか……。
うん、分かった!

 
 
僕は納得をして大きく頷いた。


――それにしても、僕もまだまだだなって
力不足を痛感させられる。


ライカさんはすぐにカレンの意図に
気付いていたけど、
僕はそこまで考えが至らなかった。

この経験の差はどうしたって埋められない。


やっぱり僕は駆け出し薬草師だ……。
 
 

カレン

クロード、サララ。
丈夫な棒を2本と上着で
簡易的な担架を作って。
そのあとで運んでもらうわよ?

クロード

承知です!

サララ

分かりましたっ!

カレン

エルム、リムさんの施療院へ
案内してもらえるわね?

エルム

は、はいっ!

 
 
僕がカバンの中から
ナイコトキシンの材料を選別している間、
クロードとサララは
モップとフォーチュンを使って担架を作った。

まさかフォーチュンがこんな形で
役に立つなんて思わなかったなぁ……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
僕たちは担架にニーレさんを乗せ、
エルムくんの案内で施療院に向かった。
その石畳の道は足下が薄暗いから
転ばないように気をつけないといけない。


アンカーは地底都市だから
そもそも何も光源がなければ真っ暗だ。

でも町の何か所かに巨大な魔法玉があって
都市全体が明るく照らされているので、
照明器具がなくても出歩ける。


また、時間の感覚を狂いにくくするため、
太陽の動きに合わせて
明るさが変わるようになっているらしい。

だから今の時間帯は薄暗いわけだ。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

エルム

リム先生っ! リム先生っ!

 
 
やがて到着した施療院で
エルムくんが激しくドアを叩いた。

すると程なく中から女性が出てきた。
気だるげな様子で頭を掻きながら、
大きなアクビをしている。


――この人がリムさんなのかな?
 
 

リム

なんだ、エルムか。どうした?

エルム

姉さんがっ! 姉さんがっ!

リム

少し落ち着け。
ニーレがどうかしたのか?

 
 
その女性は眉を曇らせながら
何気なくこちらへ視線を向けた。

そして担架に乗せられている
ニーレさんの姿に気付いて息を呑む。
 
 

リム

ニーレっ!?
すぐに施療院の中へ運べ!
そのあと詳しい話を聞かせろ!

 
 
こうして僕たちは施療院の中に入り、
案内されたベッドへニーレさんを運んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やはり出てきた女性がリムさんだった。

僕たちは簡単な自己紹介をしてから
ニーレさんに起きたことを
なるべく詳細に説明する。
 
 

リム

――なるほど、そういうことか。
ま、応急処置としては満点だ。
ただ、ナイコトキシンは危険だ。
病状がここまで悪化してしまったら
リスクの方が大きいからな。

リム

投薬する前に
私に意見を求めたのは正解だ。
カレン、見事な判断だ。

カレン

いえ……。

リム

で、調薬をしようとしていたのは
どっちの薬草師だ?

 
 
リムさんは僕とライカさんに顔を向けた。

僕はしっかりとリムさんを見つめ、
ハッキリとした声で返事をする。
 
 

トーヤ

僕です!

リム

ナイコトキシンの製法を
誰に習った?

トーヤ

シンディさんです。

リム

……そうか。
ということは、
ガイネのバカにも会ったな?

カレン

っ?

トーヤ

え、えぇ……。
僕たちはガイネさんから
あなたを訪ねるように
言われまして。

カレン

あの、なぜシンディさんから
薬の製法を習ったことと、
ガイネさんに会ったことが
結びつくんですか?

リム

っ!?

トーヤ

確かにそうだ。
カレン、よく気が付いたなぁ。

 
 
リムさんは小さく舌打ちをして、
失敗したなぁとでも言いたげな顔になった。
そして頭を乱暴に、無造作に掻く。

そのあと、深いため息をついて腕組みをする。
 
 

リム

口が滑ったな……。
先生に叱られるかもなぁ。

カレン

ギーマ老師にですか?

リム

理由はニーレの治療をしたあとで
ゆっくり教えてやる。

トーヤ

そうですね。
今はニーレさんの容態の方が
心配ですから。

リム

トーヤならニーレを救うための
薬を調薬できるかもしれない。
ただ、残念ながら
主成分を含む重要な材料がない。

トーヤ

材料とは?

リム

シロタイヨウゴケという
滅多に手に入らないキノコが
必要になる。
こいつは栽培が出来ないんだ。

リム

しかも自生地は限られる。
アンカーの先に遺跡がある。
今のところ、
そこでしか発見されていない。

エルム

まさかっ、あの遺跡ですかっ!?

 
 
途端にエルムくんが素っ頓狂な声をあげた。
しかもかなり動揺しているみたい。

つまりその遺跡には
驚きの原因となる何かがあるのだろう。
凶悪なモンスターでもいるのかな?
 
 

トーヤ

エルムくん、何か知ってるの?

エルム

だってあそこは……。

 
 
エルムくんはすっかり意気消沈して
今にも泣き出しそうな顔になっている。

遺跡にはどんな秘密があるのかな……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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