キリアサンタの隣国はリレイドフェルデンと言った。
猛々しい性格のドラゴンたちがが武力を持って治める国。
500年続くこの国は、ほかの国々からすると産声をあげたばかりの国であった。
この国の恐ろしいところは、血も涙もなく土地を、民を、全て奪って滅ぼしていくこと。
キリアサンタの隣国はリレイドフェルデンと言った。
猛々しい性格のドラゴンたちがが武力を持って治める国。
500年続くこの国は、ほかの国々からすると産声をあげたばかりの国であった。
この国の恐ろしいところは、血も涙もなく土地を、民を、全て奪って滅ぼしていくこと。
くりむぞん、炎の伝道師ことエンヒ、参上仕った!
ばん!と教会の扉が開き、そして大きな声で、声色の高めな男の声が空間に響いた。
ビリビリと空間を通して彼の声が体に響く。
思わず眉を顰めてしまうほどに。
ご苦労。
して、各国の動きは
……ぬしもぬしよなぁ、ワシはこの国のすぱいではないのじゃぞ?
見てきたものを報告して頂ければ良いのです
むぅ……
ゆらゆらと彼の茶色いしっぽが揺れた。
枢機卿は表情こそ変えないものの、まさに「呆れた」と言わんばかりのため息をひとつだけ漏らす。
……猊下の御前ですよ、出身国が違うとは言え、他国の長に頭を垂れないとは……
なんじゃ、あのばーさんはくたばったのか
あのばーさん、とは24代目の肉体のことである。
決して美しくも醜くもない、平凡な容姿であったが、物腰の柔らかい女性であったことだけは確かだ。
というのはおかしいか。
アヴァター・キリアサンタは元々「物腰の柔らかい性格」なのだから。
口を慎みなさい、伝道師殿
堅苦しいのはワシの性にあわんと何度も言うておろうが。
何、どうせ中身は同じなのじゃ、ワシのことも覚えていよう?
覚えている、というより知っている。
僕ではなく記録が彼を覚えている。
ええ、お久しぶりです、エンヒ。
お元気そうで何よりです
うむ、うむ!
猊下も恙無く入魂の儀が終わったようで何よりじゃ
ふふ、ありがとう
きょとん。
まさにこの表現がぴったりくる。
エンヒは呆けた顔のまま、僕をまじまじと見た。
失敗しただろうか。
記録ではこれで正しいはずなんだけど。
……ううむ、見た目が変わると印象が変わるのう
……はは、皆そう言いますが、中身はこの私、アヴァター・キリアサンタそのものですので。
いつものように接して頂ければと
うむ、そうさせて頂こう
にぃ、と屈託のない笑みを漏らすクリムゾンマスターことエンヒ。
余程アヴァター・キリアサンタに良くしてもらっていたのだろう、好意がひしひしと伝わって来る。
それで、各国……
いいえ、リレイドフェルデンの様子は?
うむ、これといって大した動きがない、と言ってやりたいところだがの
横に立っている枢機卿の顔がどういった表情を見せているかはわからない。
わからない、が、その場の空気がひんやりと凍りついたのがわかる。
それに気付いたらしいエンヒは無邪気に笑ってみせた。
何、そこまでのことではない。
この国とて何かしらの『準備』は出来ておるのだろう?
……もちろんです、しかし
予定より早かった、じゃな。
うむ、ワシもそう思う
リレイドフェルデンはキリアサンタという国を狙っている。
無理もない。キリアサンタという国は領土も広く、様々なものが豊かで、美しい文化を持ち、まさに「理想郷」と言って相応しい国であるからだ。
大した動きがないという言葉はあながち嘘ではないのじゃがな。
なんせあちらの王様は動いてはいない
……?
ワシの手前そういった素振りを見せなかった、という解釈もできるが、……いやあまあ、何、いつも通り豪快に酒を酌み交わした具合でのう……
…………
久方ぶりに二日酔いなんぞになったわい、とお茶目に言うエンヒ。
いや、そういうことではない。
問題は別にあるということじゃ
別に……?
うむ、いやまあこれは噂なんじゃがな?
同業者のいる港に行ったときのことなんじゃが、若い女どもが賑わっておってのう
同業者、なるほど記録が伝道師だと僕に伝える。
「港」となると絞り込まれる名前はひとつ。
おそらくヴェルディグリの伝道師だ。何百年も生きながらえる、現在の伝道師を纏める存在。
『麗しの皇子が戦を仕掛ける』ってな
ただの戯言では
ワシもそう思っておったが同業者が言うておったわ、『洞窟に出入りする影がある』とな
おそらく皇子だろうということもわかっておるそうで、これがまたタチが悪い
馬鹿皇子ではあるが色々あって民から慕われておる皇子のことじゃ、誰も文句は言えまい
現に馬鹿皇子のやつ、隠れもせんと兵を集めておるそうではないか
これには王様も頭を抱えておったわい、と付け加えるエンヒ。
頭を抱えていた、ということは皇帝自ら下した判断ではないということだ。
あちらの皇子は基本的に引きこもっていて公の場には出てこないと聞いていたが、隠れて兵を集めるほど戦闘狂であるとは知らなかった。
そして洞窟には『獣』がおると噂されておる
……『獣』?
これは僕の記録にもない事柄だ。
まさかあの子山羊がわざと記録を書き込まなかったとは思えない。
新しい情報なのだろう。
ワシもその時に初めて知った。
どうやらリレイドフェルデンには洞窟に獣が住んでいて、未だ眠ってはいるが目覚めた途端、破壊を呼ぶのだと
大掛かりなことですね
面白かったぞぉ、『獣』『破壊の獣』『闇を呼ぶ者』『夜の支配者』……
それはそれは偉く恐ろしい呼び名が並んでおったわい
ガハハ!とエンヒは楽しげに笑った。
枢機卿は未だ眉ひとつ動かさない。
ああ!あと面白いことを言う小娘もおったな
面白いこと?
歌が上手い小娘でな、獣のことを『太陽』だと言うのだ
『太陽』……
そういう言い伝えがあるのかもしれんな、とエンヒは言う。
だがさして問題もないだろう。枢機卿はこういった時の場合にしっかりと策を練っていてくれているはずだ。
ないわけがない、なんたって彼は
800年もこの国の神だけに遣えた身なのだから。
ふむ、と考えるような素振りをひとつして、枢機卿はこちらを振り返った。
焦った様子でもないし、もちろんにこやかに笑んでいる様子でもない。
ならば、こちらも『太陽』を出しましょう
はぁ……承諾してくださるでしょうか
それに関しましてはしっかりと契約しております故
では
なんじゃなんじゃとエンヒは顔を輝かせる。
……記録にはこのエンヒ、かなりの戦闘狂であるという。
いいや、キリアサンタは神の国。武力を以て治めているあの国とは違うのだ。
リレイドフェルデンで一番尊いとされる未婚の女性を見繕って来てくれるかな
……ほう?平和ボケでもしたか?
この国は神の国、穢を嫌う我らは血を流さない『平和』を望みます
平和のための生贄か
人聞きが悪いですよ、エンヒ
ふはは、うむ、そうカッカするでない。
まるでワシが正論を言ってるようではないか!
……だがのう、こういうのはワシじゃなくてルテㇽケアトゥイのやつに
彼は今修行者の相手をして忙しいそうですので
むう、間の悪い奴め
めんどくさい、と言わんばかりの表情だ。
この御仁は表情から感情が読み取りやすくて大変助かる。
横にいる枢機卿なんて……いいや、なんでもない。彼はずーっとこうなのだ。
よろしくお願い申し上げる
ふん
……あー!つまらん、つまらんのう!
ひとつ大声をあげて、エンヒは踵を返した。
茶色いしっぽがへこたれている。
クリムゾンマスター、そして伝道師の頂点に立つ小柄なこの猿は、修行難易度最高値を叩き出す修行に耐え抜いた、ありえないほど頑丈でありえないほどに人の良い猿なのである。