わああっ、と大きな歓声が上がる。

 煌びやかな衣装を纏った踊り子たちが踊り狂い、子供たちが今日の日のために用意しておいたのであろう紙吹雪が舞った。

 民らは新たな教皇の肉体を一目見たいと教会に押し寄せる。
 それだけ、猊下は尊いのだ。この世でおそらく二番目に尊い存在とされている。


 一番は無論我が国の女神、そして三番目に尊いのはこの余、太陽の化身であるスーラジ・スーリヤである!





なんだ、浮かない顔をしておるな、コヤギ

その呼び方はやめろ


 所謂立食パーティーというやつだ。


余のような尊い貴族やそれに準じる者、そして教皇に仕えし者共が招かれる。


 まさかコヤギのやつも招待されていたとは思わなかったが、何、余の下僕であるからにして、呼ばれぬというのもこれはまた可笑しな話であろう。
 コヤギの好きそうな人参をフォークで刺してから、口元に押し付けてみる。
 が、ぼんやりとしたまま無反応でなんとつまらない。

 いじりがいのないコヤギなどただのコヤギではないか。



……わかったぞコヤギよ

…………なんだ

恋煩いであろう?
何、気に入った娘でも見つけたか?
生娘のように眺め、憧れ、ため息をついているだけであればそれはなんともモドカシイことだ!
人間族であれば余が引き合わせてやっても良いのだぞ?

……

ほほう、図星か、図星なのか!
ふふん、流石の余である。
なんと下僕想いなことであろうな!
良い、どの娘か余に言うてみよ、許可する



 はあ~、と大きなため息を付いたコヤギは、そのまま余のフォークを奪い取り人参を貪った。
 なんだ、人参好きなんじゃないか。やはり余は素晴らしい慧眼を持っておるようだ!下僕もこのような主に出会えて幸せなことであろう。

……不味い、人参は好きじゃない

俗に言うつんでれというやつだな、良い、許可しよう。
今日の余は気分が良い!




 パチンッ

 余が指を鳴らせばこんなものである。余の従者どもが集まり、そして跪いた。

余はワインを所望する。
このコヤギには……そうさな、オレンジジュースでも与えよ

馬鹿め、俺もワインをしょもーする



 なん……だと……。

 ギロリとさほど恐ろしくない目元で余を睨みつけるコヤギ。
 なるほどこれが謀反というやつか。

余は犯罪を犯しとうない。
ヤギ族どもがどの年齢で酒を嗜むことができるかは余の知ったことではないが、余と共にあるのなら20の年月は生きていて欲しいものだな?

子供扱いか、それに俺はヤギ族じゃなくてコヤギ族だ

どちらにせよヤギであろう
10をやっと越えた下僕に与えられる酒など、子供用ビールくらいしかあるまいて

……残念だ太陽の化身。
俺は既に20の年月を生きていてね

詐欺は良くない

本当だ



 むむむ、とコヤギと睨み合う。余の従者どもが困っているであろう。
 と、横目で従者どもを見下ろすが従者どもがいない。一体どういった了見であるか。
 ああ、謀反か、謀反なのだな!?

こんにちは、先生



 と、従者どもを目で探しておると聞こえてくる、またも幼い少年の声。
 残念であるが余はそういう趣味はない。
 コヤギを下僕としているのには別の理由があるのでn……。

 と、こちらをにこやかに眺めているこの少年、

猊下……!

…………

先生が子供じゃないことは私が良く知っています。
なんなら枢機卿にエジリオ・サボリーのヴェルディグリ伝道師認定書でも持ってこさせましょうか?

いや、猊下よ。
そこまでして頂かなくても良い。
……いやまてヴェルディグリマスターであったかコヤギよ、ますます良くわからぬ奴よな

そうですか、枢機卿もスーリヤ家の次期当主である貴方と会いたがっていましたよ?

不許可である。
何せ余はあの者が苦手であるからな。
処女厨は信用せんと心で決めておるのだ

そういう理由なのかよ



 残念です、と一言、猊下は枢機卿の傍へと戻っていった。
 コヤギめは未だ不機嫌な顔をしている。
 余程猊下が気に入らないらしい。

 というより

なんだコヤギ、猊下に「先生」等と呼ばれておったではないか。
何、教育係か何かに指名されたか?

……そんなもんだ

コヤギの知識たるやおそらくこの世の宝であろうことは余にも理解できる。
故に指名されたのだろう?名誉なことではないか。
……何を不貞腐れることがある?



 不貞腐れるという表現はイマイチであったか。

 落ち込んでいる、というのが正しい表現のようだが、生憎コヤギの私情、猊下の私情にこれっぽっちも踏み入ろうとは思わない。
 それは余が余たる所以、太陽たる所以なのだ。闇を見ず、光だけを与える余に暗い話はこれっぽっちも似合わぬ故な。

良い、酒を持て。
余が許可しよう

浴びるほど、にだ。
許可しろ

ふはは!許す、許可しよう!
つんでれ下僕の素直なオネダリである、良い、良い!余は実に愉快である!



 べろんべろんに酔っ払ったスーラジ・スーリヤを無表情で引きずるエジリオ・サボリーが目撃されるのは、数時間後の話。

二章閑話 三番目に尊い余

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