キミのメールを見て

車組は経次郎の家に行き、その後、先生は学校に戻るらしい。

海尊と聡士たちは電車で帰ると言って先に行ってしまい、私と経次郎は先生の車が置いてある駐車場まで来ていた。

慶子

私も歩く。

と、弁慶は言った。

静香

こいつのことだから、
ついてくるんだろうな。

と、思ったけど、

経次郎

兄ちゃんに車で連れてってもらえ。疲れてるだろ。

と、経次郎に言われ、

佐助

か弱いんだから、
無理すんじゃない。

と、先生に言われ、車で帰ることになった。

静香

か弱くはないだろ?

だって、あの武蔵坊弁慶だよ?

弁慶

とぉのぉおおお!!

マジ、うざかった。

静香

まあ、でも、
あれは前世だし……。

慶子

経次郎お兄ちゃん、
早く帰ってきてね。

経次郎

うん。
心配しなくてもいいよ。

慶子

うん……。

ゴスロリの小さな女の子は、淋しそうにうつむいた。

静香

800年も経てば、
変わるんだな……。

って、思ってたら、ヤツはこっちに来た。

慶子

静香さん。

静香

誰?
コレ……。

って、一瞬思ったんだけど……、

慶子

キサマ、殿に何かしたら、
ただではおかぬぞ。

弁慶は私にだけ聞こえるように、小さな声で言った。

静香

変わってねえ……。

静香

普通、逆だろ?
なんかするとしたら、あっちだろうが!

中身はまったく変わってなさそうな弁慶は、か弱そうな感じで経次郎の方に行き、

慶子

経次郎お兄ちゃんだって
疲れてるんだからね。

と言って、名残惜しそうに経次郎を見ると、先生の車に一番最後に乗った。

静香

…………。

弁慶

殿、お疲れであろう。
すぐにお戻りくだされ。

と言うヤツが頭に浮かんだ……。

静香

ちっとは変われよ……。

駐車場に二人だけになった。
ただ、彼と話すことが何もなかった。

よく考えたら、彼のことを、私は何も知らないのかもしれない。

静香

…………。

経次郎

静香……。

静香

何?

経次郎

……。

経次郎

帰ろっか。

静香

…………。

この男は……。

しばらくは、黙々と歩いた。

経次郎

ゴメンね。


ヤツはそう言った。
ニコニコと、かなり軽く……。

静香

……。

ムカッとした。

経次郎

怒ってるよね。

静香

当たり前よ。

経次郎

ごめん。

静香

それで
謝ってるつもり?

経次郎

……。

経次郎

うん。

経次郎

キミのメール見て、
「あ、ヤバい」って思った。

静香

…………。

静香

あんたね、私と付き合う気、ホントにあるわけ?

経次郎

……それを、考える時間が
ちょっとだけ……、欲しかったのかもしれない。


彼は、真面目な顔でそう言った。

静香

いま、それ言う?

もっと早く、っていうか、私のこと、好きなんじゃないの?

静香

……それで、考えられたの?

経次郎

それが……。

海爾

むむっ!
殿、こちらでございます!

父さんに、ものすごい秘境の、ものすごい高い山に連れていかれたんだ。

慶子

本当だろうな?
今度また違ったら、ただではおかぬぞ。

海爾

今度は確かぞ。
ワシについてくるがいい。

慶子

ふん

父さんの話を聞いて、慶子は鼻で笑ったんだ。
でも、慶子はボクの方を向くと、

慶子

殿、お疲れとは思いますが、こちらで間違いございません!
行きましょうぞ。

って、言ったんだ。

海爾

お前は知らぬであろうに。
何、さも自分の手柄のように言うのだ?

ボクもそう思った。
思ってても言わなかったけど……。

慶子

それはお前の方であろう。屋島でも壇ノ浦でも、活躍したは俺ぞ。

海爾

今はワシが殿をお連れしているのだ。

慶子

お前なんぞに任せられるか。

経次郎

父と娘のはずなんだけどな……。

まあ、じゃれてるだけっていうのはわかってるんだけど……。

静香

変わってない……。

経次郎

っていうかさ、これ、登んないといけないわけ?

ものすごく高そうな山がそびえたっていたんだ。

経次郎

父さん、
どこに行こうとしてんの?

海爾

オリハルコンの発掘現場でございます。

経次郎

……ホントかよ。

慶子

ほれ見い。
殿が不安がっておられるではないか。

慶子は父さんにはそう言うくせに、

慶子

ささ、足元に気を付けて、
お登りくだされ。

って、ボクにはそう言って、なんだかんだで二人してボクを登らせようとしてるんだよ……。

経次郎

登らないと、
いけないんだ……。

経次郎

ゴメン、
それどころじゃなかった。

静香

地下じゃなかったの?

経次郎

父さんが、みんなで旅したかったんだって。

家族旅行……、
してたのかよ……。

経次郎

でも、久しぶりで、
楽しかったよ

ヤツはそう言って、笑った。
ホントに楽しそうに……。

静香

あいつら、
昔からそうだったわね……。

ほんの少しだけ、「いいな」と思った。

静香

でも、私は置いて行かれたけどね。

静香

どうせ、家族じゃないし……。

静香

なんで、探しに行ったの?

経次郎

え?

静香

オリハルコン……

経次郎

だって、伝説の秘宝だよ。
見たくない?

静香

見たくないわよ……。

経次郎

確かに、
静香は見なくてよかったかも。

静香

勝手に
決めつけないでよ。

経次郎

見たかった?

静香

全然。

経次郎

……

静香

……


彼は、にっこりと笑った。

ヤツは、ちゃんと笑ってた。
昔みたいに、寂しそうじゃなくて、ちゃんと……。

静香

そんな、笑い方できるんだ……

経次郎

ん?

静香

笑顔……

経次郎

え?

静香

なんか、ホントに笑ってる感じ……

経次郎

ああ……


そう言うと、少しだけ目が昔っぽくなった。

経次郎

ボクは、義経じゃないから


淋しそうに笑う。

静香

え……?

経次郎

もう、違うから。

静香

……。

静香

「もう」か……。

その言葉に、少しだけ、ほっとした。

経次郎

だから、いいのかなって。ボクがキミと付き合うなんて

静香

バカじゃない

経次郎

うん。わかってる。


そう言って、彼は空を見上げる。

経次郎

バカは未だに、治んない。

静香

治るもんじゃないでしょ。
バカって。

経次郎

……

経次郎

そっか


楽しそうに彼は、経次郎は笑った。

静香

……


経次郎が、私の手を握る。

静香

?!

経次郎

ずっと、触れなかった

経次郎

メール、ありがと

経次郎は、めちゃめちゃ無邪気に笑った。

静香

べ、べべ別に、あんたのこと、心配してたわけじゃないし。

静香

早く……、

静香

早くあんたに会いたかったって、だけよ……。

経次郎

うん


彼は嬉しそうに言った。

経次郎

メール、君からの言葉……、見てた

静香

見てた?

経次郎

文字を追っていくんだけど、文字だけだと、何もわからないんだ

経次郎

キミが、怒ってるのか、悲しんでいるのか

静香

怒ってるに決まってるでしょ。今だって、とっても怒ってるんだからね。

経次郎

うん


私が怒っていると言っているのに、ヤツが嬉しそうにうなずくので、イラっとした。

ボクは、ずっとキミのこと見てた。

静香

……。

ずっと見てて、
声をかけていいのか、わからなかった。

静香

……。

経次郎

覚えているのか、いないのか。そのそも前世では、本当にボクのことが好きだったのか。

好きだと思っていたのは、ボクの記憶違いなんじゃないかって……、

今でも
思うんだ。

私は思い切り、息を吸った。

静香

なに、バカなこと言ってんのよ!私はあんたのことが、ずっと好きだったんだからね!

経次郎

それは本当に? 歴史がそうなっているから、そう思い込んでるだけなんじゃないの?

静香

?!

経次郎

何か大きな力に、そう思い込まされているだけなんじゃないかって


私は彼に握られていた手を離した。

経次郎

あ……。

思い切り振りかぶり、テニスでボールを打ち上げる要領で、全体重をかけるつもりで、思い切りヤツの顔をひっぱたいた。

手がジンジンした。

経次郎

……痛いよ

静香

当たり前でしょ!

静香

あんたはホントになんてことを言うのよ。

経次郎

ゴメン

静香

私はね! あんたのことが、ホントにホントにホントにホントにホントに!!

静香

ホントーに!!


ちょっと息が切れた。

静香

だ……大好きなんだからね!!!

経次郎

へへっ

静香

何がおかしいのよ!

経次郎

メールに数々の脅し文句があって、あれ、ちょっと堪えてたんだ。

静香

脅してないわよ!

経次郎

「別れる」なんて、十分脅しだよ


少し拗ねたように言う。
言ったら怒るかもしれないけど、かわいい……。

経次郎

でも、それ見て、「別れたくない」って、思った……

プチっときた。

静香

あんたね、それじゃあ、あれ見なきゃわかんなかったってこと?

……。

彼は不思議そうな顔で首を傾げた。

静香

私のことが嫌いなら別れるわよ。お情けで付き合ってほしいなんて、思ってないもの。

そうは言ったけど、心が引き裂かれるような気がした。

もしかしたら、こいつは「そうだね」と笑って言って、私を置いて行ってしまうかもしれない。

経次郎

好きなんだから、別れるわけないよ


彼は私を抱き寄せた。

経次郎

でも、好きすぎて、何が好きだかわかんなくなって、旅に出たくなったんだ……

静香

はぁ?!


思わず顔を上げようとすると、ぐいっと力が入って抱き寄せられる。

静香

え?

経次郎

静香にとって、ボクと一緒にいることが、本当に幸せなことかなって思ったんだ。ボクなんかが一緒にいたらいけないんじゃないかって。

静香

だから、私はあんたが好きだって言ってるでしょ

経次郎

人は変わるから。
あれから800年も経ってたし……。

経次郎

どんなに文字を追っても、キミの本当の気持ちが、わからなかったんだ。

静香

好きに決まってるでしょ。あんたはいったいどこまでバカなのよ

経次郎

うん


彼はにっこりと笑った。

経次郎

やっぱり、キミの声で、キミの顔を見て、その言葉が聞きたかったんだ

経次郎

愛してるよ

唇が、そっと頬に触れた。

静香

!!

静香

バカ……。

経次郎

うん。

静香

バカ、バカ、バカ!

経次郎

うん、うん、うん。

ヤツは、私の手を握って、そのまま歩き出した。

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