まるでどこかの神―悪魔―みたいだ。




 何も知らない真っ新なこの子供に知識を与える。
 先生と呼ばれるものになって教鞭を持ち、彼らを導く指導者として知識を与えるのであれば罪悪感の一つも湧き出てこなかっただろう。


 強制的に総てを理解させるこの行為は果たして「善」と言えるのだろうか?


うあ、あうあああああああ、ああ、あ

……25代目、アヴァター・キリアサンタの肉体に、……「真っ新な魂」に転送する、

ううう、ううううううううあがががががああ

…………input、完了。




 痛みを伴わないと言った。痛みを伴うものではないと思っていた。
 知識の転送。アヴァター・キリアサンタがどう過ごしてきたかの伝記。アヴァター・キリアサンタとしての理想。総てをこの少年の脳に記録した。

 大きな瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。痛くないわけがない。何百年、もしくは何千年の記録が彼の脳みそにたった数分で刻み込まれたのだから。
 想像を絶する痛みだろう。


 彼に総てを送り込む最中、俺自身にも流れ込んでくるイメージがあった。


 真っ暗な牢屋とも言えない暗がりの中で、薄汚いローブを身に纏い、手足には枷、伸びっぱなしの髪、ボロボロの爪、光の入ることのない瞳。
 そんな状態の生物が有象無象に餌を貪る。言語はない。ただの、「家畜」。



 そして最期の咆哮。



 想像を絶する地獄だった。アヴァター・キリアサンタの寄り代になる人間族は、数多の動物族たちによって劣悪なる環境で飼育されていたのだ。


 そして彼らには共通点があった。
 「アンノウン」。無い能力ではなく、在る能力の「アンノウン」。五つの能力に該当しないそれ。
 人間族でしか覚醒できないとされている「アンノウン」は民を「アヴァター・キリアサンタ」として説得させるだけの要素であることは明らか。
 つまり、「アンノウン」である幼子を攫っては、この中に放り込み、来るべき王の死に備えていたのだろう。



 アヴァター・キリアサンタは存在しない。
 歴代アヴァター・キリアサンタはまさに、初代アヴァター・キリアサンタの「アバター」だったのだ。

…………治癒能力のひとつやふたつ、習っておけば良かった。




 その場に倒れ込んだ少年はおそらく、痛みによって気絶したのであろう。



 珍しく悲しくてたまらない。
 涙は出ないのに、同情しているわけでもないのに、ただただ悲しいのだ。


 サボリーという一族を、それの長になったことを多少なりとも誇りに思い、喜んでいた自分が嫌になった。
 誰も殺さなくて済む素晴らしい道具であると、そういう認識だったからだ。
 だが蓋を開けてみればなんだこれは?この能力は何も知らない少年の未来を殺す道具でしかなかったではないか。



 いや……いや、もう何もわからない。
 今眠りこけているだろう本体の俺と少年は一体どうなっているのだろうか。

 

二章 アヴァター・キリアサンタ Ⅲ

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