よそよそと気持ちの良い風が頬を撫でる。
座り心地の良い椅子に腰掛けて、彼の到着を待つ。
今頃きっと彷徨っているに違いない。
彷徨う?どこを?
そう、彼自身の「心の中」で彼は迷う。
青空の下、草木の上にたくさんの本棚が並ぶこの場所は俺の庭、いや、俺の、俺の一族が守ってきた場所、受け継がれてきた能力。書物の宝庫、サボリーの書庫、コヤギの胃袋……様々な呼ばれ方があったが、俺が一番気に入っている名称は「知識の箱庭」だ。
まさに知識の箱庭と言っても過言ではないだろう。なんせここはサボリー一族が代々収集し守ってきた知識が書物という形をもってこれでもかと棚に並んでいる。
現実の場所ではない。俺の能力の中……俺の心象風景、と言うのがわかりやすいか。
とにかくこの場所は存在しないものなのである。
だからこそあの未熟な猊下様がここまでたどり着けるかが問題なのだ。
たどり着くための道標はたった一つ。「知りたい」という好奇心だけ。
俺がアヴァター・キリアサンタをここに導くのは今回が初めてになる。
この場所を祖父さんから譲り受けたのも5年程前の話であるからだ。