無色透明。


 いや、それどころか本当に「何もなかった」。
 それが名前すら与えられなかった人間の唯一の存在理由だった。

 物心着いた頃から白いローブを着せられていたように思う。
 白い、と言っても汚れているので黄ばんでいる、と言ったほうが正しいかも知れない。髪は伸びっぱなし、爪も伸びっぱなし。人間として「らしい」ということをした事がなかった。いや、人間「らしい」ということすら知らなかった。教えてくれる人がいなかった。


 家畜と同じだった。


 与えられた時間に食事をもらう。言葉もろくに知らないから唸っているだけ。字もかけない。食べて、寝て、排泄して。それだけ。それだけが許された行動(本能)。

 もちろん自分だけじゃなかった。同じような境遇の少年少女はたくさんいた。共通点は今になって理解したけれども、何故そこに入れられていたのか、本当に理解できなかった。

 暗い暗い場所に一つの光が差したのはほんの数ヶ月前。

 女の人の声が聞こえた。
 ただ、「次はあなた」という声。

 その声に歓声が上がった。「いた」「いた」「これが」「こいつが」「この子が」「この方が」。段々と自分が人として認識されていく名称に変わる。
 なのにどうしてか女の人の声は悲しそうだった。


 わからないけれど、見えている視界がぼやけて。

 悲しくて、悲しくて、悲しいのに何故か嬉しくてわくわくして。


 暗い場所はケージのようなものだと知ったのはその場所を出てすぐに理解、とはいかなかった。
 ただ自分の居た場所、その場所がまた固く閉じられたことは理解できたし、その場所から聞くに耐えない悲鳴が聞こえてきたこともわかった。



 「あああああああああああああ」
 「オオオオオオオオオオオオオオ」



 そんな唸り声。
 今なら残酷にも理解できる。







 彼らは殺処分されたのだと。

二章 アヴァター・キリアサンタ Ⅰ

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