猊下は未だ眠っております故、今しばらくお待ちくださいませ。


 果てしなく広い教会に待機させられてしまった。
 狭い店に居すぎたせいか、こういった広い場所というものはなんだか落ち着かない。

 新しい猊下。
 新しい教皇。
 新しい「アヴァター・キリアサンタ」

 まず第一に、アヴァター・キリアサンタとは一体何ものなのか、というところから説明しなければならない。

 彼は、ん百年前にこの地に降り立った「人間」だ。

 人間というものは、幻獣を除いて一番地位の高い存在だ。それは「平和」を謳ったアヴァター・キリアサンタが、幻獣を除いて未だ頂点に立っているということで明らかだろう。
 人間が謳う「平和」なんていうものは「人間が頂点に居たいがための戯言」にしか過ぎない。

 人間なのにどうしてこんなにも長生きなのかというところもまず疑問だろう。
 いや、こちらは単純な話だ。

 アヴァター・キリアサンタは魂だけの存在だからだ。

 体は老いる。それはどの生物でも同じだ。永遠なんていうのは絶対に有り得ない。だからこそ俺の存在は「可笑しい」とこの世界で認識されてしまうのだ。
 おかしいといえども、俺には寿命というものが存在するが。
 そして有り得ない事象には「奇跡」であると持ち上げられる。持ち上げられた結果があの「アヴァター・キリアサンタ」なのだ。

 彼は肉体が死ぬたびに新しい寄り代を経て復活する。
 人間は「アンノウン」と呼ばれる能力を持たないものが多いはずなのに。
 いや、これは「先代の書庫」が更新されていないだけであって、「アンノウンという能力も存在する」というのが正しい。

 魂だけを生きながらえさせる能力、それがアンノウンという解明されない能力を持つアヴァター・キリアサンタの絶対的権力だ。

 ……というのが現在この国においての認識になっている。

 有り得ない能力であるというのは百も承知、なのだが現実本当にアヴァター・キリアサンタの魂は「在る」。そうやってこの国は何百年もの間、平和で有り続けたのだから。

 と、アヴァター・キリアサンタについて思い耽っていると、コンコンとノックをする音、そしてギイ、と重ための扉が開く音がした。

お待たせいたしました。

 大きな角を頭から生やしたスラリとした体型が目に付いた。
 そして一番印象に残るのは「冷酷」であるだろうその表情。

 幻獣、ユニコーン。
 この国の神、そしてアヴァター・キリアサンタと共に重要視されるもう一つの生物。この俺が知らないわけはない。

……。


 ユニコーンは俺を見るなり顔を顰めた。
 ユニコーンは穢れを嫌い、また特に「非処女に対して憎悪を抱く」という。

これはこれは。
祖父より話を聞いておりました。
確かに美しい幻獣であるということはこの子山羊風情にありがたくも感じ取ることが出来ます。

……先代エトーレ・サボリーの。

そう、孫に当たるものでございます、テオフィル・バスティアン卿。
私はエジリオ・サボリー。
多少「穢れております」が仕事には支障ございません。

いいえむしろ!我が祖父よりも良き働きをいたしましょう、お約束いたします。

……それでは、恙無く宜しく頼みます。

 このユニコーンも非常に滑稽である、と理解できる事柄が先代が残した書庫にある資料により明るみになっている。
 もちろん、俺の祖父であるエトーレ・サボリーは熱心にこの国のために仕事を全うした。

 何、ただの俺の見解だ。ただ俺とは絶対に相容れないだろうことだけはここに来る前より理解していた。
 こういった道化じみた行為も幻獣様から見れば中々に腹が立つだろう。

 テオフィル卿の背後から、おどおどといった効果音が似合いすぎるほどに似合っている少年が顔を覗かせた。

 新しい教皇様としては……ううん、なんと貧相なことか。

よろしくお願いします……。

……猊下はたった今、目を覚ましたばかりでして。


 猊下の前で跪く。
 そのまま彼の手を取り、手の甲にわざとらしく音を立ててキスをした。

……!

お目にかかれて光栄です、猊下。
これからの儀式は痛みを伴ったりはいたしません。どうか体を楽に。


 儀式。
 俺はこの儀式に対して、疑問を持っていた。

 なんせ必要ないからだ。
 この世のありとあらゆる知識を流し込む。この「アヴァター・キリアサンタ」に。

 俺は先代たちとは違って「この国を愛し」たりはしない。

それでは、参ります。――output,writing start.

一章 七匹の子ヤギ Ⅱ

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